2021/4/15

LGBTQ+に理解のない企業は、優秀な人材を逃している

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 パンテーン「# PrideHair この髪が私です」
 1週間で2000万回再生を記録し、議論を巻き起こした動画を、あなたも見ただろうか。
 登場するのは、トランスジェンダーの元就活生2人。就職活動という新しいライフイベントを前に、自分を受け入れてもらえるかどうか苦悩した心の内を明かす。
 これは自分らしい髪で自分らしく生きることを応援するP&Gのパンテーン「#PrideHair」プロジェクトからの私たち一人ひとりへの問いかけだ。
 LGBTQ+に限らず、すべての人が多様な「個」を認め合い、その能力がもっとも発揮される職場、社会をつくり出していくためには何が必要か。
 もし、あなたが動画に登場する2人の同僚や上司ならば、どうすればいいのか。
 経営のプロであり、ダイバーシティ&インクルージョンを積極的に推進してきたリンクトイン日本代表の村上臣氏に、誰もが自分らしく働ける社会をつくり出すために必要な視点を聞く。

田中さんと働いたことがありますか?

──ある調査では、LGBTQ+に該当する人は13人に1人いると言われています(認定NPO法人Rebitの2019年の調査による)。そう考えると、ほとんどの職場で一緒に働いているはずなのに、動画で描かれたように苦悩する当事者がいるのはなぜなのでしょうか。
村上 誰しも進んで他人を傷つけたいとは思っていません。でも、なぜ理解が進まないのか。
 それは、自分ごととして考えられていないからだと思います。
 この話をするとき、私はよく、「あなたは田中さんや佐藤さんと働いたことありますか?」と聞きます。
 ほとんどの人は、「もちろん」と答える。
 そこで、「じゃあ、確実にLGBTQ+の方とも一緒に働いたことがありますね」と言うと、みんな「えっ?!」って顔をするんです。
 実はLGBTQ+当事者の方は、日本中の田中さん・佐藤さん・鈴木さん・高橋さんを合わせた数よりたくさんいます。
 でも、今はまだ自身がLGBTQ+であることを周囲に伝えていない人が多い。だからみんな、その存在を知ることがない。
 より正確に言うならば、職場に安心して伝えられる環境がないからあえて言わないんですよね。
 パンテーンの「#PrideHair」プロジェクトが大きな反響を呼んだのは、LGBTQ+の存在が自分ごとになった方が多かったからだと思います。
 元就活生の動画を見た人が、自分らしさや個性の尊重の課題を、当事者として考えられるようになった。
 想像と現実のギャップを埋められるのは、「対話」です。
 その意味で、「#PrideHair」プロジェクトの社会的意義は非常に大きいと私は感じています。
パンテーンは2018年より、ブランドメッセージ「#HairWeGo さあ、この髪でいこう。」のもと、一人ひとりの個性について考えるきっかけづくりを実施。2020年秋からは、自分らしい髪で自分らしく生きることを応援する「#PrideHair」プロジェクトを展開する

LGBTQ+に理解のない企業は優秀な人材を逃す

──村上さんはヤフー時代からダイバーシティ推進にたずさわっていたそうですね。
 きっかけは、採用面接においてLGBTQ+当事者であるとカミングアウトする候補者が現れたことでした。
 「#PrideHair」の動画内でも吐露されていたように、当事者の方は「トランスジェンダーであることを公表すると内定をもらえないかもしれない」など大きな不安を抱えながらも、これから働く企業に対し、自己を偽らず誠実に向き合いたいと考えている。
 一方で企業としては、そこで適切な対応ができないと「ここでは安心して働けない」とみなされ、優秀な人材を逃してしまう。
 対応にがっかりしたほとんどの候補者は黙って去るだけで、対応のまずさを指摘してはくれません。そうなると、企業側は問題に気づくことすらできない。
 企業にとっては大きな打撃です。早急に対策を打つべきだと、危機感を覚えました。
──どんな取り組みをされたのですか。
 まずは、当事者の意見を傾聴することから始めました。
 社内のオープンリーゲイの方を中心に声をかけたら、すぐに20〜30人の当事者グループができました。
 彼ら彼女らと対話を重ね、具体的に何に傷ついたり困ったりしているかを教えてもらいました。
(istock/daruma46)

当事者の声から見えてきた現実

──当事者のみなさんはどんなことに悩んでいたのでしょうか。
 たとえば、社内制度の恩恵を受けられないことです。
 慶弔祝い金や介護休暇の制度は法定婚を前提としていて、同性パートナーシップは対象外でした。
 ほかにも、二次会でキャバクラに連れて行かれて苦痛だった。「恋バナ」を振られたときに備えてパートナーの男性を女性に置き換えた“仮想彼女”をつくり、そのプロフィールをスラスラ言えるように準備している、という話も聞きました。
──そんなことまで。
 彼らの悩みを聞いて、私は泣けてくるほどショックを受けました。
「同じ職場で働く仲間がこんな不利益を被り、窮屈な思いをしているなんておかしい。なんとかしなければ」と思い、行動を起こすことにしたのです。
 社内で「レインボープロジェクト」を立ち上げ、私が自らが講師となって役員に研修を行い、企業として「東京レインボーパレード」への協賛やパレードへの参加もしました。
 私個人も、オフィスのデスクに小さなレインボーフラッグを掲げて。
 とにかくあらゆる機会をつかって社員に気づきを得てもらおうと思っていました。
 傾聴の結果をもとに、社内規定の変更も実施。法定婚を前提としていた制度を、同性パートナーシップや事実婚も対象となるように変えました。
(istock/Circle Creative Studio)

誰もが組織の一員として輝ける職場に

──働きやすさが、大きく変わりますね。現在、村上さんが日本代表を務めるリンクトインでは、LGBTQ+をどうとらえていますか。
 リンクトインでは、LGBTQ+も数ある多様性の一つとして考えています。
 日常的にさまざまな国のチームと一緒に働きますし、LGBTQ+の人もたくさんいます。
 海外の男性社員が自分のパートナーのことを「He」と呼んでも、「ああ、そうなんだ」と思うだけ。
 普段、特別に意識することはありません。
──ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が、日常になっている。
 そうです。ただ、そんな環境であっても、私も含む経営陣は定期的に研修を受けますし、全社員が受講を義務付けられているトレーニングもあります。
 心理的安全性が企業の業績を上げることについては、科学的裏付けがすでにいくつも出ています。
 そうした背景もあって、リンクトインでは「Diversity, Inclusion & Belonging」を経営戦略のど真ん中に置いています。
 さまざまな人が同じ職場で、安心して気持ちよく楽しく働くためには、多様性(Diversity)や一体感(Inclusion)に加え、「安心していられる場所(Belonging)」も重要です。
 自分が組織の大切な一員であると実感できない環境では、存分にパフォーマンスを発揮することはできないでしょう。

意思決定の場に多様性を

──企業のD&Iが進むと、経営目線では何が変わりますか。
 経営としては意思決定の質が確実に変わります。
 日本の人口比率は、男女ほぼ半々。それなのに現在の日本企業の意思決定層の9割以上が男性です。
 これで質の高い意思決定ができるはずがありません。
 現実世界でビジネスをするのなら、まず企業の意思決定層も現実世界の多様性に合わせるべきです。
 多様なバックグラウンドを持つ人が意思決定のプロセスに入れば、その質は確実に向上します。
 意思決定の質が上がれば、業績も上がる。業績が上がれば、社員の給料だって上がります。
 企業がダイバーシティを経営のど真ん中に据えるべき理由は、実はとてもシンプルだと思いませんか。

経営者が本気の姿勢を見せられるか

──では、LGBTQ+の理解に取り組もうとする経営者は何から始めたらいいのでしょうか。
 まずは「傾聴」です。安全性の高い場を社内につくり、そこに当事者を集めて彼らの声を聞いてほしい。
 それに対して、経営者は個人として真剣にコミットする必要があります。
「うちの会社は、LGBTQ+の人たちの悩みにもしっかり向き合って職場環境を改善していく。ぜひ話を聞かせてほしい」と、“本気で”聴くのです。
 社内だけでなく社外でも、もちろん採用の場面でも。ありとあらゆるタイミングで、LGBTQ+支援に向き合っていることを言い続けてほしいですね。
 外の会合で空気を読み、発言を「わきまえる」ようでは本気とは言えません。
 経営者が、経営の一環としてLGBTQ+に向き合っていることを示し続けることが重要です。
 経営者や管理職の方々に伝えたいのは、これからは社員に対する「思いやり」が大事だということです。
 同情や共感からもう一歩進んで、ぜひ思いやりというアクションを取ってほしい。
 思いやりとは、相手の抱えているハードルに共感して、そのハードルをいっしょに乗り越えるために自分に何ができるかを考え、「行動すること」だと私は思います。
 これはLGBTQ+をはじめ、すべてのD&Iの施策において重要なポイントと言えます。

スタートはマイナス、まず平等な環境を

──経営者が本気度を示し、思いやりのアクションにつなげていく。そうして社内にアライ(LGBTQ+の人たちを理解し、支援する人)が増えていくのですね。
 そうですね。社内でアライを増やすポイントは、経営者が社内に対してLGBTQ+の課題へのコミットメントを表明することです。
 LGBTQ+支援は特定の社員への「特別扱い」ではなく、同じ職場で働くすべての人に関係があること。
 誰もが安心して働ける環境が実現すれば業績が上がり、結果として給料も上がることを伝えてほしいと思います。
 LGBTQ+の人たちへの配慮を「特別扱い」や「逆差別」と受け取る人もいますから、ここはしっかりと言い続けてほしい。
 もし同じ職場で共に働く仲間が同じスタートラインに立てていないのであれば、いわゆる下駄を履かせるのは特別なことではありません。
 その理由が生まれつきのものや、歴史的な背景といった当事者の力の及ばないことであればなおさらです。
 全員のスタートラインが同じになってはじめて、平等は機能します。
 スタートラインが人それぞれ違うのであれば、合理的な配慮があってしかるべきです。
 残念ながら日本のLGBTQ+が置かれた環境は、マイナスからのスタートです。下駄を履かせてようやくスタートラインが同じになる。
 同じ会社の人が全員、同じ条件で働けるにはどうすればいいのか。それを真剣に考えるのが経営者の役割だと思います。

「品性」スイッチを切らさない

──ただ、正直、さまざまな意見に触れ知識が増えるほど、何がよくて何がダメなのか、混乱することがあります。先ほどの「恋バナ」の話もまさに。個人の言動で意識すべき点はありますか。
 私は、3つのポイントを心がければいいと思います。
 1つ目は「品性」です。「知性」とは何を言うか、「品性」とは何を言わないかです。
 生きていれば、自分と異なる意見や理解できない事柄はあるでしょう。どう思うか、その思想自体は自由です。
 しかし、それを口に出すかどうかは別問題。他人を傷つける可能性があることは言うべきではない。それが品性です。
 さまざまな人が一緒に働く職場では、品性のスイッチを常にONにすべきです。
 品性と高い見識をもち、いかにすぐれたビジネスを展開していくか。
 それが令和の時代の経営者やビジネスパーソンのあり方だと思います。
 2つ目は、「無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」を取り払うこと。
 無意識の思い込みとは、「家事や育児は女性の仕事」「結婚は異性同士でするもの」のような偏った物の見方、考え方をいいます。
 バイアスのかかった状態で傾聴をしても、相手の悩みを理解することはできません。
 たとえば、異性愛だけを前提に話をしていると、LGBTQ+の人を傷つけてしまう可能性があります。
 今、リンクトインでは「無意識の思い込み」に気づくためのe-Learningプログラムを無料公開しており、誰でも視聴することができます。
 難しい内容ではありませんので、ぜひご自身のバイアスの有無のチェックに役立てていただきたいと思います。

「対話」が社会を変えていく

 そして3つ目は、対話すること。
 同じ職場の同僚や仲のいい人同士で、まずは話してみてほしい。
 パンテーンの動画をもとに、「あれってどう思う?」と身近な信頼できる人と自由に語り合うのもいいですね。
 私の好きなリンクトインのバリューに、「Be open, honest, and constructive」という言葉があります。
 偏見を取り払ってオープンに、正直に、建設的に議論できる環境がもっと日本社会には必要です。
 はじめからすべてを理解できている人はいないし、誰しも間違うことはある。
 しかし、その発言がおかしいと思ったり、傷ついたりしたときに、「それはアウトですよ!」と気軽に言うことができる。言われた人も、「え、ダメなの? なんで?」と対話して、学ぶことができる。そんな環境が理想です。
 パンテーンの動画内では、採用を決めた企業から「トランスジェンダーの社員ははじめてなので、一緒に頑張っていきたい」と声をかけられたエピソードがありますが、まさにこれも対話の姿勢です。
 そうして社会のいろいろなところで対話や議論が起こると、どこかのタイミングで社会全体がオセロを一気にひっくり返すように変わる瞬間が必ず来る。
 私はそれを心待ちにしているし、その時を少しでも早めたいんです。
 20年前と比べたら、日本のLGBTQ+を取り巻く状況は大きく変わりました。
 あの頃、東京レインボープライドに10万人単位の人が参加するとは想像もしませんでしたから。
 だから、あともう一押し。
 誰ひとり取り残さず、自分らしく働ける社会をつくるために、私からも建設的な対話をたくさん起こしていきたいと思っています。