中国の「直接選挙」現場に突撃 にぎわう投票所、その裏で…

「民主選挙」などと書かれた横断幕が掲げられた村民委選の投票所=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 共産党一党支配の中国にも村レベルでは直接選挙がある。習近平(しゅう・きんぺい)指導部は「香港の特色ある新たな民主選挙」だとして民主化に逆行する選挙制度改変をしたばかり。党の言う“民主選挙”とはどんなものか。探ろうと4月1日、河北省唐山市の村で幹部選挙を取材した。「これがわれわれの民主」。1票を投じた住民は誇らしげだ。だがその裏で、当局の意に沿わない住民は力ずくで投票を禁じられていた。(共同通信=鮎川佳苗)

村民委選の投票日に、張栄さんが外出を妨害される様子の撮影を制止しようとする当局者=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 ▽軟禁

 午前5時。北京を車で出発し、約150キロ先の唐山市新城子村を目指した。薄暗い。この日は村幹部である主任(村長に相当)らを選ぶ村民委員会選があり、午前5時から同11時まで投票所が設置されるという。なお、中国では新型コロナウイルスの新規市中感染はほぼないとされ、国内移動は基本的に自由だ。

 道中、投票を見たいと事前に相談していた村の女性が連絡してきた。不吉な予感がした。果たして、彼女から「当局者が大勢来た。あなたの訪問を知っているようだ」と告げられた。村で高齢者施設を経営する張栄(ちょう・えい)さん(51)。夫が党員で、自身も1976年の唐山地震で人民解放軍に助けられたことから党を熱烈に支持する。ただ再開発で約10年前に村の自宅が強制立ち退きに遭い、抗議を続けている。再開発の利権が絡み腐敗が進んでいるとして一部の地元当局者を批判もしてきた。

村幹部を選ぶ村民委選の投票日に、経営する高齢者ホームのゲートを当局者に閉められ外出を妨害される張栄さん(右)。施設内に留め置かれ投票はできなかった=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 「ここは入れない。やめろ。撮るな」。午前7時ごろ、高齢者施設に着くと当局者ら約10人が待ち構え、施設の門を閉ざした。当局のものらしい車もやって来て狭い路地をふさぐ。当局者らはこちらをスマホで撮影している。こうした当局者による威嚇は中国でしばしば体験するが、いつも嫌な緊張で体がこわばる。

 押し問答をしていると門の内側に張さんの姿が見えた。「選挙民証」を手にする張さんの体を当局者が担ぎ上げ、投票に行くのを妨害している。「公民の権利だ!なぜ投票に行かせないの」。泣き叫ぶ声が響く。張さんはこの日軟禁状態に置かれ、当局者は理由を説明しなかった。

村幹部を選ぶ村民委選の投票日に、経営する高齢者ホームの敷地内で当局者(画面中央左)に担ぎ上げられ外出を妨害される張栄さん。施設内に留め置かれ投票はできなかった=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 ▽「海外より良い」

 張さんの投票に同行させてもらう予定だったがあきらめるしかない。投票所がある村民委へ向かってみた。近づくとにぎやかな行列が見えてきた。「積極的に選挙に参加しよう」の赤い横断幕。「もう投票した?」「さっき済ませたよ」。「選挙民証」を持った老若男女が続々と集まっている。この日は木曜日で、投票を終えて職場に向かう人も多かった。

 住民によると日本で見られるようなポスターや選挙集会などはなかったようだ。今回は約10人が立候補し、主任、副主任、村民委員3人(1人は女性枠)の計5人を選ぶ。50代女性は投票先を「普段のみんなへの貢献度で決めた」と話した。中国では昨年11月~今年1月の米大統領選から連邦議会襲撃に至る米政治の混乱ぶりが大きく報じられており、女性は「海外のめちゃくちゃぶりを見ると中国の民主選挙の方が良い」と胸を張った。

村民委選の投票所に掲げられた、選挙への積極参加を呼び掛ける横断幕=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 「国家指導者を全国民の投票で決めることに関心は?」。こう尋ねてみると、別の40代女性は「何を言っているのか分からない。(国家指導者は)党内で党員が選ぶものでしょ」と眉をひそめた。70歳の男性からは明確な否定が返ってきた。「西側の選挙は中国の『国情』と合わない。各国には各国の国情があるし、西側のは党派政治。興味はない。中国では下から上に向けて選ぶ『代表大会』『(全国や地方)人民代表』制度があり、長年実施されている」

 ▽普通選挙は「危険」

 「国情」は党・政府が統治の正当性を強調する際に多用する言葉だ。村でも何人もが口にしていた。政府筋は「欧米式の普通選挙という“薬”は中国には危険」と主張する。党の「執政地位」を揺るがし、広大で人口の多い国で大混乱が起きかねないとの論理だ。だが党内改革派学者は「『国情』は党が専制体制を守るために考え出した言葉。問題点を指摘されても『これが国情だ』と言い張るための口実だ」と批判する。「選挙改革を研究する学者もいるが、党は受け入れない。もし今全国1人1票の選挙をやれば、習氏は絶対に当選すると思うが」。ある開明的な中国人記者はこう苦笑した。

村幹部を選ぶ村民委選の投票所を訪れた住民ら=4月1日、中国河北省唐山(共同)

 村の選挙を見てみようと思い立ったのは、3月の全国人民代表大会(全人代=国会)や、米中外交トップ会談がきっかけだ。「わが国には五つの級の人民代表約262万人がいる。うち94%は1人1票で選ばれる」。張業遂(ちょう・ぎょうすい)全人代報道官は中国の制度が「社会主義民主政治の本質的特徴」を備えていると主張した。楊潔篪・党政治局員は米アラスカ州で「中国には中国流民主がある。米国の民主主義を世界に広げるのはやめるべきだ。多くの米国民は米国の民主主義に自信がない」と言い放った。

 「五つの級」は一番上が全国、一番下が郷・鎮という行政単位。下から2番目の県(日本の市の規模に相当)級以下の人民代表は直接選挙で選ぶ。自治組織である村民委員会も直接選挙だ。これに対し、県より上級の省や全国などの人民代表はそれぞれ1級下の人民代表大会による間接選挙で選出され、市民は関わらない。このため、「選んだ覚えはない」「勝手に“代表された”」と冷ややかな市民もいる。国民が権力を付託したとの意識は薄いようにも思える。

 新城子村の投票所近くで、元村民委の50代男性に出会った。「庶民のために公正を求める発言をして処分を受けたため、政府当局が今回は私を立候補させない」という。投票を妨害された張さんも立候補しようとしていたが、現職より厳しい年齢と学歴条件が設定され、受理されなかった。「村幹部と上級政府がぐるになり、形式的にやっているだけ。どこに民主があるのか」。憤る彼女は、投票を妨害した当局者を訴える準備を進めている。

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