2021/4/22

存続危機を好機に、「ポスト東京五輪」を見据えた新リーグ

スポーツライター
開幕が3ヶ月に迫る東京五輪は、果たして開催されるのか。
その可否に世間の注目が集まるなか、早くも「ポスト東京五輪」を睨んで動き出した競技団体がある。女子ソフトボールだ。
3大会ぶりに実施される東京五輪では金メダルの期待がかかる一方、次回のパリ五輪では実施競技から除外されることが決定。IOC(国際オリンピック委員会)はスケボーやサーフィン、BMXなど若者に人気の競技を積極的に採用、今後はバーチャルスポーツも検討されるなど、ソフトボールにとって五輪復活は容易な道ではない。
新しく開幕する日本女子ソフトボールリーグ。左から理事の古田敦也氏、代表理事兼チェアマンの島田利正氏、理事の菊間千乃氏。

これまでと違う実業団の「プロ化」

「確かに危機だと思います。でも、いつまでも危機と思っているのではなく、これをチャンスと捉えたほうがいい」
来年から新リーグを発足させる、日本女子ソフトボールリーグ機構の島田利正チェアマンは3月17日の会見でそう話した。1968年に始まったリーグが新たに見据えるのは、“オリンピックに依存しない体制づくり”だ。
キーワードは「企業スポーツ×プロリーグ×地域」──。
打ち出した新体制について、島田チェアマンが説明する。
「プロ化ではありません。選手、チームは今まで通り実業団スポーツとして成り立っていきます。我々の事務局が“プロ”に徹するということです」
企業がスポーツチームを持ち、社員の士気高揚や福利厚生のために運営する実業団という形は日本独特のものだ。とりわけ戦後の高度成長期、社会人野球などで盛んになり、都市対抗野球で勝ち進めば「株価が上がる」と言われたこともある。
しかしバブル崩壊後、各競技で名門の廃部や休部が相次いだ。収益を生まず、余計な経費がかかると見なされたのだ。ちなみに年間運営費は社会人野球が数億円、ラグビーは10億円を超える場合もある。
国内競技連盟=NFを中心としたスポーツ団体は、その中にリーグを作り、主に競技の普及・振興を目的に運営されてきた。NFは国内オリンピック委員会(NOC)の担当範囲であるためオリンピックへの比重が高いという特徴がある。また、公益・社団法人として活動するため収益活動はできても利益追求はしづらい。そこで、NFの外にリーグを作り、共同で運営する(バレーボールの日本リーグ→Vリーグなど)、リーグそのものを株式会社化する(プレミアリーグ)などして、収益性を高めようとしてきた側面がある。
一方、スポーツチームをコストセンターと捉えず、運営を続ける企業も決して少なくない。
例えばソフトボールの女子リーグでは現在、トヨタ自動車やホンダ、日立、ビックカメラなど日本を代表する企業が1部に参戦している。
企業がチームを保有し続ける理由は、何らかの価値を見出しているからだ。そこで来年始まる女子ソフトの新リーグでは、各企業の支援体制は継続しつつ、プラスアルファを加えて未来の繁栄を目指すことにした。リーグの“プロ”化だ。
その推進役として招聘されたのが、島田チェアマンだった。
「何かを変えるときには大変なエネルギーがいります。ソフトボールのトップの方々が五輪から外れた後の危機感を持っているということは、もしかしたら改革を進められるのではと引き受けました」
島田チェアマンはプロ野球の日本ハム時代に本拠地の北海道移転に尽力し、球団代表を務めた人物だ。侍ジャパンの事業にも携わり、豊富な国際経験を備えている。

見る競技としてのソフトボール

一方、2008年の北京五輪を最後にソフトボールが実施競技から除外されると、日本ソフトボール協会は2014年に女子リーグ活性化プロジェクトを立ち上げた。そうして見据えたのが「ポスト東京五輪」だ。
2019年末に変革へのグランドデザインができ上がり、2020年9月に日本女子ソフトボールリーグ機構の一般社団法人としての登記が完了。リーグを“プロ”化する準備が整った。
今後の変化について、島田チェアマンが語る。
「そもそも女子ソフトボールリーグは収益を上げるための体制ではありませんでした。それができるように一般社団法人を設立し、今はスピード感を持って判断できる形になっています。収益を上げる仕組みをつくり、原資を生み出すことによってリーグをプロモーションできると思っています」
オリンピックの存在は、各競技団体にとって極めて大きい。最たる一つが「お金」だ。IOCから降りてくる資金で活動費の50%近くをまかなっているIF(国際競技団体)も少なくない。
逆に言えば、オリンピック競技として採用されていれば、各団体は存続できるという側面もある。JOC(日本オリンピック委員会)からもらえる補助金額はメダルの数が評点化されて決まることもあり、強化ばかりに力を注いできた組織は少なくない。日本ソフトボール協会の三宅豊会長は前述の会見でこう話した。
「我々は“競技をする”というところに目がいき、(ファンが)“見るという部分”をなかなかできていませんでした。スタンドがある球場で試合をできていなかったという現実もあります」
五輪競技から外れるデメリットは、普及機会が失われるという面でも大きい。日の丸をつけて戦う国際舞台は、何よりのアピールの場だ。サッカーや陸上、水泳の場合、ワールドカップや世界選手権でも多くの注目を集めるのに対し、“マイナー”とされる競技は必ずしも同様の舞台で脚光を浴びるわけではない。
それがオリンピックになれば、一気に国民的行事と化す。表彰台に上がれば誰もが知るヒーローとなり、彼・彼女らに憧れた子どもたちが競技を始め、未来にバトンがつながれていく。
そうした意味でソフトボールは五輪からの除外に危機感を抱き、新リーグ設立に打って出ることにした。島田チェアマンが説明する。
「競技をする子どもたちがいなくなることが我々の危機感です。そこに手を打つためには原資が必要。リーグとして演出をし、ファンを増やしたい。そのために魅力あるリーグをつくり、競技人口を増やしたい。今までオリンピック・パラリンピックに頼ってきたのが、それに頼らなくてもやっていけるように魅力あるリーグをつくる。それが危機への対処法だと思っています」
公的補助金に頼らずリーグを運営するには、独自事業による収益比率を大きくしていく必要がある。そんな中で新ソフトボールリーグは、「実業団スポーツ」としてのメリットを生かし、大規模団体でなくても稼げる新しいアプローチを模索する。

プロ野球選手が衝撃を受ける競技力

現状、決して日の当たる競技と言えないソフトボールだが、ポテンシャルは秘めている。その一つが競技人口だ。女子より男子のほうが多く、全国に数百万人いると推計されている。子どもの頃、ソフトボールを楽しんだことがある者は多くいるはずだ。
加えて、日本女子リーグはすでに世界トップレベルにある。日本代表の面々だけでなく、例えばアメリカの看板投手モニカ・アボットはトヨタ自動車でプレーしている。その裏にあるのが企業の支援だ。
元ヤクルトの捕手で、日本女子ソフトボールリーグ機構の理事に就任した古田敦也氏は魅力についてこう語る。
「上野さんを含めて代表クラスのピッチャーと何度も対戦しましたけど、本当に打てません。良くても、かするくらいです。『体感では160km/hある』と言った野球選手もいましたが、その球を打ち返す女子選手がいることに驚きました。内野の守備も本当にうまいし、スピード感もあって、見る立場になっても非常に面白い。野球とは似て非なる競技で、奥深さをすごく感じます」
競技に魅力があっても、これまでは伝え切れていなかった。そこでスポーツビジネスの”プロ”が事務局に入り、運営面を担い、社会に対してソフトボールの価値を発信していく。
その上で重視するのが「地域」だ。地域創生におけるスポーツの可能性は、すでにJリーグやBリーグによって証明されている。ソフトボールでも選手が地元市民と直接交流しながら競技の面白さを体験してもらい、コミュニティが活性化されていけば、ファンが増え、競技の価値が高まるという好循環を生み出せるはずだ。
以上の点を踏まえ、「企業スポーツ×プロリーグ×地域」という道を選んだと島田チェマンは説明する。
「選手やチームは企業スポーツのままで、我々が運営し、さらにスポンサーや地域、ステイクホルダーと関わり合うことによって、今までにない企業スポーツの形ができるのではと思っています。方向性としては、企業スポーツの新しい完成形になるかもしれません」
オリンピック競技から除外される危機を乗り越え、どうすれば社会の中で価値を生み出していけるか。ソフトボールが始めるチャレンジは、大袈裟に言えば、日本スポーツ全体の未来を占うものになる。