2021/5/10

10年で市場が倍!100兆円市場のカギを握る日本企業の秘密

NewsPicks Brand Design ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 世界はいま、超・半導体時代へ突入しつつある。
 多くの日本人にとって、半導体産業は不景気な印象があるかもしれない。 たしかに1980年代に世界を席巻した国内半導体メーカーは、この30年間でほとんど撤退を余儀なくされた。
 だが、それは技術革新におけるプレイヤーの交代に過ぎず、世界へ目を向けると半導体産業は空前の好景気に沸いている。
 モバイルシフト・クラウド・DX ・AI・IoT・5G・MaaS……すべてのテクノロジーの潮流の加速において、最も重要な役割を持つのが「半導体」だ。
 メモリ、プロセッサ、イメージセンサー、LED、液晶ディスプレイなどはすべて半導体でできている。
 2020年、半導体の市場規模は約4404億ドル(48兆円)だった。これが今後10年で2倍以上成長し、1兆ドル(100兆円)を超えると予測されている。
出典:2000-2020(WSTS)/2021-(IBS)
 1947年のトランジスタの誕生から70年かけて育った市場が、たった10年で倍以上になる見込みだ。
 この市場規模は、2019年の世界の水ビジネス市場(上水・下水・産業用水含む)70兆円よりも大きい。人間が生きていく上で必要な「水」よりも、「半導体」が社会インフラとなる時代が迫っていると言える。
※「水ビジネス海外展開施策の10年の振り返りと今後の展開の方向性に関する調査」報告書|経済産業省
 その巨大な半導体市場の鍵を握る日本企業がある。
 半導体製造装置のメーカーとしてグローバルでトップ3のシェア(2021年3月時点)を握る東京エレクトロンだ。同社は半導体を作るのに必要な「半導体製造装置」を作り続けている。
 なにがこの爆増する半導体需要の鍵なのか。
 ムーアの法則限界説が繰り返し囁かれる中、半導体の進化はどこまで続くのか。
 東京エレクトロンのキーパーソンに、超・半導体時代の裏側を訊いた。
INDEX
  • 市場規模100兆円が見えている半導体産業とは
  • データセントリックな社会が半導体需要を牽引する
  • グローバルトッププレイヤーの競争戦略
  • グローバル戦略の始まり
  • 売上1兆円を支える「顧客第一主義」の理由

市場規模100兆円が見えている半導体産業とは

──世界中で半導体不足のニュースが続いています。どういった原因が考えられるのでしょうか?
出典:日本経済新聞2021年1月9日/Bloomberg.com2021年3月24日/FNNプライムオンライン2021年4月13日
 現在起きている半導体不足は、いくつかの要因が複合的に組み合わさっています。
 短期的には、コロナウイルスや米中貿易摩擦の問題によってサプライチェーンの乱れが起こり、一部の半導体メーカーが設備投資を遅らせたことによるものです。また、各種の災害による半導体工場の稼働率の低下も影響を与えています。
 その一方、コロナ禍で人の移動が制限される中、スマートフォン・PCなどの需要拡大や、その後の自動車市場の急回復などで半導体需要が製造キャパシティをオーバーしてしまったという見方です。
慶應義塾大学経済学部、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(MBA)卒業。95年東京エレクトロン株式会社へ入社し経営戦略室室長を経て戦略担当GM兼経営戦略室長に
 中長期的には、IoT、AI、5G、ビッグデータなどの活用によるデジタル社会への移行が世界中で進んでおり、半導体需要が爆発的に高まっています。
 今、半導体メーカーはこうした状況を背景に製造キャパシティの拡大に向けて積極的な設備投資を行っています。我々も、キャパシティを増やして対応に当たっており、時期的には明言できませんが、いずれ不足は解消するだろうと思います。
──半導体産業のサプライチェーンはどのような規模や構造になっているのでしょうか。
 将来の半導体業界については、2030年頃には半導体デバイス市場規模が1兆ドル、日本円換算で100兆円以上に達するという予測があり、我々のような半導体製造装置メーカーもその産業構造の中でビジネスをしていくことになります。
出典:VLSIresearch 前工程製造装置市場
 2020年の半導体の市場規模は約4404億ドルでしたので、これからもう一つ、倍以上の市場ができあがるイメージですね。業界としてはそれに向けた供給体制を増強していく必要性があります。
──とてつもない市場規模になりますね。どういった内訳なのでしょうか。
 現在スマートフォン・PC・サーバーといったものが半導体利用全体の約50%を占めています。
 これ以外の、例えば産業用途、医療や自動車向けに使われる半導体は全体の10%程度かそれ以下ですが、今後はこうした分野が伸びると予想されています。

データセントリックな社会が半導体需要を牽引する

──100兆円の市場規模を牽引するカギはなんでしょうか?
 一番のカギは「データ活用」です。先ほども言った様々な半導体を使用するアプリケーションの拡大とそれらに電子機器がつながることで実現されるIoT、AIによるデータ活用が広がり、そこから生み出されるサービスの領域です。
 業界を90年代から見ていくと、PC中心だった半導体需要がスマートフォンなどのモバイルへシフトしました。
 これらは電子機器デバイスの進化が中心ですが、これからはあらゆるものがネットに接続され、デバイスから生み出されたビッグデータが活用され、様々なサービスを生み出すデータセントリックな社会になっていきます。
──「データセントリックな社会」ですか。
 ええ。データ活用を中心にした生活やビジネスが広がっていくことを指した言葉です。事実、データトラフィックは毎年20〜30%伸びていて、2〜3年で倍になるトレンドが続いています。
 データセントリック社会への移行を、次の10年で業界を牽引するものとしてはDX、EV、自動運転、ポスト5G、スマートシティ、脱炭素などが挙げられますが、こうした動きを象徴する製品、トレンドは枚挙にいとまがありません。
 これらを支える半導体の需要はさらに拡大し、半導体を生産するための製造装置市場もますます大きくなると予想しています。
──御社は半導体製造装置メーカーとして、世界中の半導体メーカーと取引があると思います。その立場から見えてくるファクトはありますか?
 このような業界の流れと連動するようにお客さまである半導体メーカーからの発注が増え、当社の売上も近年顕著に上がりました。2016年度頃まで6,000億円ほどだった売上が、2018年度には1兆円を超え、倍以上となりました。
──売上が伸びた一番の要因はなんだったのでしょうか?
 データセンター向けの半導体需要です。あらゆる機器がクラウドに接続され、データを処理するためのサーバーに使用される半導体を生産するための設備投資が必要になったのです。
 サーバーが何千台、何万台と敷き詰められたデータセンターを作らなければデータが処理できない。そうすると必然的にCPU、メモリなども必要になってきます。
 中でもデータを記憶するストレージが、HDDからNAND型フラッシュメモリに置き換わったインパクトも大きかったです。

グローバルトッププレイヤーの競争戦略

──半導体製造装置業界で東京エレクトロンはグローバルトップ3に入るシェアを持っています。今後の競争戦略を教えてください。
 我々としては常にグローバルで“ナンバーワン、オンリーワン”を目指して事業を展開しています。そして、世界トップの半導体製造装置メーカーを追い越すために、「ベストプロダクト、ベストテクニカルサービス」を生み出すことに社員が一丸となって取り組んでいます。
 今は、世界各国が自国の半導体産業の強化に取り組んでおり、アジアの国々も例外ではありません。国の育成策により、アジア圏の競合半導体製造装置メーカーが育ってきています。
出典: VLSI Research, April 2020
──では巨額投資をしている中国などに追い抜かれるのは時間の問題なのでしょうか。
 お金さえあればハイエンドな半導体製造装置を作れるかというとそうでもありません。
 半導体製造装置に使われる技術は多岐にわたり、かつ難易度が非常に高いものです。お客さまの量産ラインで製品を使えるレベルまで完成させるには、長期にわたる研究開発と経験に基づく技術・ノウハウの蓄積、それを活かせる人材、そして何よりお客さまと築いてきた厚い信頼関係がなければ成し得ません。
──ソフトウェアと違って簡単にコピー&ペーストできない。
 そうだと思います。我々は競合に追いつかれないよう常に先を行く。シンプルですが、それが戦略そのものと言っても過言ではありません。
 たとえば、量産ラインで使用されている先端ロジック半導体の微細化についていえば、今は5nmのレベルに進んでいます。
 今は二次元的な微細化のみならず、それを積み重ねる三次元集積化の開発も進んでおり、技術的な難易度は格段に上がってきています。
 そこで使われる製造装置も究極の先端技術を搭載したものと言えます。よって、簡単にコピー&ペーストできるようなものではないのです。
──東京エレクトロンが優位を保っているのはなぜなのでしょうか。
 先ほども申し上げたようにこのような優位性を築いている理由は、長年培った研究開発・ものづくり・サービスにおける技術とノウハウの蓄積、人材、お客さまとの信頼関係などによるものと思っていますが、さらには日本ならではの優位性もあると考えています。
 グローバルで見たときに半導体材料における日本メーカーのシェアは大変高く、例えばシリコンウエハー(半導体の基板材料)では約60%、フォトレジスト(半導体に塗布される感光性の樹脂)では約80%以上になります。
 もちろん材料だけでなく、半導体製造装置に使われる部品メーカーも日本が非常に強い。これも我々にとっての地の利です。
 最先端の装置に組み込む部品について、部品を供給してくださるパートナー企業の皆さまと研究開発を進めていくことが競争力の源泉になっています。
 半導体業界の最前線についてお伝えしましたが、我々の戦略やそもそものルーツについては、弊社取締役の三田野さんに聞いていただくとよいでしょう。

グローバル戦略の始まり

──東京エレクトロンが現在のようなグローバルシェアを取り始めたのはいつ頃からなのでしょうか。
三田野 東京エレクトロンとしてグローバリゼーションを本格的に意識し始めた時期が90年代ですね。
 その頃は日本の大手電機メーカーの半導体事業部が海外に工場を作り始めた時期で、私もそれをサポートするためによく海外へ行きました。日本の半導体メーカーが強かった頃です。
慶應義塾大学理工学部卒業。1985年、東京エレクトロン株式会社入社。3DI本部長、ES(エッチングシステム) BUGMを経て現ポジションへ。
 その頃はまだ海外では東京エレクトロンのことなんて誰も知りませんでした。
 日本メーカーのサポートが一段落してアメリカで営業を始めましたが、なかなか売れず、最初の1年間は時間を持て余すこともありました。当時出たばかりのMacintoshを触っている時間のほうが長かったかもしれません(笑)。
 そんな時、米国に本社を構える世界最大の半導体メーカーと話す機会をもらい、会いに行きました。最初はもちろん「あなただれ?」みたいな顔で見られるし、「相手にしないよ」という対応でした。
──そこから食い込めたわけですね。きっかけはなんだったのでしょうか。
 シリコンバレーと呼ばれるマウンテンビューやサンタクララには、アップルやインテル、AMDといった半導体を扱う大企業が多く、会社間の距離も近かったので、1日に3件とか4件回っていました。
 当時からAMDにはアジア系の中国人やインド人が多くて、その人たちと仲良くなっていろいろと紹介してもらうようになったのがきっかけでしたね。
 それで紹介先の会社を訪問するとなったら「必ずお土産を持っていけ」と言うんです。日本人の感覚からしたら米国にそんな文化なんてないだろうと思っていました。しかし真逆で、お菓子やノベルティグッズをすごく喜んでいただけました。
 だから日本の本社に電話して「あるだけのノベルティを送ってくれ」とお願いして、米国企業に差しあげては商談をしていました(笑)。
 そうやってずっと会っている中で、うちの装置が採用されることになったんです。採用まで2年くらいですかね。ちょうど日本へ帰ろうとしていた直前に発注が来ました。
──今では主要半導体メーカーのほとんどと取引がありますよね。
 ありがたいことです。主要半導体メーカーの顧客とはほぼ毎週ミーティングしていますね。今はコロナで行けませんが、例えば米国でも、月に2回ほど一泊三日で行っては帰ってくるという生活をもう何十年も続けてきました。
──そこまで緊密にどんなことを話すのでしょうか。
 僕は責任者として行くのですが、そこでは技術の話しかしません。大事なのは技術力です。技術開発をする能力や問題解決能力があるかないか。それがないと話になりません。
 営業といえどお客さまと会う時には「技術の話」ができないと相手にされませんから。買う買わないといった価格の話は一切しない。こういったコミュニケーションが何十年も続いています。

売上1兆円を支える「顧客第一主義」の理由

──それは信頼関係が深そうですね。無茶な要求はないんでしょうか。
 短納期のオーダーは多いです。
 私に言えば何とかしてくれると思ってくださっているんでしょうね(笑)。もちろん我々も必死に最善を尽くしてきたので、信頼関係は深いと思っています。
──技術に応えるだけでなく、かなり顧客に寄り添うのですね。
 はい。我々は製品競争力を高めるために「ベストプロダクト、ベストテクニカルサービス」を掲げています。それがすべてを表しているかなと思っています。
──いわゆる「顧客第一主義」でしょうか。
 まさにそうです。ただ綺麗事ではなく、技術者も含め従業員全員が本気でそう思っていると思います。
──専門的な技術を持ったメーカーとしては独特の文化ですね。
 そこは東京エレクトロンが技術専門商社から始まったことと関係しています。東京エレクトロンは1963年に技術専門商社として創業しました。
 私が入社した80年代は特に商社の血が強かったかもしれません。当時は扱う商品がすべて輸入品なんですよね。いいものを探す目利きとしてプロダクトを見ていましたし、いいものでかつ日本にない商品を持ってきて売る。そういうことをやっていました。
 もちろんベストなプロダクトも大事なのですが、それは大前提で、さらにサービスが重要です。お客さまの要求通り、あるいは要求を超えるようなプロダクトを展開し、サービスでもベストを尽くす。
 海外進出に伴って、お客さまの近くできめ細かいサービスを提供できるようにする。他のサプライヤーさんに負けないようなサービスを展開する。
 そういったものを企業として重視してきましたし、そういった商社としての顧客志向が企業文化の中に溶け込んでいます。
──なにか具体的な例をありますか。
 たとえば、欧米の会社は交渉ベースで取引を進めますよね。うまくプレゼンして、コミットメントするけれども、蓋を開けてみると辻褄が合わないところが出て製品が完成しないといったことが起こる。だけど我々は最後までお客さまに価値を返せるよう取り組みます。
 お客さまの言うことを素直に聞いて、言われたことをしっかりやる。お客さまも人の集まりなので、本当に困ったときに無理を聞いてくれるとか、しっかり応えられる体制があるからこそ信頼してくれます。
 お客さまからも直接そういうフィードバックをいただきますし、愛されているなと思うことはあります(笑)。日本の会社らしい東京エレクトロンの強みだと思いますね。
──そういったエッジによって、東京エレクトロンは世界の巨大産業の中枢を担うようになったわけですが、なにかこの産業に興味を持つ人にメッセージはありますか。
 そうですね。やっぱり常に変化しており、新しい物、事を生み出せるおもしろい業界なんですよね。
 成長の可能性は無限大で、技術の進化をずっと積み重ねている。その技術をもとに身近なスマートフォンから最先端のスーパーコンピューターまで、あらゆるものが便利、安全、エコに変わっていく、その中心に我々東京エレクトロンがいるのです。
──まだまだ技術分野においては進化の余地があるのでしょうか。
 たくさんあります。技術分野で言えば、半導体製造装置は電気工学だけではなく、機械工学、化学、流体工学、物理学、情報工学まで多岐にわたる技術を統合したものですから、その技術分野ごとにイノベーションの余地があります。
 理系の方であれば会社に入ってからいくらでも学べますし、技術者としてずっと活躍できます。文系の方でも会社に入ってこられてから技術者になる人もいるぐらいです。
──東京エレクトロンさんのよさも教えてください。
 ありがとうございます(笑)。
 そうですね、当社は非常に自由です。派閥とかないですし(笑)、上から下まで風通しが良いと思います。チャレンジができて、がんばった人は適正に評価される。そして良いところは継承しながら未来に向けて成長もしています。
 あとはやっぱり他がやらないことに挑戦する会社なんですよね。
 ビジネスの機会があればどこでも出ていきますし、高い技術力を磨きながら起業家精神やチャレンジ精神を持ち合わせているのが東京エレクトロンだと思っています。
 それが一番おもしろいかもしれない。