2021/6/14
【人事トップ対談】近道はない。「1on1」の積み重ねが、組織を変える
NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
いま目指すべき組織のあり方とは何か──。
働き方やビジネスのトレンドが大きく変化するいま、どの企業も組織づくりや人材開発のあり方の見直しを迫られている。
働き方や人事評価の再設計が求められるなかで、何を指針に組織をつくるべきなのか。
次の未来を見据えた組織づくりの指針を学ぶため、日立製作所 執行役専務CHRO(最高人事責任者)の中畑英信氏と、サイバーエージェント常務執行役員CHOの曽山哲人氏の対談を実施した。
2021年度にジョブ型雇用の全面導入に踏み切ったことで注目を集めた日立。中畑氏は、その改革のキーパーソンであり、全世界に35万人もの社員を抱える同社の最高人事責任者だ。
一方、この春に時価総額1兆円を超え、新たなステージに立ったサイバーエージェント。最高人事責任者の曽山氏は、多数の経営人材を輩出することで有名な同社の組織開発・人事制度の改革を牽引してきた。
ともに先進的な人事制度の改革を推し進めてきたふたりが、これまでの組織づくりの道のり、いま目指すべき組織モデルを語り合った。
- 目指すべき組織モデル
- 目の前の一人の心を動かせるか
- 1on1の積み重ねが組織をつくる
- 会社の未来とつなげて語れるか
- 「利他の精神」は究極の「利己」である
目指すべき組織モデル
──はじめに、いま両社がどのような組織づくりに注力しているのか教えてください。
中畑 私たちは「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念を掲げ、あらゆる社会課題に挑むことを使命としています。
創業者の小平浪平が、当時の新入社員に対する訓示のなかで「金儲けより国 (社会)の発展に貢献するように」と強調するように、社会貢献は日立のDNAそのものです。
この理念はいまも変わりませんが、それをどのようにやるかは変化してきました。
いま気候変動をはじめとした社会課題は、地球課題でもあり、日々複雑化しています。
このような地球規模の社会課題を解決するためにも、私たちはグローバル化に対応したビジネス・組織づくりを目指しています。
そんな中、本気で推し進めているのが、ダイバーシティ&インクルージョンの推進です。
以前のように国内を中心にモノやシステムを開発・提供することで社会課題の解決につなげられていたのであれば、必ずしもダイバーシティ&インクルージョンを推し進める必要はないかもしれません。
しかしいまや日本だけでは、各国に散らばる多様な課題を理解することは難しい。そこで各国の課題を一番理解する現地の人材の力が不可欠です。
そのため時間や場所を超え、多様な人材が一緒に成果を出せる組織が必要になります。
曽山 多くの日本企業が海外進出に苦労されていると聞きますが、その理由は中畑さんがお話しされている通り、組織そのもののグローバル化、つまりダイバーシティ化が進められていないということなのだと思いました。
経営戦略が変われば組織も変わる必要があり、時に大胆に人事制度を刷新する必要もあると感じていますが、いかがでしょうか。
中畑 おっしゃる通りで、私たちもグローバル化に対応した人事制度が必要でした。
日本の年功序列や長時間労働、伝統的な男女の役割意識からくる働き方の違いは、世界から見ればかなりユニークです。
グローバルに優秀な人材を採用し、フェアな評価をしていくためには、こうした日本におけるメンバーシップ型の人材マネジメントも見直さないといけない。
それには職務を明確化した上で、最適な人材をアサインし、その内容や遂行状況で待遇等を決定する、「ジョブ型」をベースとした世界共通の人事制度が必要です。
日立は21年9月までにすべてのポストの職務定義書の整備を完了する予定で、まさに転換の真最中にあります。
曽山 サイバーエージェントも、グローバルカンパニーを目指すことを明文化しています。そのためにいま、特に力を入れているのが「才能が開花する組織」づくりです。
人材は配置するポジションによって、引き出せる才能は大きく変わる。
だから「大化けさせられる配置になっているか」ということは常に意識しますし、適材適所の人材配置を進める社内ヘッドハンティングチームも活発に活動しています。
ある部署でパフォーマンスの悪い人材も、フタを開ければ単なるミスマッチだったということもあります。異動させただけで、別人のように活躍する人もいる。
また私たちは、有望な新規事業を提案した若手には、新会社を設立して社長を任せるなどして、チャレンジする機会を重視しているのが特徴です。
目の前の一人の心を動かせるか
中畑 ビジネスというのはまさに経験が物を言う世界。ある人とない人とではスキルに大きな差が生じます。
日立は35万人の社員のうち、16万人が日本人で19万人が外国籍の人材です。そのなかで毎年選出している幹部候補400人のうち、100人は女性と外国籍の人材が占めています。
実は選出された後の成長スピードを比較すると、海外勢が圧倒的に早いんです。理由のひとつに、やはり経験の差があります。
日本拠点では、部長に抜擢されるのは若くても40歳。ですが欧米では能力さえあれば、同じ年齢でもっと上のポジションに就いているケースが多い。
曽山 2年前に、家電事業の新会社の日立グローバルライフソリューションズに、46歳の社長を抜擢したことも話題になりましたね。
約1万1300人の社員、5000億円もの売上見込み、また大手家電メーカーとしては異例の46歳という若さでの起用で驚きました。
中畑 安定したビジネスが続いていると、年功序列の順繰り人事に陥りがちです。
それでは、ポテンシャルを持っていても、経験の差は広がるばかりです。そういった順繰り人事を突破する試みのひとつでした。
実際やってもらうと、若くてもできる人はできる。育つ人は育つと実感します。今後もどんどん才能ある若手を抜擢していきたい。
ただ当然ながら失敗を経験する人も出てくるので、挑戦を推奨すると同時に失敗を許容する文化づくりが必要になります。
サイバーエージェントでは、若手の失敗とどう向き合っているのでしょうか。
曽山 私たちも昔は、新規事業が失敗するたびに責任者が辞めてしまうので、怖くて挑戦できない雰囲気がありました。
このままではいけないと思い、行動指針の一つとして、「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。」と明文化しました。
あくまで失敗そのもので評価を下げることはしない。チャレンジしたこと自体を評価する。失敗は決してマイナスではなく、次のチャレンジの糧になる財産だと定義しました。
実際、失敗した人はその経験を活かして、次の勝率をどんどん上げていきました。
中畑 明文化した当時、社員の反応はどのようなものでしたか。
曽山 信じていない社員が多かった、というのが正直なところです。
人事になった当時、それぞれの行動指針の浸透度についてアンケート調査をしたことがあります。
セカンドチャンスの行動指針は浸透していますか?という問いに対して、約80%もの人が「いいえ」と答えたんです。
正直、とてもショックな数字でした。でも、私自身はこの言葉はサイバーエージェントの将来を支える、非常に重要な行動指針になると確信していた。だから絶対に浸透させたいと思いました。
中畑 重視されたことはなんでしたか。
曽山 事例を増やすことです。あらゆる試行錯誤の結果、事例を増やすしかない。その結論に至りました。
どんなに綺麗な言葉で語っても、実績や事例がなければ、信じられなくて当たり前。成功事例を増やすことで、まだ挑戦していない若手も安心してチャレンジができるようになります。
中畑 ただそうした文化は、決して一朝一夕でできる風土ではありませんよね。
曽山 おっしゃる通りで、15年かけて育ててきました。地道な1on1を、何回も、何人も、何年も地道に積み重ねてきました。
中畑 15年ですか。少し長いように感じる人もいるかもしれませんが、組織を変えるには忍耐が必要です。
結局、組織は人で成り立っています。どんなに優れた戦略やツールがあったとしても、人がそう簡単に変わらないように、組織変革も時間が必要ということでしょう。
1on1の積み重ねが組織をつくる
中畑 ただ、事例を増やすまでが大変です。
組織づくりに近道はありません。とても地道な過程にはなりますが、重要なのはやはり1on1です。
目の前の1on1が、10年後、20年後の事業運営にじわじわと効いてくるんです。
当社もようやくこの春、初めての女性役員が誕生しました。しかし、チャレンジングな機会を用意するだけではいけない。
業務についてはもちろんですが、メンターとして寄り添うことが大切になります。
特に外国人は、日本人の独特なコミュニケーションに戸惑うことも多い。そこで私自身、多くのリーダーと1on1を重ねています。
組織が大きくなるにつれて、1on1を怠ってしまう企業は多いと思いますが、あくまで組織の本質は“人”にあります。人と人との対話で成り立っているのが組織だからです。
曽山 35万人の社員の人事責任者である中畑さんが、1on1を大事だと話すのは重みがあります。
結局、人と人、1on1の積み重ねで成り立つのが、組織ということですよね。
1on1の回数もそうですが、透明性をどれだけ高められるかが大切だと感じます。ここでいう透明性とは、1対1の信頼です。一緒に働く人を信頼できないのに、透明性の高い組織をつくれるわけがない。
どんなに優れた人事システムを導入しても、目の前にいる一人と信頼を生み出せずに、組織を動かせるわけがありませんから。
だからこそ私も1on1は常に真剣勝負。その積み重ねが、組織の信頼を育んでいくと信じています。
中畑 1on1でないと、話せないことがあります。2、3人で話を聞こうとすると、相手も構えてしまう。
困っていることを告白しても、評価が下がったり、怒られたりすることがないという心理的安全性や透明性の担保は非常に重要です。
特に同質性の塊のような組織では、何も言わなくても忖度が生まれます。だれも発言しない会議で、なんとなく物事が決まり、徐々に不満が募っていく。
まさにいま推し進めているダイバーシティ&インクルージョンの良いところは、多様な文化の中であらゆることを言語化してオープンにできること。
そんな意思表明の積み重ねがお互いの信頼を育み、組織の透明性を高めることにもつながります。
会社の未来とつなげて語れるか
曽山 透明化とは、要するにシンプル化でもあると思います。当社も創業当時はビジョンが複数あったために、何を重視すべきかが見えにくく、不満や混乱が生じていました。
ビジョンを一本化してからはやるべきことが明確化して、チームづくりもしやすくなりました。
中畑 本当にそうですね。実はこれまで進めてきたグローバル共通での人事制度の刷新について、過去、社員を対象に、パフォーマンスマネジメントの説明会を開いて詳しく解説したんですが、期待していた反響がなくて頭を抱えました。
会社の目標と自身の目標が連動する最適な仕組みであると訴えても、「だから何なの」という反応がほとんどでした。
曽山 何が良くなかったのでしょう。
中畑 人事制度の仕組みをただ説明したところで、社員の心には響きません。
日立は 社会課題解決のためにグローバルカンパニーを目指し、だから組織も人材もグローバル化していく。
その時にグローバル共通のパフォーマンスマネジメントが必要である。そうシンプルに話すと、社員の反応も変わりました。
曽山 なるほど。以前中畑さんが、CHROとは、CEOのうちHRを担う経営者であるとおっしゃっていた話が、心に響いたことを思い出しました。
中畑 まさにその話です。人事はいかに会社の未来とつなげて語ることができるかが重要か、反省と同時に改めて実感しました。
以前の人事部は、人事制度自体に注力して検討することができていましたが、現在は、最適な人材配置を通して事業を成長させていくためにも、事業を深く知り、人事制度と連動させる必要があります。
人材開発や制度設計だけに長けているのでは足りず、ビジネスパートナーとしての役割が求められているのは間違いありません。
「利他の精神」は究極の「利己」である
──これからのマネジャーや人事にはどのような役割や変化が求められますか。
中畑 いま、グローバルで6000人いる人事部門のスタッフには、“3つのE”を大切にしてほしいと伝えています。
その第一が、「Embrace & Enjoy the Change(変化を受け入れ、楽しむ)」です。
過去に成功体験がある人や企業ほど変化を恐れる傾向があるので、どんなささいなことでもいいので毎日何かを変えてみてほしい。そしてぜひそれを楽しんでほしい。
第二は、「Execution is Key(実行力がカギ)」です。どんなに素晴らしいコンセプトも、それだけでは意味がありません。実行して初めて価値を成すからです。
第三は「Expand our Vision(ビジョンを広げる)」。日立グループには数多くの事業がありますが、それでも社内だけでは見える世界が狭すぎると思っています。
グループの外にいる人たちと積極的に対話し、視野を広げて広い世界を知ってほしい。私自身も、様々なグローバル企業のCHROに一人で会いに行きます。勇気を出して一歩踏み出せば、大きな学びが生まれるからです。
曽山 私が普段話しているのは、「成果の定義」と「AND思考」です。数値化しにくい人事の業務でも、必ずゴール設定をすること。
そしてそのゴールや、そこにたどりつくプロセスに矛盾が生じた場合でも、二項対立のORではなくANDで考えることを大切にしてほしいと思っています。あとは、1on1に全力で向き合うことに尽きます。
──これから活躍する人材の条件については、どう考えますか。
中畑 日立は創業者の一人である馬場粂夫が仕事の心構えとして「利他の精神」を挙げており、現CEOの東原もその大切さを繰り返し説いています。
「利他」というと自己犠牲のようなイメージがあるかもしれませんが、利他は最終的には究極の利己です。
1日の仕事を終えるとき、「今日はこんな社会貢献ができた」と思える仕事ができれば、最高の満足と働き甲斐が感じられるからです。
こうした考え方を自然にできる人材を育てるために、どんな組織がいいのかといつも考えていますね。
曽山 私は今後、「信頼の獲得競争」が激化すると予想しています。
雇用が流動化しフリーランスで活動する人も増える中、組織の内外を問わず、仕事は信頼のおける人でないと頼むことが難しくなってきます。
こうした目に見えない価値をわかっている人は強いし、ますます必要とされるでしょう。
中畑 確かに、考え方や価値観が大きく異なる人々が集う組織では、信頼は数少ない共通項のひとつ。信頼がなければ仕事も進められません。
それにダイバーシティと信頼が両立する組織は、課題を解決する力が強化されます。
曽山 自分一人では成しえない大きな夢を実現させるのが、組織ですからね。中畑さんのお話を聞いて感じたのは、企業はコミュニティだということです。
日立は社会課題解決コミュニティで、サイバーエージェントはインターネットを軸としたアントレプレナーのコミュニティであり、エコシステムでありたい。
中畑 本当にそう思います。現実には35万人を擁する日立グループでも、それだけでは解決できない課題は山積している。
他の組織とも協働しなければエコシステムは成り立ちません。曽山さんとも、ぜひご一緒できると嬉しいですね。
曽山 ぜひ!楽しみにしています。
執筆:森田悦子
撮影:竹井俊晴
デザイン:Seisakujo
編集:君和田 郁弥