【解説】 なぜインドの感染危機は世界全体の問題なのか

レベッカ・モレル国際科学担当編集委員、BBCニュース

Couple on street

画像提供, Reuters

インドの新型コロナウイルス感染拡大の惨状が、世界に衝撃を与えている。だが、危機はインドだけの話ではない。

「新型ウイルスは国境や国籍、年齢、性別、信仰をまったく配慮しない」と、世界保健機関(WHO)の主任科学者ソミヤ・スワミナサン博士は言う。

「いまインドで起きていることは、残念ながら、他の国々でも起きている」

新型ウイルスのパンデミックは、世界各国がいかに絡み合っているかを知らしめた。1つの国で感染が急拡大すれば、他の国にも広がる可能性が高い。

渡航制限や複数の検査、隔離を実施しても、他国への感染拡大は抑え込めない。感染者が多い国からやって来る人は、一緒に新型ウイルスも連れて来る可能性が高い。インド・ニューデリーから香港に向かった最近のフライトでは、乗客50人ほどが新型ウイルス検査で陽性と判定された。

動画説明, 感染第2波への「準備できていなかった」 インドで大勢が治療受けられず

インドの感染拡大では、気がかりなことが他にもある。変異株だ。

「B.1.617」という名の新たな変異株がインドで発生している。ウイルスのスパイクタンパク質で2つの主要な変異が起きていることから「二重変異株」とも呼ばれている。わずかに感染力が強く、抗体の防御力が効きにくいとする研究結果が出ており、科学者らは免疫力がどれだけ失われるかを調べている。

「これがワクチンで止められない変異だとする証拠はないと思う」と、英ウェルカム・サンガー研究所のCOVID-19遺伝子プロジェクトでディレクターを務めるジェフ・バレット博士は、BBCに話した。

「もちろん注意は必要だが、パニックに陥る理由は、今はない」

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ただ、感染者が多いほど、新たな変異株が出現する可能性は高い。ウイルスは誰かに感染するたびに、進化のチャンスを得るからだ。いま、ワクチンが効かない変異が起きるのではないかと懸念されている。

「変異株の発生を抑えるには、私たちの間でウイルスを複製させないことだ(中略)変異株を制御する最善の方法は、現在の世界の感染者数を制御することだ」と、COVID-19ゲノミクスUK(COG-UK)のシャロン・ピーコック教授は説明する。

それを実現するには、ロックダウンと社会的距離の確保が有効だ。ただ、ワクチン接種も欠かせない。

インドではそれがスローペースで実施されている。1回目のワクチン接種を済ませたのは国民の10%に満たず、2回とも終えた人は2%にも届かない。

インドには世界最大のワクチン製造所であるセラム研究所があるにもかかわらず、これが現状だ。そしてその影響は、世界全体に波及している。

ワクチン輸出停止の影響

インドで感染が再び急拡大し始めた3月、当局はイギリスのオックスフォード大学とアストラゼネカが開発したワクチンの輸出をストップした。

これにより、国連の支援を受けたワクチン公平分配プログラムCOVAXによる、中低所得国へのワクチン供給も滞った。COVAXに関わっている「ワクチンと予防接種のための世界同盟(GAVI)」は26日、インドの供給再開を待っていると話した。

影響は多くの国のワクチン接種に及ぶ。インドは国内におけるワクチン製造のペースを速め、ワクチンを国民のために優先的に使おうとしている。

科学者らは、インドの切迫した状況を考えると、優先策は妥当だとしている。

「ワクチン接種を早急に強化しなければ、新型ウイルスはあらゆる手段で人から人への感染を拡大しようとする」とWHOのスワミネイサン博士は言う。

世界的にパンデミックは、勢いを弱める気配がない。新型ウイルスはいろんな国に次々と大打撃を与えている。

インドの状況は、誰もが安全になるまで誰も安全ではないという、厳しい事実を改めて思い起こさせている。