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毎秒1000コマで動く!前例のない「高速知能システム」誕生

毎秒1000コマで動く!前例のない「高速知能システム」誕生

モノの質感を瞬時に変える(東大提供)

毎秒1000コマの速さで動く、前例のない「高速知能システム」が実現しようとしている。3次元スキャナーやスポーツのリアルタイム訓練支援、移動しながらインフラを点検する車両システムなどで、高速画像処理技術を持つ東京大学の石川正俊特任教授らのグループが、科学技術振興機構(JST)の「ACCELプログラム」で5年間研究した成果だ。従来のロボットの概念を超えた新しい知能システムの誕生が世界を変えるかもしれない。(藤木信穂)

高速性が武器

高速画像処理の研究で注目される石川特任教授のグループは、「高速性」を武器にこれまで多くのシステムを発表してきた。

勝率100%のじゃんけんロボットや、毎分250ページの高速で本をスキャンする装置などが有名で、動画共有サイト「ユーチューブ」に投稿した研究動画は海外からの反響も大きい。

かつて画像処理と言えば、人間の目の認識スピードと同じ毎秒30コマ程度の速さがその基準だった。人間がこれ以上の速さには反応できないからだが、「機械の目」で見るとこれでは遅すぎる。

例えば、現在の人工知能(AI)は、ディープラーニング(深層学習)など新しいアルゴリズムを使った高機能化の研究がその潮流になっている。しかし、「高機能なものを高速化するのはかなり困難だが、逆に高速に動けば機能は後からでも高められる」と石川特任教授はいう。

人間の知能や動作をまねるのがAIや知能ロボットではない。未来の知能システムは、人間の能力をはるかに超えた“機械の時間軸”で動くようにすべきだと石川特任教授は指摘する。「虎に遭遇したら、私たちのロボットはそれを認識する前にサッと逃げる。一方、普通のロボットはそれが『何であるか』をのんびりと認識している間に食われてしまう」。認識にかかる時間の違いは、こんな比喩で語られるほど大きな差を生み出す。

3次元形状復元 スポーツ支援にも

ACCELプログラムで開発した高速3次元スキャナーは、物体の3次元形状の情報を取り込む装置だ。既存の装置がかなり大型なのに対し、携帯可能にしたことで、3次元形状の高速な復元や手軽なデジタルアーカイブに道を開く。将来は腕時計型にして装着することも可能だろう。

手のひらに収まるサイズ感で、高速ビジョンチップを搭載した高速カメラを2台、小型パターンプロジェクターを1台組み込んで構成した。開発者の田畑智志特任助教は「装置を手に持って自然に動かすだけで、物体の全形を即時にスキャンできる」と話す。将来、カメラのように3次元プリントが簡単にできるかもしれない。

スポーツ支援としては、サッカーやバレーボールなどの球技スポーツを想定し、動く球体に貼り付くように映像を投影するプロジェクションマッピングシステムを開発した。ゴルフのトレーニング向けに、安定したショットが打てる「スイング平面」をリアルタイムに床面に投影するシステムなども作った。

時速100キロメートルで高速道路を走行しながらひび割れなどの劣化箇所を検出する車両システムは、1月に第4回「インフラメンテナンス大賞」の国土交通大臣賞を受賞した。中日本高速道路(NEXCO中日本)との共同研究で実用化を急ぐ。

そのほか、物体の色や素材、光沢感といった「質感」を自在に操る技術なども開発した。動くモノに瞬時に映像を投影すると、その材質があたかも変化したかのように見える。「人間が気づかない速さでモノの見た目を制御すれば、人間にとってはそれが“真実”になる」(宮下令央特任講師)。世界を一瞬で塗り替えることも夢ではなさそうだ。

ライン高速化、製造業も変化 日本回帰促進

「高速化」は、これまでとはまったく異なる応用を生み出す。例えば自動車やロボットで言えば、毎秒30コマのビデオレートの処理の場合は、取得したデータのフィードバックが間に合わないだけでなく、そもそも計測自体が難しい。工場でもその速さなら検査のたびにラインを止めなくてはならないが、高速で動く物体を計測できるようになればこうした問題は解決する。

「機械にとっての限界の速さで動く、日本発の知能ロボットを世界に広めるのが夢」と語る石川特任教授。高速化の導入によって、日本は工場の生産ラインやロボット、自動車などの得意分野で世界を追い越せると確信する。今後は高機能化や低コスト化を進めつつ、社会で活用するステージの技術開発へと軸足を移す。

将来、ラインなどの高速化が実現し、自動化率が100%に近づけば、社会は一変する。人間による労働が不要になり、工場は過疎地に作られる。グローバルに見れば、労賃に左右されなくなることから、製造拠点の日本回帰が進むだろう。その結果、「技術流出やサプライチェーン(供給網)の寸断といった多くの問題が解消され、日本の製造業の競争力を向上できる」と石川特任教授はみる。

日刊工業新聞2021年4月1日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
石川研究室とソニーが共同で開発し、2017年の半導体の国際会議(米ISSCC)で発表したCMOSイメージャは記憶に新しい。高速で画像処理できる積層型の小型チップは当時大きな反響を呼んだ。もっとも画像処理の高速化だけでは知能システムは完成しない。並列コンピューター、アクチュエーター、表示用ディスプレーなど周辺部品も併せて高速化したことで、石川さんが30年前に思い描いた世界がようやく目前に広がりつつある。

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