西田宗千佳のRandomTracking

第498回

日本勢でトップ、U-NEXT「200万加入の先」にある戦略。堤社長インタビュー

U-NEXTの代表取締役社長・堤天心氏

200万加入を超え、映像配信事業者として国内第3位になった「U-NEXT」。今年に入り、「SHOWTIME」を展開するViacomCBSや「HBO」を擁するワーナーメディアという、アメリカ大手と相次いで提携、独占的なコンテンツ配信を発表するなど、戦略的な動きも加速している。

こうしたパートナー戦略はどのような狙いのもとに行なわれているのか? コロナ禍で契約者を伸ばし、200万加入に到達した理由はなにか? そして、その先の戦略は?

U-NEXT・代表取締役社長の堤天心氏に話を聞いた。

HBOなどと提携、「3本柱」を構築

まず気になるのは、アメリカ大手と相次いで交わした提携の背景である。

2月には「ツインピークス」で知られ、ドラマ版の「Halo」を準備中である「SHWOTIME」ブランドを持つViacomCBSと、3月には「HBO」のワーナーメディアと提携した。本誌読者の皆さんなら、HBOの名はご存知だろう。「バンド・オブ・ブラザーズ」や「ザ・パシフィック」、「セックス・アンド・ザ・シティ」、ドラマ版「ウォッチメン」、「ゲーム・オブ・スローンズ」と、ハイクオリティドラマを連発し、2000年以降の「アメリカのドラマ全盛時代」をリードしてきた存在だ。現在、Netflixがオリジナルドラマ製作で差別化をしているが、もとを辿れば、その戦略はHBOが「プレミアム・ケーブルテレビ局」としてやってきたことの翻案とも言える。

3月30日にU-NEXTは発表会を開き、HBOとの包括提携を発表している
4月1日から配信している、HBO MaxオリジナルSF大作ドラマ「レイズド・バイ・ウルブス/神なき惑星」は、「エイリアン」「ブレードランナー」で知られる巨匠リドリー・スコットが製作総指揮・監督を担当

そんなワーナーメディアがなぜ日本でU-NEXTをパートナーとして選んだのか? 「先方になにをご評価いただいたのかは、推測するしかない部分があります」と堤社長は苦笑する。だが、想像することはできる。

筆者の予想では、2つの要因がある。

まず、シェアが拡大していることだ。

昨年8月に同社を取材した段階で、U-NEXTの国内シェアは「4位」と言われていた。だが、現時点では「3位」。これを意外と思う人はかなり多いようだ。上にいるのはNetflixとAmazon Prime Videoなので、日本勢としてはトップとなる。

国内SVOD市場において、U-NEXTはシェア3位に躍進した。写真は3月30日の発表会で公開された資料

そして、テレビ局などの系列でないこと。独立系なので、パートナーシップは組みやすい。これとシェアの急拡大が組み合わさると、パートナーとしては選びやすい条件が揃う。堤社長も、「そうした部分はあったのかもしれません」と認める。

どちらにしろ、ViacomCBSやワーナーメディアのようなところが、世界配信を前提に巨額の費用を投じて作る、いわゆる「プレミアムドラマ」には大きな価値があり、U-NEXTが顧客層を拡大するにはそこで“他社にないプレミアムドラマ”を求めていた、と言うことは間違いない。だからこそ、2020年以降戦略的にパートナー開拓に努めてきたわけだ。

一方、こういう言い方をすると意外に思えるかもしれないが、「海外製のプレミアムドラマは顧客獲得には直接つながらない」という人々もいる。

映像ファン、特にドラマや映画を好む層(筆者はそうだし、きっとこの記事を読んでいる本誌読者の皆さんにも多いだろう)は意外に思うかもしれないが、その傾向は映像配信以前から厳然としている。「日本市場において洋ドラにだけ頼っても数は伸びない」というのは、映像業界関係者には常識だ。

その点については堤社長も同意する。その上で、今の状況変化についてこうも分析している。

堤社長(以下敬称略):我々が求めていたのは、ある種のスケール感・ブランド感の弱さの補完、という部分があります。

視聴のボリュームで言えば、今も昔も日本の市場では、いわゆる洋ドラよりも、日本・韓国を含めたアジアのドラマが中心です。それに今は圧倒的にアニメが伸びてきている。

他方で、インフルエンスの高い方々、コンテンツに一定の価値観を持っている方々に洋ドラは支持されています。最初に日本でNetflixがバズった時にもそうした人々が起点になっていましたよね。量は確かに少ないかもしれないけれど、そうした人々の発信力も考えると、洋ドラ、中でもアメリカのドラマというのはそういう価値を持っているんです。

ここで堤社長は少し意外なことを口にした。

「ある意味、Netflixが成功の要因を発見した、と言えるかもしれません」と。

その真意は、今の映像配信を使う人々がどのような作品を見ているのか、という分析に繋がっている。

堤:日本の場合に人気が高いのは、アジアのドラマ・プレミアムドラマ、そしてアニメですね。

昔からアジアのドラマは強く、今では完全に大衆の支持を得ています。特に若い層のカルチャーはK-POPの影響が強く、韓国ドラマの人気も高まっています。日本のコンテンツもそこに影響を受け、さらに取り入れようとしている状況です。

アニメについては、視聴量の増加が変わらないというより、加速している。アニメがどんどん「マス化」している、と言ってもいいでしょう。「鬼滅の刃」のヒットも含め、アニメがマスの文化になってきた。「まったく見ない」という人がほとんどいない状況になってきています。

これらが2本柱になっているのに加えて、プレミアムドラマです。成功には3つの柱が必要で、そこに結局はアメリカのドラマも欠かせない……。それをNetflixが証明したような部分があるかと思うのです。

ですから我々も同様に、3本の柱を重視します。

別の言い方をすれば、「インフルエンスがマスまで届くようになった」ということでもありますね。規模が小さかった時代はもっとマスにヒットする作品群が必要だったけれど、マスに認知が広がった今は、インフルエンス力の高いプレミアムドラマの重要度がさらに高まっている、ということです。

Netflixは、最初からプレミアムドラマがあったけれど他が足りなかったので強化していった。我々は逆で、一番足りなかったのがスケール感のあるコンテンツ群。これからはそこを積極的にPRしていきます。

U-NEXT・200万加入の武器は「デジタルマーケティング」だった

ここで一つ疑問がある。大手との提携実現の裏にあったのがシェア拡大であるならば、その理由はなんなのだろうか? コロナ禍での需要拡大はどの事業者にも同じように影響する。その中でU-NEXTがシェアを増やせたことには理由があるはずだ。

といっても、彼らが他社以上の予算や規模でマス広告やキャンペーン展開を行なった様子はない。

ではポイントはなんなのか? 堤社長は「作品のラインナップが評価されたのでしょう」と話す。

と言っても、これも漠然としている。

確かに同社は、2021年1月の段階でレンタル作品2万・見放題作品21万を含む23万本を配信している、と発表している。これは見放題サービスとしては、36カ月連続で日本トップの数だったという。

U-NEXT、定額制配信サービスで「アニメ作品数No.1」に

ただ、「作品数がある」というのはどこもアピールすることで、単に揃えるだけではわかりづらい。どこも本数はたくさんあり、本数ではピンと来ないだろう。

そこで、同社が本数の増加に合わせ、力を入れていた領域がある。

それが「デジタルマーケティング」だ。

具体的にはどういうことか?

Googleを開き、なにか映画やドラマのタイトルで検索してみてほしい。右端に「どのサービスでその作品が見られるのか」が出てくるようになっているはずだ。ここにU-NEXTが出てくる比率は非常に多い。それはタイトルが実際に配信されているということに加え、内部データをちゃんと整備した上で提供している……ということでもある。

Googleで作品名を検索すると、このように「どのサービスで視聴できるのか」が表示される。ここには複数のサービスが表示されるが、U-NEXTが出てくる確率は確かに高い

また、ネット広告などを活用し、タイトルやアーティストの情報が検索されるとそこにU-NEXTの広告が出る……という施策も行なわれている。キーワードによる運用型のネット広告としては一般的なものだが、それを正しく運用するには、こちらも、社内でちゃんと「配信しているタイトルに関するデータベース」が整備されているからできることだ。

堤:戦術としてのデジタルマーケティングにはかなりのエネルギーを投下してやってきています。人々が視聴行動の中でナチュラルに「検索」という行動をとるなら、非常に広がりがあると考えたからなのですが。量を揃える場合、内部のオペレーションは非常に大変ですが、そこをいかに効率的にやるかが重要でした。

ではさらに言えば、なぜ「検索からU-NEXTへの連動」が重要だったのか? それが「タイトル数への評価」になり、ユーザー獲得につながるのか? そこもちゃんとした解説が必要だろうと思う。

堤:コロナ禍で自粛が広がったことと、「品揃え重視戦略」には関連性があります。自粛期間で可処分時間が増えたことにより、例えば「月に1、2本映画を見る」という人でも、「まだ時間がある、せっかくだから」と見る量が一気に増えました。そこに潤沢なラインナップの品揃えがマッチした、ということです。

さらにそこに、我々が「二番手戦略」をとっていた部分はあります。特に2020年の伸びは「セカンダリーチョイス」として広がってきた層があり、そこに手応えがあったのは事実です。

他社は「これが見たい」という動機行動で加入されていたわけですが、確かに我々にはキラーは少なかった。しかし、「あの作品はU-NEXTにあった」という作品との出会いに価値を感じる方には、我々の品揃えが刺さった、ということです。

要は、NetflixやAmazon Prime Videoを使って「あの作品がない」と思った人の受け皿として「2つ目以降のサービス」として支持されたことが伸びにつながり、それを実現するには品揃えが必要だった……ということだ。いきなり他社を抜いて1番になることを目指したわけでも、知名度の面でトップになることを目指したわけでもない。

堤:要は、1タイトルあたりに5人の支持であっても、それがたくさん集まれば何万・何十万という数になる、ということですよね。ある作品を見るきっかけになってくれるのであれば、それはメジャーなものでなくてもいいわけで。

そういう「テールマーケティング」を地道に丁寧にやって、拾っていく必要があったんです。

あと、こういうとなんなのですが……、U-NEXTを利用している方は、あまりサービスのことを積極に発信することがないようです。これは、口コミを使ったサービスのブランド認知力にはマイナスです。

だからこそ、テールマーケティングで根強く、隠れたファンを増やしていくことが重要でした。U-NEXTは利用料金も他社より高いので、一定の価格を払って、それでも使いたいというエンゲージメントの強いユーザーが多くなります。ですから200万人を超えるまでは、テールマーケティングを大切にじっくりとやってきたわけです。

ただし、ここからは違います。250万・300万ユーザーという数を目指すには、インフルエンスの力も必要になってきますから。

この解説を聞くと、冒頭で解説した「大手との提携」の意味がよりはっきりと見えてくる。200万・日本3位という数字に達したことから、シンプルに「2番目として選ばれる」戦略を抜け出す必要が出てきた、ということだ。映像配信自体の利用者も増えて定着した結果として、トップ事業者がやっている「3本柱型」に移行し、知名度そのものをあげ、トップ指名される比率を高めていく必要が出てきた……ということなのだろう。

オリジナルコンテンツ、特に「アニメ」はどうなるのか

業界を見渡すと、ライバルはひしめいている。

現状、「Disney+(ディズニープラス)」はジャンル特化型だが、秋に日本にもやってくると言われている「Star」が登場すると状況がまた変わる。「Star」は幅広いコンテンツを揃えたサービスであり、ディズニーの戦略が「一般型」に移行することになる。そうした時、全体の地図はまた入れ替わる可能性が高い。それを考えると、現状好調な事業者も先回りして戦略を立てておく必然性が出てくる。

では、U-NEXTはどうするのか? 1つの軸が「オンリーオン」戦略だ。他社とのアライアンスによる大型コンテンツの独占調達の他、自社による制作も含め、U-NEXTでしか見られない作品を増やしていく。

堤:弊社でも継続的にコンテンツの獲得・開発に力を入れていきます。すべてのコンテンツが1社に集まることは、クリエイターの気質上あり得ないでしょう。

普通に考えれば3社以上で分け合うことになりますが、「そこにはまだスペースがある」という前提で動きます。

特にアニメについては重要です。ただ、日本の場合には「IPの価値最大化」が重要で、配信でヒットすればいいという話ではない。権利者としては、作品・IPを一緒に盛り上げてくれるところを評価する傾向にあります。そこについて、弊社ももう少し努力が必要です。一定の実績が出て来れば、パートナーシップを組む上でプラスになるかと思います。

そういう意味で言えば、弊社では「電子書籍」を扱っているのが大きい。

日本でドラマ・アニメの原作は出版から生まれる傾向が強く、映像作品の製作委員会がIPのリクープにおけるトップにいるとは限りません。そのプロトコルの中で考えると、原作の電子書籍を連携販売できる、という点は価値を持ってきます。

映画やPPV、音楽などで新サービスを予定

コンテンツという意味では、コロナ禍で行きづらい場所になったところの価値が大きなものとなる、と言われてきた。すなわち「劇場」と「コンサート」を代替するものだ。劇場作品の配信移行も珍しいものではなくなり、オンライン配信も増えた。U-NEXTのような都度課金機能を持つ事業者には追い風にも思える。

だが、堤社長の見方は少し違う。「都度課金」の可能性は広がっているが、単純な「劇場代替」「コンサート代替」とは見ていない。

堤:我々の考え方は「劇場ファースト」。今後、単純に劇場より先に配信が来る「ウィンドウの前倒し」が広がるか、というところについては半信半疑です。現状では、劇場の後にトランザクション(単品課金配信)、そしてサブスクリプション……というという流れを一定数整えていくことになります。

音楽のライブ配信には、手応えを感じつつも課題を感じています。

確かに、ロケーション・フリーかつ課金、というビジネスモデルにはとても大きな可能性があります。課金チケットがいいのか、それともギフティングのような形がいいのか、業界全体が模索しているところです。

ただ明確なこととして、ライブと配信には「体験の濃さ」に圧倒的なギャップがあります。これをオンラインでどう実現できるか、検討しているところではあります。

しかしそもそもとして、日本にはこれで「ペイ・パー・ビュー(PPV)」の可能性が生まれた、と言えると思っています。

2月にチャリティーボクシングイベント「LEGEND」を開催しましたが、ここで手応えを感じました。アメリカではスポーツなどで有料イベントとしてのPPVが大きなビジネスになっていますよね。でも日本では、産業として育っていなかった。それがいよいよ成立する可能性がある。

プロボクシングWBAスーパー&IBF統一世界バンタム級王者・井上尚弥選手ら、新旧の世界王者たちが集結したチャリティーボクシングイベント「LEGEND」

音楽のライブは確かにかなり差が大きいですが、スポーツイベントなどなら生とのギャップもそこまで生まれない。新しい市場ができるのではないか、と期待しています。

音楽については、実は弊社でもサブスクリプション・サービスを提供する準備をしています。今の料金にある「ポイント」を音楽にも使っていただける……という形のものですね。

音楽の場合、どのサービスにも同じような作品が提供されますから、差別化が難しいところがあります。そこは「ポイント課金」という仕組みで差別化して行きたい。

スタートするとすれば今年から来年にかけて、なるべく早くやりたいとは思っています。ミュージックビデオやライブを含めた、「他にありそうだけどない」サービスにしようと考えています。

こうした新施策は、2021年後半から2022年に向けて出ていくことになるのだろう。その結果としてトップの海外事業社とはどう違ったサービスを構築できるのか。その点を楽しみに待ちたい。

西田宗千佳