新機能「Slack コネクト」は、本当に仕事にとって“便利”なものになるのか

業務用のチャットツールとして人気のSlackに、外部のユーザーともダイレクトメッセージをやりとりできる機能「Slack コネクト」が実装された。仕事との接点をますます増やすことになる新機能は、どこまで人々にとって“便利”なものになるのだろうか?
Slack Connect
IMAGE BY SLACK

仕事仲間とのチャットを一気に普及させ、セールスフォースに277億ドル(約3兆円)で買収された「Slack」を運営するスラック・テクノジーズが、ある大胆なプランを2020年10月に発表した。誰でも社外からSlackのDM(ダイレクトメッセージ)を送信できる新機能を近いうちに追加する、という内容である。

「Slack コネクト」と呼ばれるこの新機能は、この数カ月かけてSlackのクライアントの一部に段階的に提供されてきた。そして3月24日(米国時間)、ついに正式発表されたのだ。

インターネットのユーザーたち(要するにTwitterのユーザーや関係者、さらにはTwitterを利用しているメディア関係者)は、この機能に強い感情を抱いている。つまり、この機能を嫌っているのだ。あるいは少なくとも、その発想そのものを嫌っている。

ここで発想という言葉を使ったのは、まだこの機能を利用できていない人もいるからだ。Slack コネクトを利用した人々からはセキュリティに関する重大な欠陥に関する指摘がすでにあり、Slackは修正を急いでいる。それはさておき、Slack コネクトが実際どれだけ有用なのか考えてみる価値はあるだろう。

仕事とのつながりを切らさない設計

社外とDMのやり取りができるこの新機能に対する脊髄反射的な反応は、なぜ起きているのだろうか。そのことを理解するには、まずSlackの社内利用の仕組みについて少し知っておく必要がある。

Slackの誕生秘話については、いまや語り尽くされた感がある。ゲーム会社として失敗したスラック・テクノジーズは、コミュニケーションのプラットフォームに路線変更して大成功を収めたのだ。

Slackを介してこなす仕事とは、無限に会議室が存在するヴァーチャルオフィスを行き来するようなものである。会議室内には終わりのないおしゃべりが繰り広げられているものや、「#catchat」(説明するまでもないが、猫の写真をシェアするチャンネルだ)という名前のものまである。Slackの通知音は非常に独特で、人間がこれを再現した動画は「TikTok」で300万回以上も再生された

Slackの通知で最も多いのが、DMの新着である。つまり、仕事仲間に報告書の更新を頼んだり、今日の仕事は終わりにすると連絡したりする内容のダイレクトメッセージである。これはほぼあらゆる場面で、メールを送るより簡単で早い。多くの人が自宅で仕事をしているなか、Slackの使いやすさとスピード感は、とても重宝されてきた。

先ほど紹介したふたつ目の利用例(Slackを通じて今日の仕事は終わったと報告する)は、それ自体が矛盾をはらんでいる。Slackは文字通り、あなたと仕事のつながりを切らさないために設計されているからだ。そして今度は、Slack コネクトという新たなオプトイン機能により、Slackを使って社外からでもDMを送れるようになる。

Slackのプロダクト部門責任者であるイラン・フランクによると、Slack コネクトはすでに何らかのプロジェクトに共同で取り組んでいる企業や組織をサポートすることを主な目的として設計されたという。つながりを切らさないことは、Slackの成長戦略の重要な要素のひとつなのだ。

「スマートフォンを開く場合、友人に連絡するならFacebookかWhatsAppを立ち上げます。仕事関係の相手に連絡するなら、その人がどこで仕事をしているかにかかわらず、まずはSlackを立ち上げるはずです」と、フランクはProtocolの取材に語っている。ここで彼がSlackをソーシャルメディアに例えて説明している点は注目に値するだろう。

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今度こそメールに“終焉”が訪れる?

Slackのユーザーや有識者たちの間で、Slackは「メールキラー」と呼ばれることが多い。Slack コネクトのような機能は、メールの終焉にさらに追い打ちをかけるものであるようにも思われる。

だが、恐らくそうはならない。なぜかといえば、それはメールは素晴らしいと思うからではない(なにしろ個人的に23,000件もの未読メールを抱えている。これは謙遜を装った自慢ではなく、助けを求める叫びなのだ)。Slackのチャットとメールには根本的な違いがあるからだ。

関連記事:「Slack」はメールを“滅ぼす”わけではない:スラック・テクノロジーズCEOが語る、これからのコミュニケーション

「Ruby on Rails」の開発者で生産性ソフトウェア企業Basecampの共同創業者でもあるデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンは、これまで機会があれば同社のメールプロダクトの利点を称賛してきた。そんな彼がチャットとメールの差異化要因について、『WIRED』US版に次のように語る。

「チャットはリアルタイムで、分離型の思考に適しています。メールは非同期で、熟慮型の思考に適しています。メールはひとつのプロトコルなのです。システムを変えてもアドレス帳が失われることはありません。誰もがメールを利用しています」

Slackチャットの最大の問題は、「すでに数あるプラットフォームのひとつにすぎない」点にあると、ハイネマイヤー・ハンソンは言う。「この世界にとって最も不要なことは、ウェブ上での人間関係をひとつの企業に固定してしまう独自プロトコルが、また新たに増えることなのです」

いったい何を便利にする機能なのか?

メールはその構造上、よりじっくり考えて使うことを促すものである(パンデミックの最中においては特にそうだろう)。だが、Slackやテキストメッセージでも、じっくり考えて使うことは可能だろう。

そこでより重要になってくるのは、Slack コネクトはチャットを便利にするものなのか、そして2021年における優れたチャットアプリの条件とは何なのか、という問いである。

まず、優れたチャットアプリの特徴としておそらく最も明白なのは、プライヴァシーとセキュリティに対する隙のないアプローチだ。現時点でSlackは、エンドツーエンドの暗号化を提供していない。外部からもメッセージを送れるようになったいま、こうした機能の重要性は増しているだろう。

また、DMの送信要求に有害なメッセージを添付できるという当初の不具合もある。また残念なことに、SlackのDMがいかにプライヴェートなものに見えたとしても、雇用主はあなたのDMを読むことができる。

次に考慮すべきは、このチャットによって実際にどのようなコミュニケーションが可能になるのかということだ。Slackの滝のようなリアルタイムのアップデート、スレッド機能、プログラム可能なボット、さらにはヴァラエティー豊かな絵文字やGIF画像などは、Slackの大きな魅力であると同時に、集中を削ぐ要素にもなりうる。

マイクロソフトの「Office」が野菜だとすれば、Slackは砂糖菓子なのだ。当然ながら、砂糖菓子は必ずしもあなたの健康にとっていいものとは限らない。

元メディア研究者で、現在はニュースレター「Substack」でインターネットカルチャーについて執筆しているアン・ヘレン・ピーターソンは以前、Slackがわたしたちの仕事をLARP(ライヴアクション・ロールプレイングゲーム)化する手段になっていると指摘した。そして多くの仕事用アプリと同様に、わたしたちの仕事とプライヴェートな生活の境界線を「曖昧にする」ことにひと役買っているのだと語る。

「いまや誰もがいつでもあなたに接触できます」と、ピーターソンは語る。「知らない誰かからメッセージが送られてきたとして、わたしが何らかの理由で意図的に返信しなかった場合、その誰かはわたしの別のアカウントにメッセージを送ろうとするでしょう。こういうことが起こりうる空間をSlackがさらに増やしたとしたら、どうなるでしょうか?」

またピーターソンは、Slack コネクトがフリーランスワーカーや請負業者にとって問題になりうるとも指摘している。これらの人々には企業のSlackアカウントの一時的な利用権が与えられるかもしれないが、企業のメールアカウントを利用できるとは限らない。勤務時間外にはオフラインであるべきだが、社外Slackから通知が送られてくる状態では「勤務時間外」にはならない。

関連記事:勤務時間外に届く「仕事の通知」から生活を守るために、いま変更すべき3つの設定

こうして「仕事」は増えていく

仕事でも日常生活でも猛烈なペースでメッセージを送り合う状況をつくっている責任の一端はわたしたち、つまりアプリを利用している人々にあるということもまた事実である。

「境界線という考え方は、ばかげています。わたしたちは自分の手でそれを壊し、他人によってその境界線を壊されているのです」と、ピーターソンは指摘する。深夜に同僚にメールを送らない配慮ができる人は増えているかもしれないが、そういう人でも相手が「休止中」あるいは「退席中」にもかかわらず、Slackでちょっとしたメッセージを送ってしまうことは起こりうる。

コンピューター科学を研究している大学教授で作家でもあるカル・ニューポートが、デジタルミニマリズムやメールのない世界の素晴らしさについていくら得意げに説いたとしても、問題は変わらない。その結果として実際にメールがなくなったとしても、恐らくわたしたちは別の方法で互いの集中を邪魔しあうことになるだろう。

だが、ワークライフバランスの実現を個人に委ねることも見込み違いだと、ピーターソンは言う。企業は従業員を大量のメッセージや情報過多から守るための防御策を巡らすべきであり、テック企業は新たなコミュニケーションツールの開発を慎重に検討(あるいは再検討)する必要がある。「社外から連絡できる機能を導入すれば、人々はそれを仕方なく受け入れるでしょう。そして身を守るのは個人の責任だ、ということになります」と、ピーターソンは語る。

Slack コネクトは、外部とのコミュニケーションが仕事の中心になっている一部の人々にとっては、欠かせないツールになるかもしれない。

営業部門の人々にとっては、恐らく有益だろう。名前に「セールス」と入っている企業にスラック・テクノロジーズが買収されたこともうなずける。また、アプリの統合を多用し、社外の相手と頻繁にGoogle ドキュメントの共有やZoom会議の開催をしているようなSlackのヘヴィーユーザーにとっても、便利な機能になる可能性がある。

別の言い方をすれば、Slack コネクトはさらに仕事量を増やす上で最適なツールであろう、ということなのだ。それだけは確かである。さらに仕事が増えるのだ。

こうした“情報”についてのメッセージをあなたが見逃したとしても、別のチャンネルを通じて改めて送っておこう。だから心配は無用だ。

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TEXT BY LAUREN GOODE