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インド由来の変異株について分かっていることは?二重変異ってどういう意味?

忽那賢志感染症専門医
ECDC infographic

先日、インド由来とされる変異株による新型コロナの事例が国内で5例見つかったことが報告されました。

現在インドは世界で最も新規感染者が多い国ですが、このインド由来の変異株はどれくらいの脅威なのでしょうか?

B.1.617の世界での検出状況は?

インド由来の変異株B.1.617の検出されている国(GISAIDより)
インド由来の変異株B.1.617の検出されている国(GISAIDより)

インド由来の変異株はB.1.617と呼ばれています。

B.1.617の情報はグローバルデータベース(GISAID)には、2020年10月に初めてインドから登録されています。

インド以外の国からは、イギリス、アメリカが最も多くこのB.1.617のゲノム情報を登録しています。

イギリスでは2021年2月22日に、アメリカでは2021年2月23日に初めて検出されています。

B.1.617は、2021年4月25日時点で19カ国からGISAIDに登録されています。

「二重変異」とはどういうこと?

B.1.617には、アミノ酸に変化をもたらす13の変異があります。

B.1.617は報道では"二重変異株"と呼ばれています。

これは、スパイク蛋白のE484QとL452Rという2つの変異を指すものですが、なぜ二重変異と呼ばれているのでしょうか。

「E484Q」はスパイク蛋白の484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からQ(グルタミン)に置き換わったことを指す変異です。

これまでに知られていたスパイク蛋白484番目の変異は「E484K」という「免疫逃避」と呼ばれるものでした。

「E484K」は南アフリカ由来の変異株501Y.V2、ブラジル由来の変異株P.1などが持つ変異であり、新型コロナワクチンの有効性の低下、再感染のリスク増加が懸念されています。

一方、このB.1.617の持つ「E484Q」に関しては、免疫逃避に関与しているかどうかのエビデンスは限られています。

実験室レベルでは、新型コロナに感染した人が持つ中和抗体による中和活性が低下したことが報告されています。

もう一つの「L452R」という変異は、カリフォルニア変異株と呼ばれるB.1.429(またはCAL.20C)という変異株などが持つ変異です。

この変異は、新型コロナに感染した人が持つ中和抗体の中和活性低下や、実験室でのいくつかのモノクローナル抗体によるウイルスの中和が弱くなることと関連しているとされており、ワクチンの効果低下が懸念されています。

また、この「L452R変異」が感染性の増加と関連しているとする報告もあります。

つまり、この主要な変異が2つあるため「二重変異」という言葉が使われているようです(ただし、これは正しい医学用語ではなく、使用を避けた方が良いという専門家もいます)。

インドでの大流行はこの変異株によるものなのか?

インドでの1日当たりの新規新型コロナ患者数の推移(Worldometerより)
インドでの1日当たりの新規新型コロナ患者数の推移(Worldometerより)

インドでは現在、新型コロナの患者が急増しており、1日当たり30万人以上の感染者が報告されています。

この理由としては、インドの人々の行動様式(大規模な集会、手洗い、マスクの着用、ソーシャル・ディスタンスなど)も影響しているでしょうし、変異株の影響もあるのかもしれません。

以下はインドのHindustan Timesによる、インド国内の変異株の割合の推移に関する記事です。

このように、インドでは2021年4月時点で8割以上がこのB.1.617に置き換わっています(ただし、この8割という数字は、ゲノム解析が行われた新型コロナウイルスのうちの8割ということであり、実際にインドでの感染者のすべてのゲノム解析が行われているわけではありませんので、実際の割合とは少し異なる可能性があります)。

現時点で日本でどの程度インド由来の変異株を警戒すべきか?

日本ではすでにイギリス由来の変異株(B.1.1.7またはVOC 202012/01)が関西を中心に広がっています。

現時点では、国内ではインド由来の変異株は5例見つかっているということですが、今後国内ではこのインド由来の変異株B.1.617はどの程度警戒すべきでしょうか?

現在、世界で拡大している変異株の中には、特に注意すべきものとしてVOC(variant of concern:懸念される変異株)やVOI(variants of interest:注意すべき変異株)などがあります。

VOCにはイギリス由来、南アフリカ由来、ブラジル由来の変異株が指定されています。

VOIには先日フィリピンからの入国者から見つかった変異株や、前述のカリフォルニア株などが指定されています。

このインド由来の変異株B.1.617が今後VOCやVOIに指定されるかどうかについては、

・感染性の増加の有無

・重症度の増加の有無

・再感染リスクの増加やワクチン有効性低下の可能性

などについての情報が集積されるのをもう少し待たなければなりません。

ただし、警戒が必要な変異株である可能性は高いことから、他の変異株と同様に、

・変異株の症例の早期検出と、厳格な隔離、接触者調査

・海外からの帰国者の検査体制の強化(全症例で遺伝子配列解析が実施されています)

・外国人の入国規制強化(現在政府は2020年12月28日から外国人の新規入国を中止しています)

などが必要と考えられます。

また、私たち一人ひとりができることは、変異株だからといって変わりません。

・できる限り外出を控える

・屋内ではマスクを装着する

・3密を避ける

・こまめに手洗いをする

といった基本的な感染対策を個人個人がより一層遵守するようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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