マシュー・ゴールト

ふう変わりなテクノロジー、核戦争、ゲームをテーマに扱う記者。「ロイター」と「ヴァイス」、そして『ニューヨーク・タイムズ』に寄稿。

ヴァーチャルリアリティ(VR)の未来はただのヴィデオゲームの枠にとどまらない。シリコンヴァレーはヴァーチャルな世界の創造を、現実の政治問題に対して自由市場が提案する究極の解決策と見なしている。富の不均衡、環境破壊、政治的不安定が拡がる世界で、人々を痛みや苦しみのないヴァーチャルな世界に連れて去ってくれるデヴァイスをみんなに売らない理由があるだろうか?

テクノロジー業界の億万長者たちも、この考えを拡めることに熱心だ。「これを間違って解釈して、誤った反応をする人もいます。VRはあなたが望む世界をつくると約束しますが、現実の世界ではすべての人の望みを叶えることはできません。誰もが実業家のリチャード・ブランソンのように自分の島をもてるわけではないのです」。コンピューターゲーム『DOOM』を共同開発し、オキュラスで最高技術責任者(CTO)を務めていたこともあるジョン・カーマックがポッドキャストのパーソナリティ、ジョー・ローガンに2020年のインタヴューで語っている。

「人々は経済の話に否定的な反応を示しますが、基本的にはリソースの分配の話なのです。物をどういったところに配分するかを決めなければなりません。経済的な見地からは、ヴァーチャルな感覚を用いることで、より多くの人により多くの価値を届けることができます」

VRは現実からの逃避先としては魅力的だが、世界の病を治す手段ではない。エピックゲームズ、ヴァルヴ(Valve)、フェイスブックなどがつくるメタヴァースの外側では、現実世界の問題が存在し続ける。断固とした態度で根本的な対策を行なわなければ、この惑星は燃え続け、貧富の差はさらに拡がり、全体主義的な政治運動がますますはびこっていくだろう。そんななか、ヴァーチャルな世界に身を置きっぱなしの人々もいるのだ。

さらに悪いことにヴァーチャルな世界は、それをつくった会社によって所有され支配されるだろう。未来の様子を知りたいのなら、人々がフェイスブックのロゴが付いたVRゴーグルを──永遠に──やせ細った顔に装着している姿を想像すればいい。

VRはなぜ自由市場における敗者だったのか

シリコンヴァレーの命運をつかさどる自由市場の原則からすれば、VRは敗者だと言える。2020年12月のハードウェア調査によると、ゲームアプリの世界最大級のオンラインプラットフォーム「Steam」のユーザーでVRヘッドセットをもっているのは1.7%に過ぎない。その一方では、パンデミックが始まってからヘッドセットの売上げは伸びていて、2020年は2019年に比べておよそ30%増だった。ヴィデオゲームそのものがよく売れている。

ヴァルヴはロックダウンが始まったばかりの2020年の3月に、13年ぶりの「Half-Life」シリーズの新作として「Half-Life: Alyx(ハーフライフ・アリックス)」をリリースした。ファンが10年以上心待ちにしていた続編が出たのだ。このゲームはVRタイトルにしてはよく売れて、販売数は200万本を超えたが、ベストセラー作品の信じがたい販売数に比べれば微々たるものなので、主要メディアからはすぐに忘れ去られた。VRに興味がなければ、2020年にHalf-Lifeの話をすることはなかっただろう。

その理由は明らかだ。まず、VRは高くつく。ハイエンドな部類に入るヴァルヴの高級ヘッドセット「Valve Index」は1,000ドル(日本での販売価格は6万9,080円)。これに対してローエンドのフェイスブックグループの「Oculus Quest 2」でも299ドル(同3万7,100円〜)だ。「Half-Life: Alyx」をプレイしたければ、そのようなヘッドセットをハイエンドのゲーミングPCに接続しなければならない。そのようなPCの値段はピンからキリまであるが、VRを処理できる性能をもつマシンは1,000ドル(11万円)前後はするだろう。

PCを組んでヘッドセットを接続したら、今度は体を動かすためのスペースを確保する必要がある。ほとんどのゲームが最低でも約2m×約1.5mの空間を要求する。もちろん、広ければ広いほどいい。

つまり、適切なVR環境を整えるにはかなりのお金と広い空間が欠かせないのだが、頭痛の種はそれだけではない。近ごろ、わたしはコンピューターゲームが盛んになり始めたころのことをよく思い出す。ほとんどの場合で、ゲーム自体は楽しめたのだが、最適な体験を得るために延々と設定をいじったり、コントロールを調節したり、ハードウェアを組み直したりしなければならなかった。

VRを厳しい現実の逃避先にしようとする試み

現金と場所と時間があっても、必ずしもVRゲームを楽しめるわけではない。VRの世界で吐き気や目まいを覚える人もいる。時に、ハードウェアを調節したり、VRの世界に徐々になじんでいったりすることで、そのような不快感がなくなることもある。「VR legs」と呼ばれる状態になって順応する人がいる一方で、いくら時間をかけてもそうならない人もいる。

「VR酔い」以外にも、この技術は身体に障害のある人にはまったくと言っていいほど使えないという弱点もある。業界は2020年に幅広い人々がゲームを楽しめるように大きく前進したが、VRは大きなヘッドセットや奇妙なコントローラーが必要なため、いまも一部の人にはまったく使えない。