[ロンドン 15日 ロイター] - 環境科学者のローラ・ガルシア・ベレス氏は、エチオピアの農家が作物に干ばつ保険を掛けるのを助けたり、コロンビアへき地の村を電力供給網に結ぶなどのプロジェクトで経験を積み、その後は世界自然保護基金(WWF)で働いていた。

彼女は昨年、スイスのプライベートバンク、ロンバー・オディエのアナリストに転職し、同行が環境配慮型企業としての信用を高める上で、重要な役割を担っている。

「金融業界が、科学の世界から人材を採用するのは非常に重要だ」と語るベレス氏。彼女のように、この業界に転身する環境活動家や科学者は増えている。ベレス氏は、そうした人材が「環境を汚染してきた業界をグリーンにする」ことに貢献できると期待する。

社会活動と金融は「不倶戴天の敵」のようなもので、あり得ない組み合わせに感じられるかもしれない。

しかし、労働関連のデータやロイターによる金融機関、人材紹介企業、大学への取材によると、銀行、資産運用会社、プライベートエクイティ(PE)企業などは今、二酸化炭素(CO2)を多く排出する企業への投融資削減を求める規制強化に直面し、適切な環境専門家の獲得を競っている。

英銀ナットウエストの気候変動責任者、ジェームズ・クロース氏は「持続可能性(サステナビリティ)の仕事をしていると、かつては壁を壊そうと奮闘しているような気がしたものだ」が、「今では正面玄関から招き入れてくれる」と話す。クロース氏は世界銀行で気候変動の責任者を務めた経歴も持つ。

多くの環境専門家は、大企業にCO2排出量の劇的な削減を強いることこそが、地球を救う唯一の道だと指摘。大企業に資金を提供する金融業界は、削減を促す最高の「てこ」の1つになるとみている。

ただ、慈善団体や活動家からは、金融業界に「グリーンウォッシング(環境に配慮しているように装うこと)」がまん延しているとの声も聞かれる。新たに採用されている科学者・活動家の多くはマーケティングの道具に使われているだけで、真の変革をもたらす力を持たない例がしばしばあるという。

<給与が倍増>

とはいえ、「グリーン・ラッシュ」はもう始まっている。

世界的な金融人材紹介会社、イーファイナンシャルキャリアーズによると、今年2月までの1年間に出された「持続可能性」関連職の求人広告は1000件余りと、前年からほぼ倍増した。ジュニアレベルのアナリストから、持続可能性あるいは気候変動部門の責任者といったディレクターレベルの新設ポストまで、職階は多岐にわたる。

環境専門人材紹介会社・エーカーの場合、2017年から毎年、金融業界における採用が年25%以上のペースで増え続けている。最上級ポストに提示されている給与総額は現在、年間75万ポンド(100万ドル)と、2017年の約3倍に上昇した。

リンクトインがロイターに提供したデータによると、採用条件に環境汚染防止や生態系管理など「グリーン関連の職能」を少なくとも1つ含む金融業界の求人件数は、特に米国で着実に増えている。

シティのESG(環境、社会、統治)グローバル責任者、エルリー・ウィネット氏は「人材獲得競争が起きているのは間違いない」と語る。

PwC(英国)の持続可能性・気候変動担当パートナー、ジョン・ウィリアムズ氏によると、資産運用会社やPE企業は過去1年間で気候変動チームを強化しており、給与も30―50%引き上げた。同氏の部下の1人は最近、資産運用会社に転職して給与が2倍になったという。

人材紹介会社によると、環境保護団体から銀行に転職した人は通常、ボーナスを含めた所得が少なくとも倍増する。

気候科学と金融を組み合わせた専門家センターを擁する一流大学には、新卒者を採用しようと企業が押し寄せているという。

英インペリアル・コレッジ・ロンドンの気候金融・投資センターの執行ディレクター、チャールズ・ドノバン氏は、この1年半で金融機関から学生への関心が「信じられないほど」高まったと話す。

HSBCやスタンダード・チャータードなどの銀行は、気候研究での同センターとの提携を通じて有望な人材を探している。奨学金の提供を申し出てくる企業もあるという。

金融業界が政府や活動団体から人材を奪う可能性もあるが、ドノバン氏は心配していない。同氏によると、金融業界に狙いを定める学生の多くは、気候変動分野などで専門性を身につけていることが、他の入社志願者と差を付けるための武器になると自覚している。つまり、政府や活動団体を目指す学生とは、異なった種類であるという。

<ハリケーンを研究>

権威ある環境専門家でありながら金融業界に転身した人の一部は、金銭だけではない報酬が得られると語っている。

ロブ・ベイリー氏は、貧困と不正を根絶するための団体・オックスファムや、シンクタンクの英王立国際問題研究所で務めた経歴を持つが、今はコンサルタント会社、マーシュ・アンド・マクレナンの調査部門で気候問題のディレクターに就いている。ベイリー氏は「これまでと違った方法で知識をいかせる上、異なるステークホルダーと共に働くのは生き生きする」と話した。

難易度が高く、高度に技術的な仕事にやり甲斐を感じている専門家もいる。

ロンバー・オディエに転職した数量アナリストのベレス氏は今、ほぼリアルタイムでハリケーンのリスクと汚染を追跡する環境・地理空間データを、資産と結びつけるツールを構築中だ。

一方、スイスの大手銀行UBSは近年、「エビデンス・ラブ・イノベーションズ」部門で人材を採用し、地質モデリングや水質モデリングなど幅広い分野で経験を持つアナリストチームを構築してきた。

同部門のグローバル責任者、バリー・ヒュレウィッツ氏は「こうしたスキルを持ち、金融サービスへの就職を求めていない人材を探すには、採用の新たな戦略・方法を採る必要があった」と語る。

この他にも資産運用会社のシュローダーズから英銀ロイズまで、幅広い金融機関が科学・持続可能性チームを拡大していることをロイターに明らかにした。

<歯車>

環境専門家への需要拡大は、英国や欧州その他で金融機関に対する気候変動規制が強化されたことが一因となっている。

例えば、ユーロ圏の銀行は将来、投資に際して気候変動を考慮に入れるよう求められる。欧州連合(EU)域内のファンドは、自社商品の持続可能性について情報開示を義務付けられる見通しだ。英国の銀行は、環境汚染に結びつく資産について、自己資本要件を強化される可能性がある。

ただ、活動団体からは、企業の取り組みがまだ遅れているとの指摘も出ている。

自然保護団体・グリーンピースUKのシニア気候アドバイザー、チャーリー・クロニック氏は「私の経験では、金融機関は幅広い分野で深い知識を持っているわけではない。過去のスキルに大きく偏っている」と言う。

米環境団体シエラ・クラブ幹部のベン・カッシング氏は「持続可能性の責任者を何人か据えるだけ据え、実質は脇に追いやってグリーンウォッシングを助けさせているなら、状況を大きく変えることはできない」と手厳しい。

また、巨大金融機関に転身した環境専門家が、全員やり甲斐を感じているわけではない。

環境専門人材紹介会社・エーカーのディレクター、イアン・ポビーホール氏によると、大半の人々は後悔していないが、失望を味わっている人々もいる。

「ESGに商業的な注目が強まったことで、一部の人々は話が違うと感じている。自分の仕事が『製品化』されてしまい、機械の歯車に過ぎなくなったと訴えている」

しかし、ロンバー・オディエのベレス氏は転職の決断を後悔しておらず、自身がグリーンウォッシングに加担していないことに満足している。

ベレス氏は「企業による排出量削減の取り組みに、われわれは大きく貢献している」とした上で「もちろん、もっとスピーディーな変化を望んでいる。私は楽観的というよりは、やや現実的に物事を見ている」と語った。

(Iain Withers記者、Carolyn Cohn記者、Simon Jessop記者)