Impact:虫めずる、女性起業家たち

Talash Hujibers’ firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein. Here, the young entrepreneur surveys crates upon crates of her dried-out maggots.
Talash Hujibers’ firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein. Here, the young entrepreneur surveys crates upon crates of her dried-out maggots.
Image: Eve Driver

Deep Dive: Impact Economy

気候テックの衝撃

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「ウジ虫の養殖場」と聞いて、不安を感じる人もいるのでは? アフリカ・ケニア育ちのある女性起業家は違いました。留学先の欧州で学ぶうちに、当地で昆虫のタンパク質を扱う企業が次々と設立されているのを見て、彼女はこの昆虫養殖に挑戦しようと決めたのです(英語版はこちら)。

Talash Hujibers' firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein.
Talash Hujibers’ firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein. Here, the young entrepreneur surveys crates upon crates of her dried-out maggots.
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タラシュ・フジバーズ(Talash Hujibers)は、ケニア・ナイロビ近郊の農場で育ちました。オランダでアグリビジネスを学んだのちに帰国した彼女は、故郷を悩ますハエの大群食品廃棄物と、資金集めの世界に真っ向から飛び込みました。

タラシュは現在25歳。いまでは64人の従業員を抱え、事業拡大を支援してくれる投資家を探しています。

食用昆虫の養殖」というアイデアそのものは数年前から注目されてきましたが、その実現可能性を証明するにはまだ時間がかかる分野だとされてきました。

彼女の会社InsectiProは、なにもそのアイデアを実現する最初の会社というわけではありません。ただ、規模の拡大と収益化を見込める数少ない会社のひとつになろうとしています。彼女たちが目指すのは、2021年末までに150万ドルの投資を回収すること。この目標を実現できれば、彼女はこの分野における稀有な成功者のひとりとなるでしょう。

Flying high

テックの落とし穴

バークレイズ証券によると昆虫食・昆虫タンパク質の分野は2030年までに世界で80億ドルの規模になるとされています。しかし、実際のところ、欧州をはじめとする主要企業は資金不足で、大規模生産にも苦労しています。

そんななかで発揮されるInsectiProの牽引力は、この業界の未来を示唆するものとなりえます。飼料用タンパク質の新たな供給源を渇望している東アフリカは、気候が適しているだけでなく、規制も緩和されています。つまり、世界でも類を見ないほど主導権を握る準備が整っているのです。

「ケニアの気候条件はもちろん、この国の『組織的な混乱』が、昆虫食の繁栄を可能にしています」とタラシュは言います。「とくに、廃棄物の管理。多少整理はされているものの、大量の廃棄物が行き場を失っています。だからこそ、InsectiProのような企業が持続可能かつ循環的な方法で、そのギャップを埋められるのです」

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タラシュは当初から昆虫食に目を付けていたわけではありません。そもそもは魚の養殖事業を考えていましたが、エサが高価だと知り、他の方法がないかアンテナを張ります。そこで彼女が目にしたのが「ブラックソルジャーフライ」(アメリカミズアブ、以下BSF)でした。BSFの幼虫は、ボイルしたのち乾燥させ、魚介の養殖のほか家畜のエサとして使用されてきました。「なんてフシギ!」。BSFに出合ったタラシュはそう思ったそうです。

たしかに、「BSFモデル」は、ある意味で現実離れした素晴らしいものだといえるでしょう。まず、地元の食料品店やレストランから出る生ゴミを食べるハエが飼料になること。その飼料は、魚粉や大豆など従来の飼料に比べて安価で健康的であること。ウジ虫の排泄物は、肥料として販売されてもいます。そして、有機廃棄物を捨てるための埋立地は不要になり、小規模農家は家畜に必要な栄養を維持しながらコストも削減できます。

また、BSFは飼育に要する水や耕作地が少ないのも特徴です。飼料として上に挙げた魚粉は、乱獲により高価でサステナビリティの観点からすると難あり。大豆は森林破壊や土地の奪い合いにつながります世界の食糧需要が2050年までに70%増加すると予測されているなか、とくに東アフリカではタンパク質不足と食糧危機が危惧されています。社会としてBSFを導入するのは、至極当然のことのように思えます。

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しかし、現実はそれほど単純ではありません。人間からすると、ハエは望みもしない場所で殖えて生き延びる厄介な存在ですが、大規模に飼育しようとすると実に困難なのです。

この業界におけるパイオニア企業AgriProteinは、いまから10年前、南アフリカで事業を開始しました。同社は研究開発に1億3,500万ドル以上を投じ、規模拡大のための方策を模索。2017年には建設コングロマリットChristof Industriesと提携して世界各地に100の新工場を建設するという大規模な計画を発表しました。しかし、4年後のいま、ケープタウンにある旗艦施設の売却が進められています。英国における同社事業は破産手続きのプロセスにあることを、CEOのジェイソン・ドリューも認めています。

ドリューは、ケープタウンの研究開発・生産テスト施設を「大規模工場を開発するうえで非常に貴重な存在だった」と説明していますが、同時に「われわれグループにとってその有用性を終えた」と述べています。カリフォルニアとオランダの新たな2つの拠点は、完成こそしているものの、スケジュールは遅れに遅れ、残りの98拠点は着手すらされていません

AgriProtein設立メンバーのひとり、コーバス・コッツ(Cobus Kotze)は、約10年間にわたってドリューと密接に仕事をしてきた人物です。現在、彼はケープタウンの近くで小規模なBSF事業を展開しています。

コッツの見立てによると、いまのアフリカの状況に適しているのは、小規模かつ低技術のアプローチ。アフリカでは飼料が低価格で流通しているため、ハエの育成環境をコントロールしたり、ハエが食べる廃棄物を浄化したりしようと高度なテクノロジーに多額の投資をしても、結局のところ必要とされるのは大規模生産にすぎません。また、廃棄物を安定的に確保する難しさも付きまといます。

「この分野では、高技術、高機能が常に問題を解決してくれると考えるのは非常に危険です。そこにはバランスがあります。生産する市場の価格帯に合った適切な技術を見つけなければなりません」。コッツは、そう語ります。

A kind climate

風土が味方する

欧州の大手プレイヤーとして名前が挙がるのは、AgriProteinのほか、Ynsect(フランス)やEntocyle(英国)などでしょう。彼ら大手企業は、ハエのために最適な環境を整えるために何億ドルもの資金を調達し、費やしています。一方、ケニアのベンチャー企業には、ハエを自然環境下で育てられるという利点があります。

大手が莫大な費用をかけて最適な環境を整える一方で、InsectiProはヒートガンやスプリンクラーをうまく使い、空調管理された部屋もわずか。そこで実現できるコスト削減は、(たとえ生産効率が多少悪くなったとしても)十分な価値があると、タラシュは言います。

InsectiPro に先行するBSFのパイオニアとしては、まず、Ecoduduがフランクフルトのインパクト投資ファンドGreentec Capital Partners社から資金提供を受けています。国内最大のティラピア養殖企業Victory Farmsも2020年5月にBSFの試験運用を開始し、魚のエサのコスト削減を試みています。

InsectiProにとっての追い風といえば、ケニアの国際昆虫生理学・生態学センターICIPE)の大きな推進力も挙げられるでしょう。1970年に設立されたICIPEはナイロビの郊外12キロの場所に拠点を置き、ロックフェラー財団と協力してトレーニングや幼虫の配布などを実施、BSFの啓蒙活動を進めています。タラシュをはじめ、The BUG Pictureのファウンダーのローラ・スタンフォード(Laura Stanford)など、地元のBSF起業家の多くがここでスタートを切っています。

Talash Hujibers' firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein.
Talash Hujibers’ firm InsectiPro is one of a few hoping to position East Africa as a successful hub for insect protein.
Image: Eve Driver

タラシュとローラは、かつてICIPEで温室施設を共有していました。「一緒に実験をして、お互いの失敗から学ぶことで、孤独を感じなくなりました。それに、男性が多いビジネスの世界で、女性の存在はクールでした」。そう、ローラは言います。

つまり、BSFは女性の起業家精神を育むユニークな触媒でもあるのです。INCIPEのトレーニングプログラムを率いる昆虫学者のクリサンタス・タンガによると、過去3年間にトレーニングを受けた農業従事者1万1,600人のうち、実に40%を女性が占めています。ケニアでは土地・資本の所有権が男性に偏っていますが、BSFはそうした資本力がさほど必要でないため、女性にとってより身近なものとなっているのです。

現在、InsectiProは1日に約2〜3トンの飼料を生産しています。しかし、それでも需要には追いついていません。一方、MIT(マサチューセッツ工科大学)でトレーニングを受けた競合のSanergyは、5月末までに月産50トンの生産を見込んでいます。同時期までにInsectiProが目指すのは、月産150トンの生産です。

Sanergyのアプローチは一風変わっていて、生ゴミではなくヒトの糞便を使おうとしています。同社は、都市のスラム街に低コストのトイレを建設し、その排泄物を肥料にすることで都市の衛生問題に取り組んできましたが、数年前、BSFの養殖の可能性に気づきました。

Sanergy は、Echoing GreenやAshoka、Gates Foundation、Novastar、フィンランド政府、オランダ政府などのインパクト投資家から資金を獲得。最近ではより商業志向の強いAxaCornerstoneからも資金を得ています。

The future of fly feed

アフリカの可能性

これからのBSF産業を考えるにあたり、ケニアの起業家たちは同じ東アフリカのルワンダに注目しています。ルワンダは、ケニアと同様に温暖な気候で規制も緩和されているうえに、廃棄物の回収システムが整備されており、飼料もより高値で取り引きされているからです。The BUG Pictureのローラも最近、ルワンダに移転することを選択しました。

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ローラもInsectiProのタラシュも、この業界に拡がっているチャンスを、自分たちだけのものにしようとは思っていません。「必要なのは、より多くの人がBSFに参加することです」と強調するローラ。彼女は、「有機廃棄物を利用しているだけで、世界中のどこでも展開できます。動物飼料の需要も高く、誰でもできるビジネスなのです」と言います。

INCIPEの昆虫学者、クリサンタス・タンガが目指すのは、「BSF協会」の設立です。農家が互いに学び合い、この分野への参入を容易にすることを目指しているのです。彼の調査によると、需要は現在生産されている量をはるかに超えており、ケニアの農家の80%以上が魚粉や大豆からBSF飼料に切り替えたいと考えているといいます。

先に触れた通り、AgriProteinのケープタウン工場が売却され、欧州のビッグプレイヤーはアフリカ大陸から撤退することになりました。だからこそ、そこには東アフリカの小規模かつ機敏な企業が注目を集めうる未来が拡がっています。

「この業界に入って辞めてしまった人を、わたしは知りません。この業界に惚れ込んでしまうのだと思います」と、ローラは語っています。


Column: What to watch for

好調オイルカンパニー

Oil companies’ long-term green transition relies on short-term profits
Oil companies’ long-term green transition relies on short-term profits
Image: REUTERS/Yves Herman/File Photo

4月最終週は、石油・ガス企業にとって素晴らしい週となりました。パンデミックによって過去最大の急落をみせた世界の石油需要と価格が、黒字に転換したのです。BPシェルトタルエクソンシェブロン各社の2021年第1四半期の業績は、大幅な増益となりました。米国政府のアナリストは、2022年までに石油需要がパンデミック前の水準に達すると強気の見方をしており、それに伴い、温室効果ガスの排出量も増加していくことが見込まれています。

近年、石油・ガスメジャーはクリーンエネルギーへの移行を比較的迅速に進めているといっていいでしょう。そして、この黒字決算は、その移行を推進するための資金となる可能性もあります。いまのところ、クリーンエネルギーは収益にほとんど貢献していません。例えば、クリーンエネルギーに早くから取り組んでいると言われているトタルの第1四半期の決算報告でも、再生可能エネルギー事業の収益は、73億ドルの収益のうち1億4,800万ドルに過ぎないと報告されています。4月29日に開催されたトタルの決算説明において、最高財務責任者(CFO)は、年間設備投資額の4分の1に相当する120〜130億ドルを再生可能エネルギーに費やすことを目指していると述べています。

(翻訳・編集:年吉聡太)


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