2021/5/28

【佐渡島庸平】この漫画はNewsPicks版『ドラゴン桜』だ

コルク 代表取締役社長
5月29日より、NewsPicksで経済マンガ連載がスタートする。仕掛け人は『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』で知られる編集者・佐渡島庸平。
そして、彼がパートナーに選んだのは、現役の某GAFAセールスリーダーという異色の新人漫画家・水野ジュンイチロ。漫画の新たな可能性を切り拓くコンビが、新連載『スタートアップル!』に込めた思いを語り下ろす。

「NewsPicks×漫画」の可能性

──NewsPicksで経済マンガの挑戦になりますが、率直にその狙いからお聞かせください。
佐渡島 まず、現在進行形で大ヒットや実写化が絶えないように、漫画というのは最強のコンテンツです。しかし、「サラリーマン漫画」というジャンルはそこまで深堀りされていない。
『モーニング』にしても『ビッグコミック』にしても、買っているのはサラリーマンであるにもかかわらずです。
じゃあ、そうした青年誌で連載すればいいかというと、それも違う。なぜなら、青年誌の読者はサラリーマン漫画が読みたいわけではないからです。仕事とは異なる物語を欲している。
一方、NewsPicksの読者は、仕事を人生の中心を担う物語としてポジティブに捉えている層です。サラリーマンであることに否定的でもないし、仕事を人生の大きな一部として肯定的に捉えている。
つまり、「これまでにない実践的なサラリーマン漫画を作ろう」と考えたとき、NewsPicksほど親和性の高い場はないと感じていたんです。
ただ、問題点はまだありました。「そこまで本格的なサラリーマン漫画を作れる描き手がいない」という問題です。これを奇跡的にクリアできたのが、ジュンイチロさんとの出会いでした。
ジュンイチロ 私は某GAFAで今もビジネスに携わっていますが、もともと漫画家になるのが夢でした。そんなある日、同僚に「だったら、コルクの佐渡島さんに持ち込んだら?」と言われたんです。すぐTwitterでDMを送ったら、とんとん拍子に「会おう」という話になったのが2年前です。
──佐渡島さん的には、「求めていた人材が来た!」とテンションが上がったのではないですか?
佐渡島 最初は彼の経歴にはそこまで興味がなくて、普通に漫画が面白かったんです。それで、「じゃあ、最初は兼業しつつ」と今後のキャリアの相談をしているうちに、当然、お金の話にもなって、よくよく聞いたら結構活躍している人だった(笑)。
だったら、それを活かさない手はないだろう、と。
ジュンイチロ 僕はアメフト漫画を持ち込んでいたんですが、「君の強みはそこじゃない」とバッサリ言われましたね(笑)。
佐渡島 GAFAでビジネスの核心やディテールにまで深くコミットしている経験値こそ、ジュンイチロさんの持つ強みで、それこそが今までにないサラリーマン漫画を生み出すカギだと思いました。経験値がないのにビジネスを漫画にはできない。
そもそも「サラリーマン漫画」というのは、矛盾した2つの要素をはらんだジャンルなんです。
ビジネスというロジカルな要素と、漫画という感情の要素です。テキストメインのビジネスニュースであれば、ロジカルであることで成立します。しかし、漫画は感情を揺さぶらなければ成立しないし、物語にならないし、読み進めてもらえない。
ロジックと感情という矛盾した要素を、いかに昇華させていくか。これはリアルなビジネスの現場でも、みなさんが日々直面している問題のはずです。
ジュンイチロ 最初、シバタナオキさんの『決算が読めるようになるノート』を漫画にしてみようという話になり、僕は「漫画でわかる○○」みたいなイメージをしていたんです。でも、それって漫画と掲げていながら漫画じゃない。物語がないんです。理路整然と説明するのは自分の得意領域でもありますが、それだけでは“本当の漫画”には決してならない。
そこで自分の浅はかさに気付いて、一からやり直しました。「仕事の現場で自分が何を感じ、どう解釈し、どんな行動を起こすのか?」という内面を徹底的に深堀りして、ロジックだけでは解決できないと問題とどう向き合い、どう物語に引き込んでいくかという視点で描き直しました。
佐渡島 漫画というのは、情報の繋がりよりも感情の繋がりで読ませるもの。それがストーリーテラーである漫画家の条件で、ジュンイチロさんはビジネスマンでありながら、その資質がありました。しかし、やはり新人なので、その辺のクオリティをプロレベルにまで高めるため、毎週のように打ち合わせを続けたのが、この2年間。ようやく自信を持ってNewsPicksに持ち込める形になりました。
──「経済メディア×漫画」というと、ジュンイチロさんのように「漫画でわかる○○」という形を思い浮かべる読者も多いと思いますが、まったくアプローチが違うのですね。
佐渡島 情報や知識は貴重ですが、それを手にしても、意外と行動は変わらなかったりするし、それが人間だと思うんです。一方、感情のスイッチが入ると、行動も変わる。記事の読み方も変わってくる。つまり、「感情のスイッチを押す」という漫画の強みとNewsPicksがこれまで培ってきた「情報」という強みが掛け合わされば、もっとすごいメディアが生まれるんじゃないか。そんな試みになればいいなと考えています。
漫画を読んで「感情のスイッチを押された」読者のみなさんが、どんなふうに心が動いたのか、漫画内のコマを引用したりしながら、SNSでコメントしてもらえたらと嬉しいなと思っています。

NewsPicks版『ドラゴン桜』

──その「NewsPicks×漫画」の第一弾である新連載『スタートアップル!』は、どういった物語なのでしょうか?
佐渡島 いきなりネタバレから始めると、モデルはリクルートです(笑)。
リクルートのような起業家を輩出する勢いのある会社、複数を組み合わせた「ウミルート」という会社で主人公は働いています。先ほどお話ししたように出発点は『決算が読めるようになるノート』で、決算書を通じて数字やお金の意味を知った主人公が起業を目指すというのが大まかなストーリー。ただ、漫画である以上、その過程が重要で。
かつて、リクルート社のロゴマークは「カモメ」だった。本作品に登場するのはウミルート社。Photo:S3studio/gGettyimages
ジュンイチロ 単に「数字の意味がわかる」で終わらない部分、そこにもっとも苦労しました。数字は数字としてあって、「じゃあ、何の意味があるの?」「何のために解釈するの?」という先がある。数字はひとつでも、視点や解釈はオリジナルで、そこからその人なりの行動が生まれるはずです。
今、若者世代を中心に「そんなにお金を稼がなくても、そこそこ生きていければいい」という「お金離れ」のような感覚もあると思います。しかし、一方でお金があるからこそ可能になる考えや行動もあり、そのひとつの選択肢が起業です。
単純な数字ではなく、うまく使うことで社会に大きなインパクトを与えることもできるのが、本当のお金の意味であり価値であるという場所に、主人公がどうたどり着いていくのか? そのストーリは何度も練り直しました。
──サラリーマン漫画という観点から見ると、「起業」は必ずしも身近ではない気もします。なぜ「起業」をテーマにしたのでしょう?
佐渡島 僕も起業していますが、そもそも起業って「目指すもの」じゃないと思うんです。サラリーマンなら誰しも潜在的に選択肢として持っているもの。そこに気付くか気付かないかという点も物語の核心なので、詳しく説明します。
たとえば、経済ニュースを見ていて「A社の決算で利益が1兆円」という報道を目にする。一方、「B社の決算では利益が100億円」でしたと。この2つのニュースを見て、なんとなく「A社のほうがB社よりイケてるんだな」と思うのが物語出発点における主人公で、結構多くのサラリーマンが同じ地点にいるはずです。
しかし、決算書を読み解けるようになると、数字を通じてもう少しメタで企業や社会を見る癖がついてくる。利益の数字だけでなく、上り調子なのか、下がり調子なのか? どんな事業が伸びているのか? あ、ここに投資しているということは、そうしたニーズが生まれると踏んでいるだな、とか。
こうして企業の決算書から社会や生活の変化、消費者のニーズの変化を読み取れるようになると、インスパイアされて新しいアイディアが出てくる。それで、「じゃあ、社内でやってみよう」「副業としてやってみよう」となり、それじゃあ不十分となったとき、延長線上として「起業」という選択が視野に入ってくる。
つまり、起業というのはスペシャルなアイディアと野心を持った起業家がゼロから始めるものではなく、あくまでビジネスの延長線上に位置し、決算書が読めるようになることで、その事実に気付くことができる、というカラクリが物語のベースにあります。
だから、サラリーマンと起業は相反するものではなく、すべてのサラリーマンに起業という選択肢は存在している。逆にいえば、その真実にたどり着くためのカギが「決算書」であり、その謎解きに挑むという感じです。
ちなみに、主人公の裏設定として、学生時代に起業をスペシャルなものと思い込んで、清水の舞台から飛び降りるつもりでチャレンジして大失敗した過去を持つ、という要素も盛り込んでいます。
ジュンイチロ 「すべてのサラリーマンに起業という選択肢は存在している」というのは、言い換えれば「決算書を読めれば、誰でも起業ができる」ということ。その意味で、佐渡島さんには「『ドラゴン桜』を読み込んで!」と言われました(笑)。
佐渡島 NewsPicks版『ドラゴン桜』が、今回の物語です。
受験の仕組みを知れば東大に受かるように、ビジネスの仕組みを知ると、スタートアップを始めることは誰でもできる。『ドラゴン桜』並みのわかりやすさにどうやって落とし込むか、そこは二人でかなり話し合いました。
僕の感覚では、受験よりもビジネスのほうがより大きなマーケットで読者がたくさんいるという認識。ですから、これはある意味、『ドラゴン桜』の成功体験を踏まえた上で、僕にとって新たな挑戦ですね。
©️三田紀房/コルク

漫画の裏に走るもう一つの物語

──今回、NewsPicksで漫画連載をスタートするにあたって、どういったビジョンを持っているのでしょうか?
佐渡島 日本の漫画はまだ雑誌や単行本が主流ですが、世界的にはスマホに特化した縦スクロールのデジタルコミックが主流。今回の連載には、そこへのチャレンジという意味合いもあります。
ジュンイチロ 日本でも「ピッコマ」を手がける韓国のデジタルコミック大手「カカオエンターテインメント」の時価総額は2兆円ですからね。
佐渡島 ただ、コンテンツが優れているかというと、必ずしもそうではない。というか、つまらない漫画も大量にあります。では、なぜひとり勝ちしているのかというと、日本の出版社は漫画の変化に対して、どこも挑戦していないんです。
コンテンツを生み出すクリエイティビティはある。しかし、出版社が自分たちの作品を載せているデジタルプラットフォームは外注で、内製で作られたものとの差は大きい。
クリエイティビティとマーケティングとエンジニアリングが切り離されているから、生み出すコンテンツは素晴らしいのに、メディアとしてまったく勝てていない、というのが日本の漫画の現状です。それは非常に残念なことです。
その点で、NewsPicksは漫画がデジタル化したことでバラバラになった3つの要素を一体として走らせる可能性を持った唯一のメディアだと僕は考えています。
──『スタートアップル!』の物語も気になりますが、その裏にリアルなチャレンジのストーリーが同時進行で走っているのですね。
佐渡島 テクノロジーを外に頼っている以上、日本の縦スクロール漫画へのチャレンジは既存の出版社では起きないと思っていて、だからこそチャンスだし、NewsPicksが参戦することで競争が生まれてほしいと願っています。
もちろん、僕にとっても大きなチャレンジ。
まずは一回走らせてみることで、「もう少しやってみよう」とか「ここは変えてみよう」という試行錯誤が生まれ、そこに僕ら以外の作り手にも参加してきてほしい。いきなりヒットするかどうかは未知数ですが、そこはジュンイチロさんと相談しながら。
ジュンイチロ 佐渡島さんと漫画を作ると、本当にひたすら考えさせられるんです。明確な指示はまず来ない。「こういう方向性であるべき」というメッセージは受け続けているのですが、「こうしたらいいよ」という指示はないので、自分でなんとかしなきゃいけない。
そのハードルが、自分が越えられるギリギリの絶妙なところに設定してあるので、コーチングの鬼なんじゃないかと(笑)。
容易なエサばかりを与えられ続けていたら、自分の漫画家としての成長は、今より2,3段階くらい遅かったと思います。
でも、最初の「漫画でわかる○○」から「本当の漫画を描こう」と方向転換したときに自分の中で覚悟は決まったので、全力で走り抜きたいですね。
GAFAのセールスリーダーと漫画家を両立させる水野ジュンイチロ氏の成長譚とともに、『スタートアップル!』は始まる──。