和田崇彦

[東京 31日 ロイター] - 日銀が打ち出した貸出促進付利制度について、地方銀行からは、日銀の狙いとは裏腹に高い付利であっても融資を増やすのは難しいとの声が上がっている。

逆に、新制度によって、マイナス金利の深掘りが現実味を帯びてきた、として身構える関係者もいる。市場では、短期政策金利がマイナス0.2%に引き下げられた場合、銀行業界全体で2000億円の利益を失うとの試算が出ている。

<自信示す黒田総裁>

この制度は、マイナス金利のもとで金融機関の貸出を促進することにより金融緩和の効果をより浸透させるものだ――。黒田東彦総裁は30日の講演で、貸出促進付利制度の意義をこう強調した。追加緩和で長短金利を引き下げる場合には各資金供給オペの付利金利を引き上げ、金融機関の貸出がさらに促進されることを狙う。黒田総裁は、こうした対応で「追加緩和の効果が補完される」と語った。

貸出促進付利制度では、これまでに日銀が打ち出してきた各種の資金供給オペをプラス0.2%の付利、プラス0.1%の付利、付利ゼロの3段階に分ける。全てのカテゴリーで資金供給の残高増加額の2倍額が日銀当座預金のマクロ加算残高に追加されるため、付利ゼロのオペにもインセンティブは付く。

資金供給オペごとの制度趣旨を残しつつも、金融機関へのインセンティブ付けをその時々の政策の主眼にひも付けることを可能にし、ばらばらに扱われてきた資金供給オペを一元的に管理する仕組みができたことになる。

日銀は今後、新たに資金供給オペを打ち出す場合には、付利をどうするかも同時に検討する見通しだ。

<苦しむ中小企業、プロパー融資は積極化できず>

地銀では、貸出促進付利制度について「インセンティブをいただけるのはありがたい」(地銀幹部)との声が出ている。しかし、最上位のインセンティブとしてプラス0.2%の付利が与えられることになったコロナオペのプロパー融資分については、インセンティブが手厚くなったからと言って、増やすことは難しいとの声が目立っている。

日銀の黒田総裁は、コロナオペのプロパー部分を最上位にしたことについて「金融機関が中小企業等に対して、自らリスクを負って行っている感染症対応融資をいっそう積極的に後押ししようという狙いだ」と解説した。

信用保証付きの無利子無担保融資が3月末で申請期限切れとなるほか、日本政策金融公庫などによる無利子無担保融資の申請期限も今年前半までとなっていることを踏まえ、金融機関が先行き自前の融資を積極化するとの読みも、高いインセンティブの背景にあるようだ。

しかし、資金繰りが厳しい事業者にとって「使い勝手」がいいのは無利子無担保融資だ。ある地銀幹部は「コロナの感染第4波への警戒感が高まる中で、飲食店や宿泊業の業況は引き続き非常に厳しい。融資がまさに赤字補填(ほてん)の役目をしているので、将来の利払い負担が生じる融資を銀行としても勧めるわけにはいかない」と話す。

一方で、「財務基盤が毀損(きそん)した中小企業には、政策金融公庫を通じて資本性資金を入れて財務基盤を強固にしてからでないとプロパー融資は難しい」(別の地銀幹部)との声も出ている。自前融資は貸し倒れリスクを銀行が負うことになるためだ。

<打撃大きいマイナス金利深掘り>

日銀は政策点検に当たり、経済が悪化しても市場でマイナス金利の深掘り観測が高まらない現状の打破を目指した。長短金利の引き下げを重要な追加緩和のツールの1つとし、貸出促進付利制度の導入で必要と判断すれば機動的にマイナス金利の深掘りに踏み切る姿勢を鮮明にした。声明では、マイナス金利深掘り時に同制度を使った金融機関へのインセンティブがどうなるかを示し、「本気度」をアピールした。

SMBC日興証券の佐藤雅彦アナリストは、短期政策金利をマイナス0.2%に深掘りした場合に大手行・地銀含めた銀行全体が失う利益は約2000億円に上ると試算。

これに対して、今回の新制度の下、コロナオペの付利が0.1%ポイント上乗せされても、2月末の残高56兆円に対して銀行が追加で受け取る付利は560億円に過ぎず、失う利益の約4分の1しか戻ってこないことになる。

それでも、佐藤氏は「マイナス金利の深掘り時に銀行が十分な『自衛』をしたければ、社債などの適格担保を多く調達して、コロナオペ残高を増強しておく必要がある」と指摘する。

国内景気がコロナの不確実性を残しながらも戻り基調にあることや、外国為替市場でドル/円が110円台という円安水準で推移していることもあり、市場では近い将来のマイナス金利の深掘りは考えにくいとの見方が多い。

しかし、低金利環境にあえぐ地銀からは、新制度の導入でマイナス金利深掘りの現実味が増したことに悲痛な声が上がる。ある地銀の幹部は「マイナス金利の深掘りは怖い。それだけはやめてほしい」と厳しい表情を浮かべる。

(和田崇彦 取材協力:木原麗花 編集 橋本浩)