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ネットの声が悪路走行用の新型トラックを生み出した!

田中淳夫森林ジャーナリスト
急勾配でも楽々登れる新型ヒノノニトンが誕生。(筆者撮影)

 今春4月10日、奈良県吉野の山奥の清光林業の作業道に多くの人々が集まった。主催側のポロ・ビーシーエスの高井洋一社長、清光林業の岡橋清元会長はもちろんだが、本郷浩二林野庁長官や、日本に健全な森をつくり直す委員会の天野礼子事務局長の顔もある。そして日野自動車の面々

 ここで何をするのか。それは、新型林業用トラックの発表会。近年林業界を悩ましていた大問題に解決の糸口を見せるものだった。

 そして、それを後押ししたのが、SNSを中心とした大声援だったのである。

 覚えているだろうか。今から5年前。2016年10月にブログで上げられた「死活問題なんです!!」という林業界からの悲鳴を。奈良県吉野で林業を行う会社ポロ林業部が上げた声だった。私は、それを受けて

知られざる林業危機を支えたネットの力

という記事をアップした。詳しくは当記事を読んでいただきたいが、悪路走行に向いた高床・低速ギアタイプのトラックの製造が中止されたため、各地で林業が廃業に追いこまれかねない状況が進行していたのだ。

 そこに想定外の応援の声がネットに広がった。

 ブログ記事へのアクセスは一時期20万件/日を超え、Yahoo!ニュースなど多くのウェブニュースのトップ記事になり、各トラックメーカーの上層部にまで林業家の悲鳴が伝わった。またYahoo!ニュースの担当者によって、実際にトラックメーカー2社に直接陳情する機会も設けられた。

改造ではなく、新型車両を開発

 その結果、日野自動車が「現行車の低速に強いオプション仕様のトラックでテストしてみる」ことになった。

 17年の冬、奈良県の作業道で2回にわたって旧式トラックと現行トラックにおける走行実験が行われた。結果として、両車両の差は歴然だった。とくに2回目は、旧式トラックがスイスイ登った道を現行車はスタックして立ち往生。とうとう荷を下ろしたうえで、重機で牽引されてようやく脱出するという有様だったのである。

 だが、これが日野自動車の開発魂に火をつけたのは間違いあるまい。

 そして「現行車をオプションで改造して林業仕様にする」のではなく、「急勾配や悪路走行性能の高い新型4輪駆動トラックを開発する」という決断をしたのである。

 もちろん、簡単ではなかったようだ。単に旧式トラックの性能を取り戻すだけではない。排ガス規制や燃費など厳しくなる環境性能の欲求にも応えなければならないからだ。

 そもそも林業用の作業道は公道とは桁違いの悪条件である。勾配は20%を超すところも珍しくないし、舗装されていない地道は雨が降れば泥だらけになり滑る。とくに山の環境に配慮して作られた作業道は、幅が2.5mしかなく、ヘアピンカーブの連続になる。回転半径が大きいと取り回せない。

 そして19年末、ついに試験車が完成した。尿素フリーの4リッターターボエンジンと超低速ギアによる高トルク、急勾配走行用ミッションを装備し、リアデフLSD付き4WDシステムを開発したのである。それは旧式トラックを超える性能を生み出した。見事な逆転劇だ。

 さらにその後、各地の森林組合や林業事業体などで試乗テストを繰り返し、そこに奈良県の松原自動車なども加わって改良を重ね、より高床(40ミリアップ)で悪路性能を高めて林業用に特化した日野デュトロ「吉野EDITION」を2月に生み出した。今回は、その試験走行も兼ねていた。

低コスト・高効率化に欠かせぬツール

 現場の作業道は、天を仰ぐように伸びている。そこを丸太を満載(約2.7トン)したトラックは、ぐいぐいと登っていった。まったく止まることなく、急カーブを巻くように登る。これは驚きだ。最小回転半径が5.2mなのだ。なにしろ同行した4駆の乗用車が切り返さなくてはいけない場面もあったのに、トラックはそのまま進むのである。

 そして下りは、まったくフットブレーキを踏んでいない。エンジンブレーキだけで、スリップもせずに下っていく。

開発に関わった面々。バックは樹齢250年超の吉野杉の森。大木でも新型トラックなら運べる。(筆者撮影)
開発に関わった面々。バックは樹齢250年超の吉野杉の森。大木でも新型トラックなら運べる。(筆者撮影)

 新たな「日野デュトロ」が誕生した。ちなみに愛称をヒノノニトンとはいうものの、搭載重量は3トンまでOK(構造変更申請が必要)。キャッチフレーズを少し変えなければならないか?

 近年の林業界は、低コスト・高効率にするために機械化や大規模化が至上課題のように言われている。しかし、そのための林業専用機械は、1台数千万円。なかには億単位の車両だってある。これで低コストと言えるわけがない。しかも稼働率を上げるためには過剰に伐採することになりかねないし、燃料費が馬鹿にならない。そんな重機を入れるためには幅員の広い道が必要になり、余計に山を傷める。林内を走れば森林土壌をえぐるだろう。また悪路を走れる木材運搬専用のフォワーダは、公道を走れないから山から下りたら積み替えが必要だ。全然効率がよくないのである。

 その点、今回のようなトラックなら山の現場で丸太を積んで、そのまま公道を走って目的地に向かえる。もちろん丸太以外も積めるから、小回りの利く運用が可能だ。そして価格は500~600万円程度。通常のトラックとそんなに変わらない。

潜在需要を掘り起こすネットの力

 それにしても今回の開発に漕ぎ着けるには、SNSを通じて広がったブログやネットニュースの読者が林業界の危機感を共有して示してくれた熱意は欠かせなかっただろう。

 それは単なる声援に止まらなかった。「悪路走行用トラック」というニッチと思える用途に、意外と潜在的な需要が大きいことをメーカーに認識させる力にもなった。それがなければ、いくら「開発魂」があっても取り組めなかっただろう。

 ネットで拡散したことで、これまで声は上げなかったが欲していた全国の林業家、あるいは林業以外の分野でも(世界中で)悪路走行可能車両を求められていたことを浮かび上がらせたからである。

 ネットの声が盛り上がると、ときに“炎上”などと言われて否定的に見られることも多いが、こうした可能性も秘めていることにホッとするとともに、今後も期待したい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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