九州電力と宮崎県延岡市の対立が泥沼化している。新電力設立の構想をぶち上げた延岡市長が、九電は違法な手法で新電力潰しに動いていると訴えたことに端を発したこの騒動について、元経済産業省の古賀茂明氏は「これは単なる地方のもめ事ではない。日本のエネルギー行政のゆがみと課題が端的に表れている」という......。

(この記事は、4月19日発売の『週刊プレイボーイ18号』に掲載されたものです)

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■延岡市長に問い合わせてみると

3月19日に配信した本コラム「『新しい電力会社は大赤字になりますよ』と市議に触れ回る九州電力の卑劣工作」で、宮崎県延岡(のべおか)市が進める同市100%出資の新電力会社構想について、九州電力が巨額の「容量市場」の拠出金により新電力会社は赤字経営が見込まれると地元を説明して回っており、それは事実上、新電力設立への妨害だと指摘した。

それに対し、「電力会社設立を考える市民の会」(以下、市民の会)という延岡市内の団体から「事実誤認がある」との抗議が編集部に入ったのは3月30日のことだった。

容量市場は昨夏に開設された電力関連の市場だ。発電所の維持には巨額の固定費がかかる。もし、その固定費を発電会社が賄えないと必要な発電所を維持できず、電力の安定供給ができないという大手電力の主張に沿って電力小売業者に発電所維持のコストを負担させるため、日々の必要な電力を売買する卸電力市場とは別に、4年後の発電能力を売買する容量市場が設立された。新電力などの電力小売会社は販売シェアに応じて拠出金支払いを求められ、その資金は発電会社に分配される。

コラムでは、延岡市の新電力と規模や事業内容が似た中国地方の新電力の財務データを九電が入手し、これを利用して、延岡市の新電力も「容量市場での巨額の拠出金により赤字計上は必至」と説明している、と同市が発表したと書いた。しかし、市民の会はそのような事実はなく記事は不正確だと指摘したのだ。

これを受け、3月31日夕方に「市長に直接話を伺いたい」と延岡市役所に電話したら、市長秘書が対応。取材の可否を知らせる返事の電話を待っていたら、驚いたことに読谷山(よみやま)洋司市長から直接、私の携帯に電話がかかってきた。

そこで市長は「九電が中国地方の新電力のデータを無断利用したことについては、私が支社長、営業所長から別々に直接聴取した」と明言。ただし、そのデータは「電力需要カーブだと理解している」と述べた。そのデータにより、ピーク時の電力需要がわかり、そこから容量市場への拠出金も概算できる。「九電はその金額をまだ設立されていない延岡新電力に当てはめた」というのが読谷山市長の説明だった。

また、中国地方の新電力は容量市場での拠出金が経営の圧迫要因にはなるものの、現状、赤字経営にはなっていないこともわかった。 

以上を踏まえ、3月19日配信コラムの記述について以下の点を訂正したい。まず中国地方の新電力が「赤字になっている」としたこと。また、九電が入手したとするデータを「財務データ」としたが、読谷山市長が「需要カーブのデータと理解した」との回答を踏まえれば正確な認識ではなかった。読者の皆さまにお詫びしたい。

■明らかになっていない「不正入手」の真偽

ただ、この問題は根深い。読谷山市長が2月19日と22日に、「設立されてもいない(延岡の)新電力の容量市場での拠出金をどうやって算出したのか?」と九電の宮崎支社長と延岡営業所長に問いただしたところ、両者とも「中国地方の新電力のデータを用いて試算をしたので、根拠のある数字だ」とまったく同じ答えだったという。

市長は、このデータを新電力の許可なく違法に入手したものとし、経産省資源エネルギー庁に調査を要請したが、「電力・ガス取引監視等委員会」(以下、電取委)の3月29日の発表では、データの違法入手や拠出金試算に利用した事実は「認められない」とされた。「なかった」ではない。「証拠は確認できない」とも読める。

もちろん九電は、違法な入手を否定している。そこで、九電にも問い合わせたが、広報担当者は、自社のホームページに掲載した見解がすべてだとし、当事者の支社長、営業所長への取材は断られた。

一方、読谷山市長は3月29日の電取委の発表について「実態が明らかにされておらず、極めて遺憾」とコメントした。当然のことだ。

今回の事件で最も重要なことは、電取委が「他の事業者の事業計画に関し意見を述べ、または説明等をする場合には慎重かつ十分な配慮をすること」と、九電に「業務改善の指導」をしたと発表したことだ。

データの不正利用がなかったとしても、九電が容量市場での高額な拠出金を根拠に、市内の関係者に新電力の将来性を疑問視するような説明をして回った事実が問題だと監督官庁が認定した。この事実は非常に重い。

思い出してほしい。10年前、同社は、経産省が行なった玄海原発の再稼働に関する説明会に社員を使った再稼働支持の「やらせメール」を送ったことで、経産省から厳重注意を受けた「前科」者だ。今回の社員の活動もこれと同様。だからこそ、電力の守護神・経産省でさえ、業務改善指導をせざるをえなかった。九電の体質はまったく変わっていない。こんな会社の言うことを信じる人がいるだろうか。

今回あらためてわかったのは、容量市場が大手電力にとって、新電力潰(つぶ)しの強力な武器となることだ。それは新電力が担う再生可能エネルギー普及にも大きな打撃となる。菅政権は「50年カーボンニュートラル」政策を掲げるが、大手電力の再エネ潰しを放置すれば、原発に頼るしかなくなる。

容量市場は、大手電力が所有する発電所の維持コストを賄うため、新電力などの小売業者に負担を強いるシステムだと先述したが、要するに大手電力を守るためのものだ。石炭火力と原発の支援策にもなっている。容量市場を直ちに廃止すべきことは明らかだ。同時に大手電力が発電も小売りもする現状の仕組みもゼロから見直す必要がある。

本件を地方発の小さなニュースで終わらせては、天下の九電にひとりで戦いを挑んだ延岡市長の勇気が無駄になる。これを電力会社が支配する日本のエネルギー政策の歪(ゆが)みを正すきっかけにしなければならない。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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