秋田沖の洋上風力発電に追い風、経済波及は

佐藤仁彦
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 《洋上風力発電で地域をもっと元気に》《国内初の大規模洋上風力発電所が完成へ》

 秋田県の広報紙3・4月号の特集記事は、再生可能エネルギーが地域にもたらす恩恵をPRする。秋田港と能代港で計33基の風車を建てる工事が始まったことを紹介。県内企業が風車の部材を保管する架台の製造を受注したことにも触れた。

 「これはミサイルみたいにでかいな。どうやって運ぶんだ」。2月下旬、秋田市の秋田港で、欧州から船で運ばれてきた風車の部材がクレーンで陸揚げされる様子が公開され、見学に訪れた経済団体の役員が驚きの声を上げた。

 風車の基礎部分として、海底に打ち込まれる鉄製の杭は長さ50~79メートル。直径は約6メートルあり、地上にゴロンと寝かせてある。現場の工事事務所で風車組み立ての責任者を務める鹿島の田口浩己所長が「これはオランダ製です。日本でこれほど大きな鋼管を造れる炉を持つメーカーはありません」と話した。

 この事業は発電規模14万キロワット。商社の丸紅を中心に、県外6社と地銀を含む県内7社で構成される特別目的会社「秋田洋上風力発電」は、来年末の運転開始を目指している。国内初の大規模商用運転となる。

 年間を通じて強風が吹くことから、秋田沖は風力発電の期待を集めている。国は「能代市三種町男鹿市沖」と「由利本荘市沖(北側・南側)」を、導入を優先する促進区域に指定。すでに10事業体が国の公募に名乗りを上げており、今秋にも事業者が選ばれる。

 事業者は最大30年間、海域を占有することが認められるが、選定基準には「地域経済への波及効果」が盛り込まれている。県はこのメリットを最大限生かそうと様々な手を打つ。

 従来の陸上風力でも、風車を保守点検する仕事があり、県は技術者養成の資格取得支援や、アドバイザーの派遣をしてきた。これまで15事業所で約120人の雇用が生まれた。

 風車の部品修理をしたことがある能代電設工業(能代市)の山田倫社長は一昨年、能代市長らとともに洋上風力の先進地、ドイツデンマークを視察した。「現地を見て初めてスケールの大きさを実感した。発電設備のメンテナンスは、一過性の建設工事とは異なり、長期にわたって安定して見込める仕事の一つ。他にもビジネスチャンスがあれば逃したくない」

 今後、洋上風力の施工を多く手がけた欧州の技術者が次々と県内入りし、英語での交渉が増えると予測。英会話の研修を希望する社員を募ったところ、約30人が手を挙げた。大森建設(同市)も作業員を港から沖合に運ぶアクセス船の運航会社を設け、造船を始めた。

 県も、潜水士が風車の基礎部分や海底ケーブルを点検する仕事が増えるとみて、洋上作業の資格取得や機器開発の支援を進める。

 ただ、こうした業務による県内への経済波及効果は、全体の投資額と比べて、限定的だとみる関係者は少なくない。

 県の試算では、港湾区域を含め県内で可能性のある洋上風力発電の建設時の事業費は1兆円を超える。このうち、県内企業が受注できそうな事業規模は2600億円ほど。しかし、港湾区域内の事業で県内企業が携わるのは主に陸上工事に限られ、実際に受注できるのは総事業費の1割弱という話も聞こえてくる。

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 洋上風力発電の建設で最も直接投資の割合が高いのは、風車製造の部分だ。風車の部品は、羽根やタワー、発電機を収める「ナセル」、電力変換器など数万点に上り、産業の裾野が広い。事業規模は数千億円になる。

 能代市は、能代港周辺への部品工場誘致を目指している。風車の建設拠点ができれば、雇用創出が見込める。ところが、日立製作所などが洋上風力の機器製造から撤退した結果、いま基幹部分を製造できる国内企業は不在。欧米勢や中国勢が世界市場を独占する。

 かつて同市は独メーカーに工場誘致を働きかけ、市内に設置される風車を同社製でそろえたこともあったが、全体の事業規模が小さかったため、採算面から進出はかなわなかった。

 ただ、明るい材料も出てきた。今年に入り、東芝が洋上風力の機器生産に向け、米国ゼネラル・エレクトリック(GE)と提携交渉していることが明らかになった。

 東芝は東北電力とともに、再生可能エネルギーで発電した電気を使って水素を製造する研究拠点を福島県内に構えている。能代市でも今年度、環境省の事業で、NTTデータの子会社が風力発電で得られた電気で水を電気分解し、再生可能エネルギー由来の水素を製造する実証実験を行うなど、共通点がある。

 小野正博副市長は、水素の製造拠点も含め、東芝の進出に期待する。「能代には発電施設の維持管理に役立つ基地港湾がある。水素を使って燃料電池システムを試す取り組みもしてきた」

 菅政権は昨年秋、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を2050年までに「実質ゼロ」にすると宣言。官民協議会が昨年12月まとめた「洋上風力産業ビジョン」は、洋上風力の発電能力を40年までに最大4500万キロワットとする目標を掲げた。

 原発45基に相当する規模で、大量導入によって発電コストの低減が見込める。40年までに国内での部品調達率を60%に引き上げる政府目標も明示。補助金や税制優遇で民間の設備投資を促す。

 国策として事業が進む「追い風」を、県はどう生かすべきなのか。

 県立大の小林淳一学長(機械工学)は「発電会社にとって、風車の稼働率を高めることは利益率に直結する。だから、保守点検を請け負う側も、(さまざまなものがインターネットでつながる)IoT技術で機器をモニタリングし、どんなタイミングで、何をするのか、といった視点をもつ必要がある。こうした技術教育と人材育成を支援していくべきだ」と語る。

 洋上風力で得た電力を水素に変換して蓄え、周年農業に生かす試みも提言する。「例えば、再生可能エネルギーの地産地消によって、冬場の秋田で葉物野菜をハウス栽培する。コストが高くても付加価値のある食品を生み出すなど、もっといろんな人がお金をもらえる仕組みを考えられないか」

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 県によると、県内の再生可能エネルギーを使った発電導入量は2月15日現在、約134万キロワット。この10年で倍以上に増えた。

 導入量全体の半分近くを占めるのが陸上に置かれた風力発電で、導入量は約65万キロワット。次いで水力発電約30万キロワット、メガソーラー(大規模太陽光発電)約14万キロワット、地熱発電約13万キロワット、バイオマス発電約11万キロワットが続く。

 中でも風力発電の導入量は、10年前の5倍以上に増えるなど、伸び率が大きい。県は2016年に定めた計画で、風力を25年度末までに81・5万キロワットにまで増やす目標を公表している。

 沿岸に並ぶ風車群は、海の景観を大きく変えた。住民同意の手続きがあるわけでもなく、歓迎する人ばかりではない。

 能代市の白神ウインド合同会社(代表社員=大森建設)が渡り鳥のエサ場などに25基の風車を建てようとしている計画を巡っては、市民団体「能代山本洋上風力発電を考える会」が、風車の騒音や低周波音で住民に健康被害が発生する可能性や野鳥への悪影響を指摘し、建設反対の署名活動をしている。同社に出資するJA秋田やまもと、北都銀行などにも、事業の中止を求めている。

 国は12年から、法律で風力発電所を環境影響評価環境アセスメント)の対象事業に追加。周辺環境に与える影響を事業者が調べ、結果を公表するよう求めている。だが、国のアセスの対象外の規模を県が条例でカバーしていない点を同会は問題視。「これでは野放し状態」と訴える。

 中根慶照会長は「国は事業者に公の海域を長期間貸し出し優遇する方針だが、風車に雷が落ちたり、老朽化したりして壊れたとき、責任をもって撤去してくれるのだろうか。本当は国がそれを担保する制度を設けるべきだが、県知事も国任せにせず、どんどん意見を言っていくべきだ」と話している。佐藤仁彦

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