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【座談会】原発 処理水海洋放出を糺す

出席者
伊藤延由さん(元いいたてふぁーむ管理人)
吉澤正巳さん(希望の牧場・ふくしま代表)
飛田晋秀さん(写真家、NPO法人福島のすがた代表理事)
椎名千恵子さん(「3・11反原発福島行動」呼びかけ人)
司会―本誌・佐藤大地

 東京電力福島第一原発事故から、この3月で10年を迎える。同原発の敷地内に溜まり続ける処理水をめぐっては、海洋放出する方向で政府が最終調整を進めているとされる。背景には、処理水を入れる貯蔵タンクの用地確保が難しいことが挙げられるが、県内外から反対の声が相次ぐ中、なし崩しで海洋放出することは許されない。事故直後から先頭に立って「反原発」を訴えてきた立場の異なる4名の方を招き、処理水海洋放出についての座談会を開いた。(実施日は2月17日)


 ――まずは自己紹介と近況を教えてください。

写真②

 いとう・のぶよし 飯舘村で農作物などの放射線量を測定し、その結果をツイッターで発信し続けている。

伊藤 2009年11月から、東京のソフトウェア会社が飯舘村内に造った社員研修所で管理人をする傍ら、百姓をしていました。百姓1年目で思わぬ収穫を体験し、2年目からは農地を増やしてさらに本格的にやっていこうという矢先に原発事故に遭いました。

 村内で農業はできないし、どうしようかと思っていたところで、京都大学複合原子力科学研究所の今中哲二先生が村内各地の放射線量調査のため、たまたま研修所に寝泊りすることになり、それがきっかけで今中先生から放射線測定の技術指導を受けて、私自身も測定を始めました。

写真③

よしざわ・まさみ 浪江町の牧場で被曝した235頭の黒毛和牛を飼育するかたわら、各地で街宣活動を行う。

吉澤 浪江町で「希望の牧場・ふくしま」を運営しています。原発事故当時は330頭の和牛を世話していました。原発事故直後、避難区域内の家畜は餓死するか、あるいは国の方針で殺処分するしか選択肢がなかったが、私は殺処分の方針には従わないと決意し、避難区域内につくられたバリケードを壊すなどして避難先と牧場を3日に一度行き来しながら牛にエサを届けていました。

 現在、牧場には235頭の牛がいます。被ばくした牛は売れないのでお金にならない。そんな牛たちを生かすことの意味を議論する中で、牛たちが原発事故による放射能汚染を生きた証拠になるというアイデアのもと、2011年7月に家畜を救うプロジェクトを立ち上げ、国内外にその事実を発信し始めました。

写真④

ひだ・しんしゅう 原発事故以降、避難指示区域内を130回以上撮影し、講演会などで現状を訴えている。

飛田 元々報道カメラマンではありませんでしたが、震災直後、ボランティアを通じて富岡町の避難者と出会い、それをきっかけに2012年1月31日に同町の避難区域内で写真を撮る機会を得ました。最初は避難区域内の現実を目の当たりにし、恐ろしくてシャッターを切れませんでした。それでも、涙と怒りを押し殺しながら何とか1時間かけて撮り続けたことを覚えています。あれから10年、自分が撮った写真を後世に残さなければいけないという思いから、国内外を問わず個展や講演会を行ってきました。

写真⑤

しいな・ちえこ 原発事故以降、避難・保養・医療の重要性を全国各地の講演で訴えている。

椎名 伊達市梁川町出身で、震災当時は宮城県丸森町で一人暮らしをしていました。薪でストーブや風呂を焚くような自給的生活をしていましたが、原発事故以降はそういう生活が立ち行かなくなりました。その後は福島に戻り、福島の子どもたちの命と健康を守るために集められた基金で開設された「ふくしま共同診療所」の呼びかけ人をしたり「3・11反原発福島行動」の立ち上げなどに関わりました。中でも、さまざまな理由で福島から避難できずにいる方々の被曝から身を守る保養運動を重視しています。

 ――処理水海洋放出について、皆さんはどのように考えていますか。

伊藤 処理水に限らず、原発事故で言えるのは、加害者(東京電力)責任が一切果たされていないということです。当然、処理水に関してもトリチウムなどの放射性物質を含んでいる事実があるのだから、まずは加害者が責任を持って保管し、無害になったら海洋放出する、ということならいいと思います。世の中、どんな事故だって加害者責任が問われるのは当たり前です。なぜ原発事故に限っては、東電の加害者責任が曖昧になっているのか。

吉澤 浪江町は原発から6㌔の位置に請戸漁港があります。もし海洋放出が始まれば、請戸の漁業は成り立たなくなるでしょう。漁業の本格操業が4月に迫っています。私は普段から宣伝カーを出して、各地で街宣活動をやっていますが、最近は伝承館や東京電力福島復興本社がある双葉町産業交流センターの前で処理水海洋放出反対を訴えています。

飛田 絶対反対です。昨年11月に富岡町と双葉町の帰還困難区域を見てきましたが、貯蔵タンクを増設する敷地はまだまだあると感じました。一般の方は帰還困難区域に入れないので、敷地に余裕があるという事実を知らないんだと思います。

椎名 海洋放出によって、人間の健康の源である食の環境が脅かされることを私は強く懸念しています。一方、海洋放出するなら政府が勝手に決めるのではなく、県民がどう思っているのか生の声をきちんと聞くべきだと言いたいですね。そういう努力もせずに、海洋放出ありきで事を進めようとする政府の姿勢は許せません。

 ――漁業者はもちろん、各県の知事や経済団体代表も海洋放出に反対や慎重対応を求める中、一般市民にも対象を広げて意見を求めたら、より厳しい声が寄せられるのは確実です。それが嫌だから、政府は海洋放出に関する説明会を一般市民向けには開かないのかもしれませんね。

伊藤 そもそも貯蔵タンクの容量はなぜ1000㌧なのかということです。いまの技術力なら10万㌧の貯蔵タンクを造るのは難しくないし、増設も可能だと思います。「敷地がない」と言っているのは東電だけで、それを国が鵜呑みにしてマスコミが報じているのが実態です。

コスト優先の国・東電

 ――本誌で「フクイチ事故は継続中」を連載している春橋哲史氏も「タンク用地が確保できない根拠が希薄で、跡地利用計画が未公表のタンクエリアの活用の可能性を最大限に追求すべき」と訴えています。

吉澤 双葉町側には福島第一原発7・8号機の建設予定地もある。敷地確保はやる気の問題ですよ。

 ――では、なぜタンク増設ではなく海洋放出が選ばれるのでしょうか。

伊藤 海洋放出が選ばれた理由はたった一つ。コストです。住民の健康などを一切考えなければ、コスト的に海洋放出が一番安く済む。でもそれは、国民の命と健康を守るべき国がとる政策ではない。よくよく考えると、原発事故の処理をめぐり国がとってきた方針は全てコスト優先です。

椎名 廃炉の道筋も見えていない状況で海洋放出しても、処理水は今後も増え続けます。海洋放出したらそれで終わり、ではありません。先が見えないのに海洋放出しても、問題は何も解決しないでしょう。

 ――海洋放出について公然と賛成とは言わないまでも、賛否の意思を表明しない首長や議員はたくさんいます。その筆頭が内堀雅雄知事で、国が(海洋放出の)方針を決めた後に県としての見解を表明すると繰り返し発言しています。本誌は賛否をはっきりさせない内堀知事の姿勢を厳しく批判しています。

吉澤 浪江町議会は海洋放出反対を明確に決議しているのにもかかわらず、吉田数博町長ははっきりしたことを言いません。議会と町長の意思がずれています。浪江町は復興予算がなければ成り立たない町になってしまっており、(町は国からの圧力で)がんじがらめになっているのでしょう。吉田町長が「請戸の漁業を守る」と力強く態度表明できないのは非常に残念です。

 首長だけではありません。ある浪江町議は双葉郡全体の議員の集まりに参加したとき、他町村の議員から「浪江町議会は海洋放出についてあれこれ言わないでほしい」と注文をつけられたそうです。浪江町議会は浪江町の利益を考えて海洋放出に反対しているわけで、他町村にあれこれ言われる筋合いはありません(

※浪江をはじめ相馬市、南相馬市、新地町などの各議会は海洋放出反対や陸上保管継続を求める内容の決議をしている。一方、大熊町、双葉町、富岡町、楢葉町など原発周辺の議会では同様の動きが見られない。


伊藤 その通り。原発周辺自治体の財政を詳細に見ると、復興関連の交付金や補助金ばかりじゃないですか。飯舘村が発注する公共事業を一番多く受注しているのは、菅野典雄前村長の有力後援者の会社だ。こんな分かりやすい構図はないですよ。ちなみに菅野前村長は現職時代、「本村は反核の旗手にはならない。その代わり、国は予算をよこせ」というスタンスでした。それが現実です。

吉澤 津波で壊滅した沿岸部は復興の絵面なんですよ。瓦礫ばかりの場所がこんなにきれいになりましたよ、と。そんな絵面のために、復興予算が何の制限もなく湯水のように投下されている。それで得するのはゼネコンだけです。僕らは国がやることにいちいち意見したり反論することができない。費用対効果が全くない工事を止めるには、そういった事実を討論のまな板に載せていくしかないんだと思います。

椎名 同感です。原発事故から10年経っても「終わってないぞ」という事実を目の前に出していくことが大事だと思います。国策として原発を推進しながら、国も東電も責任を取らない。その10年間の苦しみが福島には染み込んでいます。

県民投票で民意を問え

 ――いまのところ県漁連は海洋放出に反対していますが、補償やお金をチラつかされたら賛成に鞍替えする可能性はありますか。

吉澤 当然あり得ます。国も水面下で根回ししているでしょう。だから、漁業者たちも公然と声に出して「処理水を海に流すな」とは言えないんだと思います。

伊藤 原発反対から賛成に変わったルーチンと一緒ですよ。昨年、請戸漁港近くの漁業者と話す機会がありましたが、その方は「漁師を辞める。海洋放出も賛成」と言っていましたからね。

 ――もう既に囲い込みは始まっている、と。

吉澤 双葉郡は原発と共に生きてきた城下町地帯で、漁業者は原発増設のたびに漁業補償金をもらってきた。いわば中毒みたいなものが染みついている。

 ――一般市民からこれほど海洋放出反対の意思が示されているのに、なぜ内堀知事をはじめ首長や議員は賛否を示さないのでしょうか。

伊藤 首長選や議員選で海洋放出が政治的テーマに挙がったことがないからですよ。私が飯舘村に来て分かったことは、原発立地自治体に限らず、地方自治体のほとんどの選挙が「地縁・血縁・金」で当落が決まるということです。公約の中身が評価の対象ではないのです。

椎名 どんな問題が起きているかを正しく理解しないと、自治体の都合や上手い話だけを聞かされて、一部の人たちの利害関係に一般市民が巻き込まれる恐れもある。それを避けるには、命を守るという立場に立って、海洋放出するとどんなことが起きるかを考えていかなければならないと思います。

伊藤  福島で海洋放出の賛否を問う県民投票をやれば、おそらく7~8割の人が反対すると思います。県民投票で民意を問うのはいい作戦だと思いますよ。

 ――ちょうど伊藤さんから県民投票の話が出たのですが、私は本誌昨年11月号で、処理水海洋放出の賛否について「県民投票で民意を集約するべき」という署名入りの記事を書きました。いくつか寄せられた反響の中、本日の座談会の出席者である椎名さんから「共感した」と言っていただきました。県民投票の是非についてはどう思いますか。

椎名 あの記事を読んで、本当にその通りだと思いました。東電や国は命を守るという道理に反することを繰り返しています。海洋放出はまさにその一つの事例であり、生態系を破壊し、私たちにとって一番大事な食や健康に関わるものを脅かそうとしています。内部被曝への不安も消えません。人間の在り方そのものが脅かされています。県民投票で県民の意思を明確にすることで、東電や国の道理が間違っていることを示せると思います。

飛田 絶対にやるべきだと思います。県民投票を通じて、県民の皆さんがトリチウムを含めた原発の危険性について正しい情報や知識を得られれば、非常に意義があります。きちんと説明すれば同調してくれる人はたくさんいると思います。

吉澤 福島県民は連帯責任で福島第一原発を原発事故の墓場・負の遺産として背負っていかなければなりません。原発賛成派・反対派もひっくるめて、全員で放射能の影響やこの苦しみを背負うしかない。だからと言って黙っているのではなく、無念は晴らさなければならない。

 そのためには原発がつくる電気を使ってきた首都圏の人たちに向けても連帯責任を負うよう訴えていかなければならない。あなたたちさえよければいいのか! 首都圏さえよければいいのか! 福島県は首都圏の奴隷の場所のままでいいのか、と。おとなしい言いなりの浜通りでいいのか、と。

 福島県以外の原発立地自治体も同様です。原発を再稼働するなら、どうなってもいいという覚悟があるんだな! 覚悟なんてありゃしないじゃないか、と迫るんです。福島県民だけでなく全国の人たちと広く深く連帯して、そういう方向に持っていくことは大事だと思います。

伊藤 県民投票が実現すれば、賛否をはっきりさせない内堀知事を説得する材料にはなるでしょうね。

全県民が連帯すべき

 ――県内では海洋放出反対の意思は共通しているが、その意思を一つにまとめるような抗議のスタイルが確立していないと感じます。

吉澤 確かに漁業者だけの問題じゃない。漁業に携わる人たちと地域住民、あるいは県民全体を含めて連帯した集会を、小名浜や相馬や請戸など各地で開くべきでしょう。決起会を行い、抗議の看板を出すことでマスコミの目を向けさせる、そんな取り組みが必要になりますね。

 ――沖縄の辺野古基地問題では、ここに集まれば抗議の輪がつながるという場や機会が確立している。沖縄の特性もありますが、福島は広いので、そういう特定の場を決めるのは難しいのでしょうか。

吉澤 決起する基点をつくって努力すれば、人々は理解して集まると思いますよ。

 ――では、場所と時間をある程度決めていく、と。

椎名 場所を決めればいいという話ではないでしょう。何のためにやるかが重要です。

 ――例えば、沖縄のように原発周辺に抗議船を出してくれる協力者はいますかね。

飛田 頼めばいると思います。

椎名 いないとは思いません。ただ、海洋放出が行われるかどうかは県漁連次第と言いますか、県漁連はいま、とてもナイーブな立場にいるようなので、まずは県漁連と私たちの間に信頼関係を築いていくことが大事かもしれませんね。

 ――集会を開いた際の年齢別の参加率も気になります。年配の方は多く参加するでしょうが、20・30・40代の参加者は少ないと思います。若い世代にこの動きを伝えるには何をすべきか。

飛田 私はいろいろな場所で講演会をしていますが、反響が多い場所は図書館です。図書館は若い人や子どもが多く集まる。特に子どもたちは、わずか20分の講演でも話の内容をきちんと受け止め、芯をとらえています。私は、子どもたちには必ず、避難区域内の道路に落ちていたぬいぐるみの写真を見せます。そうすると、次に同じ場所で講演会をすると、以前講演を聴いた子どもたちが母親を連れてくるんです。

 ――なるほど、子どもをきっかけに20~40代の若い人が関心を示すということですね。

飛田 そうです。子どもに伝えることも大事ですが、その親に伝えていくことも大事です。実はある調査で、5歳児にとって大事なものは1番目が母親、2番目がぬいぐるみ、3番目が父親という残念な結果が出ているんです(苦笑)。

(参加者全員が苦笑)

次世代への教育が重要

 ――椎名さんが本誌に電話してきたきっかけも子どもに関わることでしたよね。

椎名 そうです。昨年10月に処理水海洋放出が話題になった直後、経済産業省の役人が安積高校で出張講義を開いたというニュースを見ました。その中で、役人は「処理水を基準以下に薄めて海に放出すれば人体への影響はない」と説明し、貯蔵タンクに関しては「延命はできても土地は無限ではなく、いずれ満杯になる。根本的な解決にはならない」と答えていました。それを見て、正直、正しい情報が伝わっていないと感じました。子どもをダシに使って処理水や海洋放出の安全性をPRしていることがどうしても許せなかった。佐藤記者の記事を読んだのは、ちょうどそのころだったんです。

飛田 椎名さんの言う通りだと思います。ただ、子どもの中にも鋭い子はいます。私が見た記事では「学校で行われている放射線の授業は、安全性ばかり強調して、教育ではなく洗脳ではないか」と言っている子もいるそうです。だから、そういう子どもたちに対して、私たちが真実を伝えていかなければならないのです。

椎名 放射能による子どもたちの健康被害も心配です。

伊藤 本来、被ばくのリスクは若い人ほどあります。原発事故直後の田中俊一氏(元原子力規制委員会委員長)や高村昇氏(長崎大学教授)の安心・安全講義による洗脳はずっと続いています。

椎名 若者に伝えていくには、SNSを利用して発信していくことも
大事でしょう。

吉澤 岡山県の中学校にユニークな先生がいて、原発事故や希望の牧場についての講演を毎年依頼されています。私の講演を、子どもたちは熱心に聞いていますよ。そういう学校もあるし、被災地の現実を広く伝えたいと熱心に活動している先生もいるんですよ。

 ――福島県内の学校ではそういう動きはないようですね。

 (参加者全員)そうなんですよ!

吉澤 被災地であるがゆえに縛られている、ということですよ。首長や議員と同様、福島の先生も委縮しているんです。

飛田 私も、県内のある学校の先生から講演を依頼されたことがありますが、どうやら上司に止められたようで、結局、中止になったことがあります。ただ、そんな中でも県内では2つの学校で講演する機会をいただきました。子どもたちは私の話を真剣に聞いていましたよ。

 ――子どもたちは、そういう場さえあれば、しっかり聞いて理解するということですね。

飛田 一方からの情報だけではなく、こういう見方もあるのだという事実を、私は写真を通して伝えています。大人が「この出来事の答えはこうだ」と一方的に教えるのではなく、子どもたちが自身の見方で多面的にとらえられる環境を作ってあげることが大事だと思います。

原発事故は終わっていない

 ――学校の先生はまさに20~40代が多い。そういう人たちが萎縮せずに行動できればいいですよね。その点、ここにいる皆さんは素晴らしい行動力をお持ちですが、その原動力は何ですか。

吉澤 浪江町は原発事故当時の風向きで放射能が激しく降り注ぎ、元の状態に戻るのは難しい。いま、町内では住宅解体工事が延々と続いています。どんどん更地になっているんです。その光景を見ると、何とも言えない気持ちになります。復興と言ったって、結局、人が戻らなければ復興とは言えない。私は学生運動の時代を生きた人間です。そのときの経験があるから、相変わらず宣伝カーを出して、そういう辛い現実を伝えたいと行動しているだけです。体が元気なうちは続けたい。

飛田 2012年8月に、原発事故で避難した小学2年生の女の子から「わたし、大きくなったらお嫁さんに行けますか」と聞かれたことがありました。その言葉が私の心にグサッと刺さったんです。将来にわたりリスクを背負っていかなければならない子どもたちのために、自分にできることは何か、そう自問自答しながらカメラのシャッターを切り続けています。

伊藤 一つは反権力です。国は本当のことを言わない、だから自分で真実を見つける、それが活動の根底にあります。

 もう一つは、住民の意向をきちんと把握したうえで村づくりをすべきだという強い思いです。私は2012年に、政経東北さんと協力して飯舘村民の意向調査を大規模にやりました。私は菅野前村長に『意向調査をやるべきだ』と何度も言ったが実現しなかった。

 だったら、全くの素人だけど自分でやろうと、仲間と協力して設問を考え、約1700世帯のうち約1500世帯に配布し、回収率39・8%を達成できたのは大きな意義があったと思っています。

椎名 子どもたちを守りたい。人間の命を育む食を守りたい。それを原発事故や処理水の海洋放出によって理不尽に脅かす東電や国が許せない。私の活動の原点はそのことに尽きると思います。

 ――最後に、皆さんから一言ずついただいて座談会を締めくくりたいと思います。

吉澤 牛の世話を続けて10年になるが、いまは全国からの募金も少なくなり、東電の賠償金を取り崩しながら何とか運営しています。牛の寿命は15年とされるので、あと5年は活動を続ける必要があるだろうと考えています。

椎名 空、海、大地をきれいなまま次世代につなげたい。そんな思いで今後も活動を続けていきたいですね。

飛田 私が危惧しているのは、原発事故から10年経ち、このまま終わったことにされるんじゃないかということです。原発周辺はほとんど手つかずで、何も変わっていない、終わっていないんだという事実を写真を通して訴えていきたい。

伊藤 10年経って分かったことは、10年経ったことで新たな被害が出ているということです。私は当初から、放射能汚染からの回復は300年は無理と主張しています。その考えはいまも変わりません。300年経てば元に戻るんでしょう。そのことを伝えていきたいですね。

写真①



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