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政府が進めている給与のデジタル払い(スマホ決済アプリへの直接入金)は止めるべき理由

久保田博幸金融アナリスト
(提供:TKM/イメージマート)

 内閣府は5日、規制改革推進会議の作業部会を開き、給与をスマートフォンの決済アプリに直接入金する「デジタル払い」について議論した。厚生労働省は会合で、2021年度のできるだけ早期に制度化を目指すと表明。この問題を議論している労働政策審議会分科会の次回会合で具体的な制度案を示す方針を明らかにした(5日付時事通信)。

 銀行口座を介さない給与のデジタル払いは、政府の成長戦略で2020年度中の実現を目指すとしていた。この政府の方針に則り、「デジタル払い」を具体化しようとしているが、本当にそれは望まれているのであろうか。

 時事によると、連合など労働界は、スマホ決済アプリの安全性に対する懸念から、解禁を急ぐ政府方針に反発している。当然であろう。スマホ決済アプリは乱立し、その一部では、不正利用された事件などが発生している。連合は決済事業者が経営破綻した場合の顧客保護なども問題視している。

 問題となるのはそれだけではあるまい。

 たしかにスマホ決済アプリに直接、入金されるのはありがたい人はいよう。さらにコロナ禍にあってできるだけ現金に触れたくない人も多いかもしれない。

 しかし、給与をすべてスマホ決済アプリに入金してほしいというニーズはどれだけあろうか。スマホ決済アプリの安全性を考慮すれば、現状は銀行口座の方が安心できるはずで、それなりの額の金額をそのままスマホ決済アプリに置きたい人はどれだけいるのか。

 そもそも銀行口座に給与が振り込まれることで、公共料金や携帯の料金、クレジットカードや住宅ローンなどの引き落としをその口座で行っている人は多いはずである。コロナ禍でカード引き落としはますます増えている。

 給与を現金で受け取っている人は限られていると思われ、銀行口座を持たない人に向けた措置であることも当然考えづらい。

 全部ではなく給与の一部、たとえば毎月5万円をスマホ決済アプリに振り込み、残りは銀行口座で、などという選択肢もあるかもしれない。しかしそれは企業の人事などの担当者からすれば、それぞれで勝手にやってくれとなろう。社員それぞれが使うスマホ決済アプリはまちまちであろうし、口座を確認し入金手続きをするだけでもかなりの手間となる。

 給与を振り込むのではなく、もっと容易に安く、銀行口座にある資金をスマホ決済アプリに入金できるような仕組みを整える方が先決ではなかろうか。

 政府は果たしてデジタル払いを使う側の利便性やメリット、その反対側にある煩雑性やデメリットをしっかり意識して、これを提言しているのであろうか。

 デジタル化やキャッシュレス化を進めたいとの政府の意向もわからないではないが、もっと現場の声を聞いた上でこういったものは進めるべきである。振込先の選択肢を増やすという意図もあるのかもしれないが、この「デジタル払い」についてはデメリットがメリットを上回ると思われ、促進すべきとは思えない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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