「政治に殺される」話題の宝島社“タケヤリ”広告、実は薙刀? 画像は「ネットから」
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メッセージ自体はわからないでもないのですが、画像ウケを優先しすぎた(竹槍教練の写真はいくらでも残っているので)のは失敗しましたね。
とりあえず内容はおいておくとして、画像だけいえばBuzzFeedの指摘通り、薙刀は当時の国民学校の体育の授業科目なので、今風にいえば、学校の剣道の授業の写真を載せて、「B29に竹刀で戦えというのか」みたいなキャンプションをつけるのと同じことです。
しかも写真は1941年(日付は不明)のものなので、B29どころか太平洋戦争自体始まっていたかどうかわからない、始まっていたとしても、逆に連合艦隊の活躍で大勝利みたいな時期だったりします。
とはいえ、竹槍といえば、当時の毎日新聞が竹槍(のような精神主義)でB29が落とせるか、飛行機や海洋戦闘機を量産すべし、とマトモなことを言って軍の弾圧を受けたという竹槍事件が有名ですが、現代は同じことを言っても誰からも弾圧されない全然良い時代ですからまだ希望はあります。
早く竹槍のような精神主義でなく、ワクチンという戦闘機が普及して、コロナに打ち勝てればいいですね。議論が巻き起こることを狙った広告なので、皮肉ではなく、薙刀か竹槍かという当否を超えて所期の目的を達したと思います。記事によると、毎日新聞もこの写真を使ったことがあるようで、さらに結果として毎日新聞の「竹槍事件」が改めて世に知られることになり、何かの縁を感じます。この広告が掲載された日経新聞の同じ紙面で、秋田浩之コメンテーターが「80年間、なぜ変わらない」というコラムを載せています。まるで広告に呼応したような内容ですが、もちろん偶然でしょう。「近現代史の研究者らにたずねると、戦前・戦中と現状の国家運営には少なくとも3つ、共通の欠点がある」と日本の国家としての欠点を論じています。
宝島社の大胆な新聞広告は、いつも話題になります。そして、今回の広告は今の社会の空気をよく映し出していると考えます。薙刀か竹槍かの話題も、その記憶の刻印につながるように思えます。これは特段こだわった政治メッセージというよりは、マーケットを読みバズりそうなネタをバズりそうなデザインで打ち込んだ表現作品だと思います。宣伝本来の役割に照らして結果的にうまくいきました。おもしろいですけど、広告の可能性とともに一抹の怖さも感じます。少ない事実でいかに大衆の喜怒哀楽を刺激できるかの社会実験のようにも見えるからです。あちこちのボヤに薪をくべるくらいの影響力はあるでしょう。