2021/5/18

【山口周】自分の得意分野はたいてい「思い込み」にすぎない

NewsPicks Brand Design Editor
 突然だが、就職活動で「盛った」自己PRをした経験はないだろうか。程度の差はあれ、多くの人が「ある」と思う。
 しかし、『天職は寝て待て 新しい転職・就活・キャリア論』の著者である山口周氏は、「自分にとっても企業にとっても不幸な結果を生む」と警鐘を鳴らす。
 では、どうすれば最適な就職・採用のマッチングが実現するのか。「盛らない」自己PRで企業に選ばれる方法とは。
 就活生一人ひとりの「ルーツ(=根源)」から最適なフィッティングを実現する、新卒向けダイレクトリクルーティングサービス「iroots」のエバンジェリスト 小笠原寛氏との対談を通して、そのヒントをつかむ。

「6000字のプロフィール」から就活生の何がわかるか

山口 ここ20年ほどで、人材の企業への定着率は極端に下がっています。それなりのブランドがある企業ですら、1、2年で辞める新卒採用者が大勢いる。
 企業も学生も相当なコストをかけて就活や採用に臨んでいることを考えれば、本当にフィットするかどうかをきちんと入社前に見極めるべきでしょう。
 「見極め」のキーとなるのが、お互いの「正確性の高い情報」。これをどれだけ手に入れられるかが、見極めの精度を左右します。
小笠原 私たちirootsは、まさにその「正確性の高い情報」に着目したダイレクトリクルーティングサービスです。
 事業のスタートは「内定をもらうために、学生が手当り次第に企業を受けまくるのはおかしい。 
 企業が就活生のことをもっと理解できれば、ヘッドハントのような新卒採用も可能なはずだ」という発想から。
 そこで重視したのが、就活生一人ひとりに根付いた性格、人となりです。これを私たちは「ルーツ(=根源)」と呼んでいます。
 このルーツを可視化するため、irootsでは幼少の頃からのエピソードをいいことも悪いことも、可能な限り時系列で書き出してもらいます。
 そのために、通常の企業のエントリーシート(ES)よりもはるかに多い、最大6000字という文字数を設定しているんです。
 このプロフィールを元に、企業は自社にマッチしそうな学生にスカウトを送ることができます。
山口 ESにありがちな一定の型に落とし込むのでなく、ありのままの自分をさらけだすということですね。
 画一的な就職・採用活動が低い人材定着率の原因だとすれば、その考え方は非常にユニークだと思います。なぜ「ルーツ」に着目したのでしょうか。
小笠原 irootsに携わる前、私は就活のキャリアアドバイザーとして、年間1000人くらいの学生と話をしていました。
 その頃から、本人のルーツを聞き出すことは重視していて、時には3時間くらい話を聞くことも。
ただ「小さい頃からのあなたのことを教えて」と言っても、なかなか思い出してくれません。
「じゃあ大学時代から時系列でさかのぼろう」と言うと、「こういうことがあった」「ああいうことがあった」と、記憶が整理されて少しずつ出てくるんですね。
 そして、話が終わるとみんな「なんとなく自分のことがつかめた気がする」と、ほっとした顔で帰っていくんですよ。irootsのサービス口コミでも同じような意見をよく目にします。
 もちろん、それで急に就活がうまくいくわけではないのですが、ルーツを書き出すことで、自分の正直な気持ちが棚卸しできる
 それが結果的には「本当にやりたいこと」や「のびのびと力を発揮できる職場(環境)」を知ることにつながるのではないかと。
山口 なるほど。経験から来た発想なんですね。しかし、「就活はどれだけ好印象を与えられるかが勝負」という風潮がいまだに根強いです。
 学生からすると、ネガティブなことも書くのはハードルが高いんじゃないですか。
小笠原 そうですね。大切なのはキラキラした経歴を書くことではなく、正直であること。
 これでいいんだとわかってもらうために、参考としてiroots運営メンバーの生々しい実体験を書いています。私自身の経験も例文にしました。
「横浜で生まれて、小さい頃は体が弱くて、小学校からずっといじめられて、高校では成績が250人中247位になっちゃって......」といった具合です。
小笠原氏の経歴の例文。幼少の頃の記憶から学生時代に経験したいじめの話まで、実体験が詳細に記載されている。
 例文が例文なので、いじめられた経験を素直に書いてくれる学生もいて「irootsの学生っていじめ経験を隠さない人が多いね」と企業人事の方から言われたこともあります。
山口 なるほど。それだけ素直に書いてくれるということは、学生の側もそうすることのメリットを感じているんですね。

自分は本当に「クリエイティブな人間」か

山口 誤解を恐れずに言うと、特に若いうちに感じる「自分は〇〇が好き」「自分は〇〇が得意」という感覚はたいてい間違っています。
 自分自身の過去を振り返っても、相当な勘違いをしていました。
昔から音楽や美術をやっていたこともあり、僕は自分をクリエイティブな人間だと思って、電通に入社しました。
 でも、CMのアイデアを出しても、ことごとく採用されず、配属されたのはクリエティティブ職ではなくて営業職。
 当時の僕は「見る目がない大人たちだ」と思っていましたが、振り返ると、わかっていないのは僕のほうだった。
 当時は圧倒的に「自分自身に関する情報」が足りていなかったんですよ。
 でも、もしirootsのようなサービスがあって、自分を客観視する機会があれば、その勘違いに早く気付けたのかもな、と思います。
小笠原 「俺はもっとできるはずだ」とモヤモヤ考えているより、事実が可視化されますからね。
山口 多くの人が誤解していますが、何かを「理解する」って、ウンウンうなりながら考える作業ではないんですよ。
 何かしら手を動かさない限り、完全に「理解する」ことはできません
 数学を解くのが得意な子ほど、問題を与えられたらすぐに手を動かしはじめます。
 それと同じで、irootsは「書く」という行為があるからこそ、自分の本音や等身大の姿を引きずり出せるのでしょう。
小笠原 すぐに「書き直せる」のも文章の利点ですよね。翌朝読んで「俺こんなんじゃないな。全然違う」と思えば、納得いくまで手直しできる。
 irootsは2011年から運営していますが、この2、3年で、企業人事の方からもお褒めいただく機会が増えてきました。
 事前に候補者の人となりが理解できるので、会いたい学生にピンポイントで会える、面接でも深い内容が聞ける。
 結果的に、自社にフィットする人材が採用できましたと、多くの採用担当者からフィードバックをいただいています。
「本音」の持つ力が伝わったんだ、とサービスに携わる身としてうれしく思いますね。
 それから、irootsは新人育成のヒントになる、と私が尊敬している人事の方から言われたこともあります。
 採用した社員が頑張りすぎて体調を崩してしまい、irootsを見返してみたら、「頑張りすぎて、周囲から心配される」と書いてあったことに気づいた、と。
 それ以来、「irootsに書いてあったのだから、もっと気にかけてあげれば良かった」と反省し、入社前だけでなく入社後も、新入社員のプロフィールを定期的に読み返していらっしゃるそうです。
 本音で書かれた6000字のプロフィールは、入社後も活用できるさまざまなヒントの宝庫なんです。

実力を「着飾った」状態が続くのはつらい

山口 irootsとは真逆に、ソーシャルメディアは「こんなにいい生活をしているよ」「こんなすごい人と仕事したよ」と、自分を着飾る方向に圧力をかけているように感じます。
「ささいな嘘から始まって、どんどん大ごとになっていく。すごく辛いんだけど、嘘がバレないようにごまかし続けなきゃいけない」。
 そんなドラマや映画と同じで、職場で能力があるように見せるとか、頭の回転が速いように見せるってすごく虚しいし苦しい。
 いまの世相だからこそ、「本音」の価値はより一層高まっていると思います。
iStock:west
小笠原 実は、irootsを最初に企画したのは私ではありません。2011年に複数の学生が自ら企画・開発した、等身大の自分を尊重する「本音のプラットフォーム」なのです。
 それを、私たちエン・ジャパンが引き継ぎ、サービス開始時と同じ「学生ファースト」の理念のもと運営をしています。
 だから「ほかのESとは違います。本音を書いた学生を尊重してください」と、企業のみなさんにも徹底してお願いし続けているんです。
 加えて、「学生が本音を書くからには、企業もネガティブなことも含めて公開してください」と伝えていますし、採用担当者にも自分のルーツを書いてもらっています。
 弊社ではHMP(Honest Mutual Preview)という独自の採用理論を構築していますが、この肝は、学生と企業の双方が「事実性」「率直性」「改善性」を事前に開示すること。
「事実性」とは、学生や企業が開示する情報が、ありのままにもとづいているかどうか。企業であれば、口コミサイト等で寄せられた第三者からの評判の公開も重要です。
「率直性」は、開示された事実や他者からの評判に対し、自身・自社の意志を率直に伝えること。
 そして「改善性」は、自身の弱み・自社の課題を真摯に受け止め、改善策を提示できるかを指します。
 irootsと企業口コミサービス「en Lighthouse(旧:カイシャの評判)」を連携させているのも、それらを担保するためです。
山口 それは企業にとっても、いいことですね。
 ロバート・キーガンの『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』という本で、「自分はすごい」という虚像を作り上げるのと、素の自分を認められて場所を与えられるのとでは、精神的な健康度合いは全然違うという話があります。
 僕が電通のあとに勤めたボストン・コンサルティンググループ(BCG)では、マネジャーから「自分のパフォーマンスは一切心配しないでいい。考えたことを全力で出してくれたら、ちゃんと評価する」と言われました。
「自分の評価が気になりはじめると、絶対に万全の仕事ができないぞ」と。
 心配することは脳のエネルギーを奪います
 BCGはただでさえめちゃくちゃ考え続けてアウトプットを出すことを求められるので、心配しはじめた途端に、明らかにパフォーマンスが落ちていくんですよ。
小笠原 素の自分と求められている像とにギャップがあるのは、本当に苦しい。
 だからこそ、事前に自分の強みや弱みをさらけ出せる場があると、お互い気が楽になりますよね。
 ある学生は、irootsを使うまで、面接で自分の考えていることを100%の熱量で話すと、人事から「よくわからない」と言われてしまうことが多かったそうです。沈着冷静なタイプだったので、余計ギャップがあったのでしょう。
 ですが、irootsで事前に人となりが共有されている状態で面接に臨んだところ、とても話がはずんだ、と言っていました。
 「弱み」のさらけ出しもそうですが、「落ち着いて見えるが、実はパワフル」といった「強み」も、きちんと相手に伝えられる環境が必要だな、と思います。

企業も学生も「弱み」をさらけ出そう

山口 弱みは、往々にして強みと表裏一体になっています。
 一般的な文脈で見るとネガティブなことであっても、その裏には、その人のポジティブな側面が隠れている。
ブランディングの考え方にも通じますが、たとえば「古くさい」なら、「味がある」とも言えます。
 「普通から外れる」ことをネガティブに捉える若い人はとても多い。
 1980年代から「個性を育てよう」と教育改革が行われていますが、あまりうまくいっていません。僕はその一因が「新卒採用の画一化」にあると考えています。
 新卒一括採用では、人を見て採用することに限界があるので、学校名で判断する。だから親は偏差値を重視する。それを外れれば、学校では「普通じゃない」とみなされる。
 でも、一定の枠にはめられれば、全力の表現はできないし、思考も制限されてしまいます。
小笠原 irootsのユーザーからも、「ストリートダンスをしている」「ラップをやっている」「ゲームの大会で優勝した」といった経歴を「書かないほうがいいですか」と聞かれることがよくあります。
irootsは「第一回全日本大学ストリートダンス選手権」に特別審査員として参加し、ありのままを表現しているダンスチームにiroots賞を贈呈した。(写真提供元: 全日本大学ストリートダンス連盟)
 企業から心証がよくないかも、と心配しているようですが、「いやいや、それ求めてる企業は必ずあるから! せっかくあなたがパワーを使ってやってきたことを、隠してはもったいないです」と伝えるようにしています。
山口 そうですね。「そこがいい。ぜひうちに来てほしい」と全人格的に認められたら、のびのびやれます。
 潜在的な能力が同じでも、ビクビクしているか、のびのびしているかで、成長カーブは全然違うはずですから。
 いまは、テクノロジーの発達によって、人に求められる役割そのものが変わってきていますし、企業の中で求められる価値の出し方も多様化しています。
 その前提に立ち返って、学生と企業が「本音」で話し合い、お互いをさらけ出すことができれば、より理想のフィッティングが生まれるでしょう。