2021/5/28

アリババ出身起業家が立ち上げた「秘密」の英語スクール

NewsPicks Brand Design Editor
 「英語の勉強を始めたいが、自分に合った学習法が分からない」「オンライン英会話に登録したが、長続きしない」など、ビジネスパーソンの英語学習にまつわる悩みは尽きない。 
 そんな人々の駆け込み寺として知られるのが、英会話レッスンや英語コーチングなどを提供する「ミライズ」だ。 
 ミライズ創業者の呉宗樹CEOは、中国IT大手・アリババ出身。
 アリババでの経験や、同社の掲げるOMO(Online Merges with Offline)戦略を語学領域へと応用し、デジタルを活用したまったく新しい英語学習プログラムを立ち上げた。
  一体「OMO✕英語」とはどのようなものか。既存の英語学習サービスとは何が違うのか。呉CEOに聞いた。

アリババで学んだ「OMO」の威力

 「ニューリテール」という概念をご存知だろうか。
 これは、中国のIT大手・アリババの創業者ジャック・マー氏が提唱した、小売業界の新しいビジネスモデルだ。
 ニューリテールとは、オンラインとオフラインを融合させ、そこで得た大量のユーザーデータをAIなどで解析し、顧客ニーズに沿った消費体験を提供するもの。
 同時に、小売業者の在庫管理や物流といった、ビジネス面での効率化も図る。
 ニューリテールの肝は、なんといってもオンラインとオフラインをつなぎ合わせる「OMO(Online Merges with Offline)」だ。
 既存の小売ビジネスでは、リアル店舗とECの販売データがバラバラになっていた。
 これを、店舗でもECでも使える決済アプリを開発するなどして、プラットフォーム上で一元管理。より正確に、顧客の購買行動を把握できるようになったのだ。
 このOMOの概念を英語学習に取り入れたのが、ミライズだ。「OMO✕英語」とは、一体どのようなものなのか。
 呉宗樹CEOは次のように説明する。
「今でこそデータ活用は当たり前になっていますが、アリババは私が在籍していた当時から、データに基づいた顧客体験の構築に力を入れていました。
 OMOは、小売に限らず、さまざまなビジネスに応用できる概念です。
 これを語学学習に取り入れれば、データに裏付けされた、一人ひとりのユーザーにとってベストな学習方法を提案できるのです」(呉氏)

アリババで感じた圧倒的な「壁」

 実は、呉氏が英語学習事業を立ち上げようと思い立ったのも、アリババ時代の経験によるものだ。
 呉氏は2011年にアリババ日本法人に入社。BtoBプラットフォームの法人営業を担当していた。
 北海道から沖縄まで、全国の経営者の元へ赴き、アリババを通じた商品の海外展開を提案する仕事だ。
「前職の不動産時代は入社以来4年連続で全国トップセールスだったこともあり、正直営業の腕には自信がありました(笑)。
 ですが、なかなか契約までこぎ着けられなかった。
 最も大きな壁は『英語』です。『社内に英語ができる人がいない』『興味はあるけど正直海外展開はハードルが高い』と断られるケースがほとんどでした」(呉氏)
iStock:kickimages
 日本企業は非常に真面目だ。失礼のないように、と英語のメールを一本打つのにも時間をかける。
 しかし、それによって次第に商談を進めるのが億劫になっていき、「やはり海外展開はまだ早い」と諦めてしまう。
「対照的に、中国や韓国のクライアントは、拙い英語でも翻訳サービスなどを使って、どんどん商談を進めていました。
 日本にはいいプロダクトやサービスがあるのに、英語の壁によってビジネスチャンスを逃している。これは、あまりにもったいない、と思ったのです」(呉氏)
 こうした状況を目の当たりにし、どうにか世界への挑戦が身近になるような支援がしたい、と一念発起。
 まずは語学への壁を取り払う必要があると考え、英語学習事業での起業を決めたのだ。

効率的な語学学習には「総合病院」が必要だ

 2012年に創業したミライズは、日本の社会人に向けたフィリピン・セブ島への短期留学事業からスタートした。
 それに加えて現在は、通学型の英会話スクール、オンライン英会話、英語学習コーチング、企業派遣など、オンライン・オフラインを問わず、多様な英語学習のサービスを展開している。
「はじめは『出張で困らない程度に話せるようになりたい』と思っていた人も、英語を使ううちに、さらにうまくなりたいと思ったり、新たな目的が見えてきたりするもの。
 留学を経験したユーザーから『帰国後も継続してレッスンを受けたい』という声が寄せられることも多かったですね。
 つまり、本気で英語を学びはじめると、英語学習には終わりがないと気づくのです。私自身もそうでした。
 さまざまなフェーズにいるユーザーのニーズに応え、生涯その学びに寄り添うことができるよう、ミライズは『英語の総合病院』を目指しています」(呉氏)
 従来の英語学習サービスは、英会話レッスン、コーチングなど、それぞれのソリューションに特化したものがメインだった。これは、病院でいうと「専門クリニック」に近い。
  一方、ミライズは一つの手法に限定することなく、さまざまなサービスを展開。それらの学習履歴を一元的に管理するから「総合病院」というわけだ。
 総合病院型スクールのメリットは、「学習体験の一貫性」と「学習効率」にある。
 これまでは、最適な学習方法が見つからず、オンライン英会話のA社、コーチングのB社と、専門クリニック=スクールを転々とする学習者も多かった。
 これは学びとして効率的でない上に、毎回一から学習ステータスやゴールをすりあわせる時間も無駄になる。
「ユーザーの目的は、今必要な英語を身につけること。そして、英語学習は継続した一つの『ストーリー』です。
 総合病院型のスクールであれば、『カルテ』のように学習履歴をひとつなぎで可視化できます。
 さらに、そのデータを分析することで、彼らにとって『今この瞬間に最適な学習法』を提案できるのです」(呉氏)
 ユーザーに寄り添い、中長期的な英語学習の「パートナー」になる。
 多様な学習ソリューションを用意しているからミライズだからこそ、その役割が全うできるのだ。

行動データで実現する「語学のOMO」

 では、具体的にどうやって学習法の提案を行うのか。
 ミライズでは、はじめに英語学習のプロ「カスタマーサクセスチーム」が現状をヒアリングする。
 それをもとに、ユーザーが理想とする状態までのロードマップを示していく。
 たとえば、「週3回オンライン英会話レッスンを受けると、3カ月でこのレベルに到達します」「通学の英会話レッスンを週2回受けつつ、コーチングプランで学習の継続的なモニタリングを行うのがベストでしょう」といった具合だ。
iSock:byryo
 実際のレッスンを行うのは、TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)という国際的なティーチング認定トレーニングを修了した講師。
 コーチングプランを適用した場合は、学習の「習慣化」に寄り添うパーソナルトレーナーが並走する。
 それと同時にアプリを活用していくのだが、実はこのアプリこそがミライズのOMO戦略を具現化したものだ。
「オンライン・オフラインを問わず、自身が受けたレッスン・コーチングの履歴や自学自習の時間、学習内容まで。
 ユーザーの英語学習に関わる全データを、アプリを介してオンライン上に保存していきます。
 こうして得た『個人の学習データ』を分析することで、ゴールと現在の実力の差分を確認できますし、レッスンに通っていない時間も、アプリを通じて高い頻度でユーザーに寄り添えるのです」(呉氏)
 つまりはリアルとデジタルの融合=OMOというわけだ。データを活用した英語学習のメリットは、それだけではない。
「レッスンが終わるごとに、全受講生の習熟度や満足度を測定しています。
 将来的には、過去のユーザーデータと、目の前にいるユーザーの進捗状況を照らし合わせることで、カリキュラムの個別最適化もできるようになるでしょう」(呉氏)
 ミライズは今、この機能の実装に向けて取り組んでいる。
 これは「講師の経験値頼み」だった従来の英語学習とは違う、まったく新しい英語学習体験と言えるだろう。

真の「エデュテインメントカンパニー」を目指す

 ミライズが、アリババから受け継いだエッセンスは他にもある。「リテイルテイメント」の概念だ。
「アリババは、ニューリテールと同時に、『リテイルテインメント(小売+エンターテイメント)』という概念を掲げています。
 小売サービスとしての便利さだけでなく、娯楽=楽しさを交えた『体験価値』を提供すべきだ、ということです。
 私たちもこの考えに非常に共感していて、ミライズでも『エデュテインメント(教育+エンターテインメント)』、体験型学習の提供を意識しています」(呉氏)
 その一例が、ユーザー同士のコミュニケーションの設計だ。ミライズのアプリは、学習記録だけでなく、SNSとしての機能も備えている。
 ユーザーは、TwitterやInstagramのように他の受講生とチャットをしたり、投稿に「いいね」を送ったりと、「ミライズコミュニティ」を楽しめるのだ。
iStock:oatawa
 また、フィード画面を通して他の受講生がどんなレッスンを受けているのか、自分と同等レベルの英語力の人が、どんなスピードで上達したのかの確認も可能。
 これにより、自分の相対的な習熟度がわかる仕組みだ。
「語学に限らず、何か目標に向かうときは、『仲間』の存在が支えになる。
 あの人も頑張っているし、私も頑張ろうと切磋琢磨する環境が生まれれば、つらい時でももう一踏ん張りできると思うのです」(呉氏)
 この手法は「ピアラーニング」と呼ばれ、アカデミックの世界でも注目されている。
 SNSでのコミュニケーションに加え、教室でリアルの交流イベントを開催するのも、その効果を狙ってのことだ。
「リアルの教室は、SNSよりもさらに深いコミュニケーションが取れる貴重な場。
 実際、リアルイベントに参加した生徒の満足度はとても高いです。
 私たちは、『感情』や『人と人の関係性』といったエモーショナルな要素が、学習体験そのものをリッチにしていくと考えています」(呉氏)
 レッスンの質の追求だけではなく、楽しさを加えて唯一無二の価値を提供する。
 ミライズの英語学習プログラムには、アリババから学んだエッセンスがふんだんに活かされている。
 事業をスタートして以来、ミライズの累計ユーザーは1万人を超えた。
 これは、起業時に掲げた『世界への挑戦をもっと身近に』というミッションのもと、邁進した結果だろう。
「英語学習によって学べるのは、語学だけではありません。
 世界と対峙するマインドセットだったり、異文化への理解だったりと、多岐にわたります。そのすべてが、まずは学びはじめないとわからないことです。
 世界へのファーストステップは、すぐそばにある。それを見つけるお手伝いを、今後も続けていきたいですね」(呉氏)