スエズ運河で座礁した大型船は、どうすれば“救出”できるのか? 見えてきた「困難な作業」の現実

世界最大級のコンテナ船が、海運の大動脈であるスエズ運河で座礁する事故が発生した。運河の復旧と全面的な正常化の見通しが立たないなか、船の“救出”には相当な困難が伴う可能性が浮上している。
Suez Canal
台湾の長栄集団(Evergreen Group)が運航する「エヴァーギヴン」号は世界最大級の大型船だ。サッカー場にして4つ分の長さがあり、幅はボーイング747に匹敵する。そして20万トンのコンテナが積まれているおかげで、高さは12階建てのビルに相当する。SUEZ CANAL AUTHORITY/AP/AFLO

地中海と紅海をつなぐスエズ運河を、毎日50隻ほどのが航行する。いずれも巨大な船舶ばかりだ。なにしろ、世界の海上輸送の約10%がスエズ運河を横断する。

ところが、2021年3月24日は様子が違っていた。中国からオランダのロッテルダムへ向かっていたパナマ船籍「エヴァーギヴン」号という船舶が、運河の両岸の砂地に挟まってしまったのである。

台湾の長栄集団(Evergreen Group)が運航するこの船は、世界最大級の大型船だ。サッカー場にして4つ分の長さがあり、幅はボーイング747に匹敵する。そして20万トンのコンテナが積まれているおかげで、高さは12階建てのビルに相当する。

この船はしばらくの間、このまま動けない可能性がある。専門家によると、巨大船舶の離礁は容易なことではないという。スエズ運河を所有し運営しているエジプトのスエズ運河庁は、予想される航行再開の時期についてまだ何も発表していない。

物流ソフトウェア会社のProject 44によると、24日の午後の時点で少なくとも34隻の船が、長さ20フィート(約6m)のコンテナを37万9,000個も積んだまま、運河をどちらの方向にも進むことができずにいるという。物流データ会社のFreightWavesで海運と国際貿易のアナリストを務めるヘンリー・バイヤーズは、国際貿易にとって「かなり大きな問題です」と言う。

極めて珍しい事態

スエズ運河の両岸の間に船が挟まる事態は非常に珍しく、これまで聞いたことがないと、ニューヨーク海事大学で訓練船の船長を務めるモーガン・マクマナスは語る。マクマナスは、スエズ運河を少なくとも5回は航行した経験をもつ。

まれに運河内で船が動力や制御を失うという事態が生じた際は、岸辺の砂地へ乗り上げて調べたり修理したりする。その間、ほかのそれほど大きくない船は通り抜けられるかもしれない。

ところが、エヴァーギヴンは違う。エヴァーギヴンの技術管理を担うBSMは24日、高く積み上げたコンテナが巨大な帆のように作用し、強風に押されて船が運河の岸に対して直角になってしまったと説明している。この事故の原因を説明する公式報告書が発表されるのは何週間、いやひょっとすると1年も先になるだろうが、いまのところけが人はいないという。

現場の写真には、エヴァーギヴンの船首が砂地に挟まり、そびえ立つコンテナ船よりもはるかに小さな掘削機が船を掘り出そうとしている様子が写っている。「これでは貨物列車に向かってBB弾を撃つようなものです」と、マクマナスは言う。

「かなり最悪の状況」

エヴァーギヴンの救助には、さらに多くの牽引力が必要になる可能性が高い。貨物船には船を安定させるために水を張った巨大なバラストタンクがある。乗組員は恐らくこの水を船首へ移動させるだろうと、海運業の情報サイト「gCaptain.com」の創設者で船長でもあるジョン・コンラッドは言う。

そして高潮になれば、高出力のタグボートが船を現在の位置から押し出すか、引っ張りだすかしようとするだろう。24日には少なくとも10隻のタグボートが救助作業にあたっている。

もしそれがうまくいかなかったら、クレーンの出番になる。クレーン船は20万トンの船からコンテナを引き上げて積荷を軽くし、動かしやすくできる。だが写真を見る限りでは、クレーンや降ろしたコンテナを安全に設置できる場所が岸にはほとんどないかもしれない。

「極めて困難な作業になるでしょう」と、マクマナスは言う。「よく言われるように、事故というものは往々にして最悪の場所で起きるものです。これはかなり最悪の状況です」

船体が損傷する可能性も

BSMは24日の夜、エヴァーギヴンの周囲の砂と泥を取り除くために浚渫(しゅんせつ)機を配備したと説明している。2016年に中国のコンテナ船がドイツのハンブルグ港へ向かう途中でエルベ川の岸に挟まれたことがあったが、このときは12隻のタグボートと2隻の浚渫船を使い、大潮のタイミングを見計らって6日がかりで船を離礁させた。

船が救助されるまでの間、乗組員は船体にひび割れができていないか確認し続けなければならない。船が岩をこすったり、岩が突き刺さったりしてひび割れが生じる恐れがあるからだ。離礁作業によっても船体が損傷する可能性もある。

「船は陸ではなく水に浮かぶように設計されています。船体の違う場所に異なる圧力がかかると、船首が損傷する恐れがあるのです」と、マクマナスは指摘する。予想される最悪の結果のひとつは、船から運河へと燃料が漏れ出して、清掃作業に長い時間と経費がかかることだろう。

救出作業中に何が起きるにしても、最終的にエヴァーギヴンは別の場所へと引っ張られて錨を降ろし、ダイヴァーによる検査を受けなければならない。それが終了してからようやく、欧州北部への旅を続けることになる。

アナリストのバイヤーズによると、船積予約の記録に積荷の詳細が書かれている。そのなかにはベビー服、紳士用と男児用のトレーニングウェア、空気入りタイヤ、電気器具、そして生姜までが含まれているという。

パンデミックによる影響

今回の事故は、ますます巨大化する船舶を使って世界の貨物の90%を輸送しているコンテナ海運業界について、新たな疑問を提起する可能性がある。

海路輸送の需要は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって急激に高まり、中国から欧州北部への空コンテナ輸送のスポット価格は400%以上も値上がりしている。こうした需要に応えるため、船会社はエヴァーギヴンのような巨大船舶に記録的な数のコンテナを積み込んできたのだ。

何らかの問題を起こした船はほかにもある。海運業界は2020年後半と21年初頭にかけて、例年よりも多くの積荷を海で失った。「船があまりに大きくなりすぎて、運行に支障をきたしているのです」と、バイヤーズは言う。

しかし何はともあれ、まずはエヴァーギヴンを離礁させる必要がある。「いま運河で立ち往生しているのが自分の船でなくてよかったと思っています」と、マクマナスは言う。

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TEXT BY AARIAN MARSHALL