2021/5/17

【和田秀樹】権力を盲信する日本人へ

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 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」。

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがパートナーとしてタッグを組み、2020年7月にネット配信番組「Rethink Japan」がスタートしました。

 世界が大きな変化を迎えている今、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおす番組です。

 大好評だった昨年に続き、今年も全6回(予定)の放送を通して、各業界の専門家と世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

和田秀樹 × 波頭亮 コロナ禍の今、「日本人」を再考する

 Rethink Japan 2、第1回は「日本人論」をテーマに、国際医療福祉大学大学院教授、精神科医の和田秀樹さんをゲストに迎えてお届け。
 モデレーターは、佐々木紀彦(NewsPicks NewSchool 校長)と、経営コンサルタント・波頭亮さん。
 Rethink Japan 第2シーズンの初回となる今回は、新型コロナウイルス流行の1年を振り返りながら、日本人の特長、日本のコロナ対策、日本医学界の問題点などを徹底的に議論。番組の最後では、波頭さんが「強烈なパンチ」と振り返る、白熱の展開となった。

現代日本の問題は、高等教育の機能不全にある

佐々木 本日は「日本人論」をテーマに、精神科医の和田秀樹さんをお招きして議論していきます。
 波頭さんは、和田さんと以前からお知り合いだとうかがいました。今日はどんなお話を期待していますか。
波頭 和田さんは医学的なお話だけでなく、さまざまなテーマにおいて、世の中で喧伝されているメッセージに捉われずに、根拠に基づいてご自身の意見を語ってくださる方です。毎度とても参考になるので、今日も楽しみにしてきました。
和田 よろしくお願いします。
佐々木 和田さんは「日本人」について考えることはありますか?
和田 私たち精神科医は、うつ病やノイローゼなどの患者さんを診ています。患者さんの状態を適切に判断するために、「標準」とされている状態の人を参照しなければなりません。なので、一般的な日本人のことをよく観察していると思います。
佐々木 なるほど。たとえばどんな特長があると思われますか?
和田 日本人は、メディアが取り立てれば、確率が低いことでも過剰に怖がってしまう傾向がありますよね。
 たとえば、高齢者が交通事故を起こすと免許返納の義務づけが大きく議論されます。ですが、かつての日本では年間2万人が交通事故で命を落としていたんです。その時代の一般ドライバーのほうがよっぽど怖いはず。
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる」と言われるように、滅多に起こらないこともニュースになります。今の日本人は、確率を参照せずに、メディアが強調したことをそのまま受け取って、法律まで変えてしまうようなおかしさがある。
 日本人には、メディアの情報を自ら判断するリテラシーが欠けていると感じます。
和田 これには、テレビの影響が大きいと思っていて。
 アメリカや言論の自由がないと言われている中国でさえ、テレビ局は30局以上ある。これでは同じ主張をしていても視聴者を獲得できないので、テレビ局はそれぞれ独自の色を打ち出しています。FOXのような保守的なテレビ局もあれば、CNNのようにリベラル寄りの局もある。
 多数のソースから情報を得て判断できることは、メディアリテラシーを向上させるうえで重要なポイントです。
 一方、日本の場合、地上波テレビ局はわずか5−6局。そのうえ、全局がほとんど同じ情報を流しています。これではメディアリテラシーを高めることは非常に難しい。
波頭 メディアのイメージコントロールの影響は甚大ですよね。
和田 はい。このようなメディアを疑わない姿勢が蔓延してしまっている背景には、高等教育が機能していないことが影響していると思っています。
 初等・中等教育においては、全員が共通認識を得るために、ある程度叩き込み教育をするのは仕方がないことだと思います。一方で、高等教育はそれまで習ってきた常識を疑うことにその本質があるはずなんです。今の常識に反論することで、新しい常識が生まれ、時代は進歩していく。
 特に医学分野において「常識」は、ものすごく速いスピードで変化し続けています。今後iPS細胞の実用化、ゲノム医療の発展によって、もっとドラスティックに変わっていくでしょう。
 ですが、日本の大学ではまだまだ「先生の言っていることが正しい」と古い医学常識を押しつけるような教育がほとんどなんです。
波頭 日本人は同調圧力が強いことも影響していますよね。中学生が理解できるレベルの話でみんながコンセンサスを持っている状況だから、大学で勉強したからこそ分かるような論を展開すると、「アイツなんか変なこと言ってる」と捉えられてしまう風潮がある。

精神科医として、厳しすぎる自粛に賛成できない

佐々木 コロナ禍で、日本人の性質が露わになった部分があると思います。お二人は、日本のコロナ対策をどう評価されていますか?
波頭 これこそ、今回和田さんのご意見を聞きたいと思っていたテーマなのですが、僕は判断のしようがないと感じているんです。日本で注視されているデータは、主にPCR検査における陽性者数のみですよね。
 PCR検査の実施は主に症状がある方、濃厚接触者と判断された方などに限定されていて、正確な感染率(検査陽性率ではなく、人口における感染者の割合)が分からないし、感染者における重症者・軽症者・無症状者の割合などのデータも明らかになっていない。
 コロナウイルスの実態が分からない状態では、現在の日本の対策を評価することはできません。
和田 この1年間、コロナウイルスで亡くなったのは9700人ほどで、年代別でみると70代以上の高齢者が圧倒的に多いです。さらに、コロナウイルスに感染した後に亡くなった人は他の病気を持っていたとしても、「コロナウイルスが原因で死亡」と計上されているんです。
 私の専門分野は老年精神医学なので、認知症や鬱を患った老年の方を診ることも多くありますが、そもそも老年層においては、肺炎や風邪をこじらせて亡くなる事例も多いんですよ。
 さらに、老年層に限らずとも、インフルエンザに罹患し持病が悪化することで死亡する例は毎年1万件ほどあります。
 なので私の意見としては、コロナウイルスはインフルエンザと同等の恐れ方をすればいいのではないかと思っています。もちろん、コロナウイルスが怖くないと言っているわけではありません。
「インフルエンザと同等の恐れ方」というのは、毎年希望者はワクチンを打つ、罹患している人はマスクをつける、クラスで感染者が増えたら学級閉鎖をする……といったこれまで一般的に行われていた予防・対策をすることです。
 精神的な影響を一切顧みないような、現在の厳しい自粛には賛成できません。他者とのつながりは、人々の精神面にものすごく影響を及ぼします。
波頭 コロナウイルスをどう警戒するかは重要な観点ですよね。症状やメンタル、経済といった多面的な視点で最適な対策を講じるためには、ウイルスの影響を適切に判断しなければならない。そのためにも、もっと市中感染率などを大規模に調査してほしいです。

コロナ禍であらわになった日本医学界の3つの欠点

和田 今回のコロナウイルスの流行で、日本の医学における3つの欠点が明らかになったと感じています。
和田 まず1つ目に、専門分科が顕著で、総合診療があまり行われていないこと。総合診療医の養成もなされていないんです。
 たとえばお年寄りはいくつも病気・不調を抱えている人がほとんどですが、大学病院に行くと「内科」はないので、循環器内科、呼吸器内科、消化器内科……と各専門分野の医者に診てもらうことになります。
 それぞれの医者から複数の薬をもらうので、「毎日飲む薬が20個」なんて人もざらにいます。患者さんの負担は大きい。もしも総合診療医がいれば、その中から大事な薬を5つ選んでくれるでしょう。
 総合診療医に診てもらわずとも、各科の医者たちが協力して話し合ってくれればいいのに……と思うかもしれませんが、病院において、科を超えた物言いは許されない雰囲気があるんです。
和田 今回のコロナ対策でもその傾向が顕著ですよね。政府の専門家会議や、メディアで発言しているのは感染症学者ばかりです。
 軽症者が多いコロナウイルスの治療においては、免疫力が非常に重要なはず。それなのに、免疫学者も私のような心の専門家も、一人も会議には参加していません。
 日本の医学界は、過度な専門分科が進んでいて、かつ科と科の間でディスカッションをしない。これはコロナウイルスの収束を目指すうえで、非常に大きな問題点になっていると思います。
波頭 たしかに、抗生物質が効かないウイルス性の感染症にとって、免疫力が重要であることは、素人の僕にもわかります。そのようなコロナウイルスでは、感染症学者と免疫学者が共同で対策をしていくべきですよね。
和田 2つ目は、日本の医学者は大規模調査をしないことです。たとえばアメリカでは、医薬品の認可を取るためにエビデンスが必要なので、製薬会社などが大規模な調査をしっかり行っています。
 日本医学界では、その習慣がない。そのため、海外のデータをエビデンスとして提示する医者もいますが、日本人と食生活も生活習慣も異なる海外の人を対象にしたデータを鵜呑みにするのは危険です。
波頭 コロナウイルスの致死率だって、欧米人と日本人とで大幅に異なっていましたよね。驚きました。
和田 そして3つ目の欠点は、医学部教授の選出方法です。現行では新しい理論を生み出せるかではなくて、動物実験を行って多くの論文を書いた人が教授になっているんです。
 日本医学界においては、大学医学部教授は非常に権威を持っています。新しい研究をしたり、新しい定説を唱えたりする人がいても、権威者に認められなければはじかれてしまう。そして権威を持つ人たちは変化を嫌います。
 これから高齢化が急速に進む社会において、医学の刷新は必要不可欠なはずです。この肩書き主義的な構造を打破して、日本医学界を改革しなければ、お金がいくらあっても社会保障費は足りないままですし、患者さんのQOLは下降の一途をたどるでしょう。
 これを改善するために、僕は「医者版の食べログ」のようなサービスができたらいいと思っているんです。肩書きではなく、患者さんからの評価が医者の権威を決めるようになってほしい。
 医療の常識を覆すことができるような新しい研究が評価されるべきだし、患者さんは消費者として自分の目で名医を選択できるようになるべきです。
 患者さんの評価に重きを置いた考え方になれば、日本の医療はずいぶん変わると思います。
佐々木 私の友人に似たサービスを作った人がいるのですが、なかなか投稿が増えなかったそうです。お医者さんに対して、素人の自分が意見を言っていいのかな……という心理があるのかもしれません。
波頭 患者側、つまり消費者側の意識改革も必要ですね。医学界やアカデミアに限らず、一人一人が権威を過大視せず、もっと自分で考えて、自らの考えに誇りを持つ姿勢を身につけなければならないと思います。

平穏な生活を取り戻すため「フレーミングを変える」

佐々木 最後に、日本がコロナウイルスの問題を解決するためのキーワードを教えてください。
和田 「Flamingを変えよう」
 心理学を経済学に応用したダニエル・カーネマンは「フレーミング効果」を発表しました。これは、客観的に同じ意味であっても、焦点の当て方や基準点によって印象が大きく変わり、意志決定に影響を及ぼす、ということを指します。
 コロナウイルスにおいて、日本はあまりにも「感染者数」というフレーミングに縛られてしまっていると感じます。ワクチン接種が始まりましたが、現在あるワクチンは症状を軽くする効果はあっても、感染を防げるかどうかはよく分かっていないんです。
 今の「感染者数」を重視するフレーミングが変わらなければ、ワクチンが国民へ普及したとしても、感染者数増加に怯える日々が続くかもしれない。
 コロナウイルスにおけるフレーミングを変えて、国民自身が適切にウイルスの怖さを判断できなければ、いつまでたっても人間的な、メンタルヘルスに良い生活は帰ってきません
波頭 そうですね。世の中で見聞されているメッセージだけではなく、別のフレーミングでも考えなくてはならない。
 権威を踏襲するのではなく、ファクトやエビデンスを重視して、柔軟な考えで自ら思考していくことが、日本がコロナウイルスを克服するための有効な方法なのだと思います。
和田 今日僕が話したことを「極論」だと言う人もいるでしょう。でも極論は、情報源として非常に重要なはずです。物事の極みを一度思考することは、思考の幅全体を広げてくれる。
 皆が同じ意見を言っているテレビを観るだけで、満足してしまうことはとても危険だと思います。
佐々木 和田さん、本日はありがとうございました。
波頭 和田さんのお話は、世間への強烈なパンチのようでしたね。和田さんのメッセージは、コロナ対策だけでなく、世界における政治・経済、すべての分野でプレゼンス(存在感)を失ってしまっている日本にとって、非常に重要なものだと思います。
 改めて、日本のあらゆる問題を直視して、再考していかなければならないと思いました。
佐々木 Rethink Japanというタイトルにぴったりの回になりましたね。今年も毎回刺激的なゲストをお迎えして議論していきます。本日はありがとうございました。
波頭 ありがとうございました。
 Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp)

 視点を変えれば、世の中は変わる。

 私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、
パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために
社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2021年4月より全6話シリーズ(予定)毎月1回配信。
世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

 NewsPicksアプリにて無料配信中。

 視聴はこちらから。
(執筆:水沢環 編集:株式会社ツドイ デザイン:斉藤我空)