2021/3/31

【前編】異業種対談。なぜ、タケダと星野リゾートは「サステナブル」な企業なのか

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
 2020年、新型コロナウイルスは、経済をはじめ教育・医療・行政などさまざまな領域で、社会を大きく変えた。
 これまで、当たり前だった移動が一時的に制限され、変わらないといわれ続けた日本の働き方も、半ば強制的にデジタル化へと舵を切った。
 歴史をひもとけば、オイルショックやバブル崩壊、東日本大震災など、時代の趨勢は常に激しく変化してきた。
 では、数ある危機に対してレジリエンスを発揮し、持続的に成長を続ける「長寿企業」として、価値を生み出し続けるには何が求められるのか。
 今年で創業240年を迎える武田薬品工業(以下、タケダ)取締役の岩﨑真人氏と100年以上の歴史を持つ星野リゾート代表の星野佳路氏による異業種対談を、前後編の2回にわたってお届けする。
INDEX
  • 守りながら常に変化する
  • 変え続けることを、変えない
  • 従業員満足度の向上が、顧客満足度を高める

守りながら常に変化する

──星野リゾートは軽井沢で誕生して100年以上の歴史を持つ長寿企業です。30年前に4代目として会社経営のバトンを受け取った星野さんは、どのような思いで受け継いだのでしょうか。
星野 私は、親が作ったものを大事に守ろうという気持ちはなくて、時代の変化に合わせて、むしろ壊していこうと思って会社を引き継ぎました。
 親が残したものをそのまま守って「親の七光り」と言われるのは悔しいですからね(笑)。
 1991年に経営を継いで30年が経ちましたが、常に新しいものを作ってきたことが、100年以上続けていく上では大事なことだったと思います。
 その一方で、ホテルやリゾート、旅館という本業からブレなかったのも、長く続いた理由の一つ。宿のあり方や運営の仕方にイノベーションを起こしてきましたが、宿以外への投資や進出は一切考えませんでした。
 なぜなら、バブルが崩壊し、供給過剰の世の中で生き抜くには、得意分野を伸ばすほかなかったからです。
1914年、創業当時の星野温泉旅館(写真提供:星野リゾート)
 観光の領域でも所有や投資、開発は他社に任せて、私たちは運営に特化しました。そうして得意分野を狭く、明確に定義したことが、今日の成長につながっていると思っています。
──タケダの起源は江戸時代。240年前にさかのぼります。ここまで長く企業が続いている理由をどう考えていますか?
岩﨑 星野リゾートさんと同様に、事業領域を見極めて、選択と集中を繰り返してきたことです。それを、世の中の流れを見据えて、少し早くやっているのです。
 医療の環境や社会における薬の成熟度は、時代ごとに目まぐるしく変わります。
 たとえば、タケダの主力の領域ですと、昭和のころはビタミン剤や抗生物質を主力として復興期を支えたこともありますし、さらに平成に入ってからは糖尿病や高血圧などの生活習慣病を強みとした時期もありました。
 そして今は、5つのビジネスエリアー消化器系疾患、希少疾患、血漿分画製剤、オンコロジー(がん)、ニューロサイエンス(神経精神疾患)ーで革新的な医薬品を提供することに注力しています。
 必要な薬や治療法も常に変化するため、我々も変わり続けないと、患者さんや医療関係者のニーズに合わない薬を作ってしまうことになります。
 いつの時代も、有効な薬がなく患者さんのニーズが存在する疾患に対して、我々の能力でできることは何か、必要なテクノロジーは何か、どんなイノベーションを起こせるのかを常に見直し、変革を進めてきました。

変え続けることを、変えない

岩﨑 そうした変革を遂げながらも、ずっと守ってきたのは「患者さん中心」という考え方です。
 表現こそ時代やグローバルの従業員にもわかりやすいよう変わっていますが、基本となる価値観はずっと変わっていません。
 だからこそ、上位概念に「患者さん中心」を据えることが重要なのです。変わり続けるなかで、変わらない価値観を全員が持っていないと、方向を見誤る可能性がある。
 これは、タケダイズムと呼ぶ私たちの価値観として明確に示されています。
 患者さんに寄り添い、人々との信頼関係を築き、社会的評価を向上させ、事業を発展させるという日々の行動指針です。
 タケダは、近年急速にグローバル化を進めていますが、この価値観はますます重要度が増していますし、M&Aを繰り返す中でも、買収した瞬間からタケダの企業理念への理解・共感を深めたうえで、実践してもらうことを続けています。
──タケダは企業理念を変えないというお話が岩﨑さんからありましたが、星野さんが変えなかったことはありますか?
星野 実は、変えずに続けていることはあまりないんです。
 というのも、観光業は市場環境の変化が激しく、競争環境もどんどん変わるから、今の環境しか知らない私が「これだけは変えちゃダメだ」と言ってしまうと、将来マイナスになると感じるからです。
 ただ、時代の変化の一歩先を捉えるマインドはずっと変えずに持っています。変化に合わせて自分たちが変わっていくことの重要性は、組織文化に植え付けてきました。
 この30年間だけを見ても、宿の予約はインターネットが当たり前になりました。インバウンドの時代に突入しましたし、コロナが来た。
 父の時代からは考えられないような劇的な変化が次々と起こっています。
取材はZoomで実施した
 昔、父からは「宿泊案内所の人を大切にしなさい」と言われていたけれど、現在では駅前の宿泊案内所は珍しくなりました。
 そのため、形を変えずにいよう、変えずに残そうという発想自体が危険でもあると思っています。
──変え続けることを、変えないということですね。
星野 そうです。コーポレートカルチャーはもちろん大事です。ただ戦略や事業の進め方は、10年後や20年後の正しいやり方を想像しろといっても難しいですよね。
 まさに今、コロナ禍にあり、インバウンド観光客が激減しました。
 これも予測できなかったことですが、今後の観光客は自宅から1〜2時間で移動できるような「マイクロツーリズム」の需要が増えると見て、一気に舵を切りました。
 その結果、一部のホテルではマイクロツーリズムがインバウンド需要低下をカバーすることができた。
 時代や環境に合わせて変化し続け、10年後や20年後はそのときに経営する人の能力を信じるしかないと思っています。
──そう考えると、タケダの240年もドラスティックな変化がたくさんあったのではないでしょうか。
岩﨑 医療・製薬の業界は、今は240年前では想像できない世界だと思います。
 たとえば、一昔前は手術が必要だった疾患が薬で治るようになったり、治らなかった疾患が完治するようになったりしています。
 創薬にしても、1980年代は4億1300万ドルでできていたのが、2000年代には25億5800万ドルが必要だったとするデータもあるのです。
 さらに、創薬の難易度は時代とともに高まり、現在の成功確率は2万5000分の1程度。開発にも長い時間を要します。
 だからこそ、より多くのアイデアやテクノロジーを求めて、パートナーシップ戦略を強化しています。
 スタートアップなどとのオープンイノベーションに対して柔軟に取り組んでいるのも、そのためです。

従業員満足度の向上が、顧客満足度を高める

──タケダの上位概念に「患者さん中心」があるように、星野リゾートも上位概念には「旅行者」や「顧客」があるのでしょうか。
星野 旅行者や顧客視点も重要ですが、それと同様に社員視点が先行すべきだと私は考えています。
 つまり、顧客満足は社員の満足度と深くつながっているんです。
 なぜなら、リゾートや旅館は、離島や山の中など含めほとんどの運営施設が地方にあります。そして、社員はその地域に長く住めば住むほど、その土地に詳しくなります。
 お客様はその土地ならではの体験や情報を楽しみに旅行をされていて、その土地に詳しい社員が滞在の提案をすることで満足していただけます。
 そうなると、いかに社員に働くモチベーションを維持してもらいながら、日本各地の地方で生活することに生きがいを感じてもらうかが大事になる。
 家族を含めて社員の満足度を高めるのが経営として最も重要で、それが結果的に顧客満足度につながるのです。
 業界としても、今はコロナ禍とはいえ世界大旅行時代は続くと思っています。
 つまり、旅行に対しての需要はあります。だから、世界中から旅行者を集めるよりも、優秀な社員を確保する方が難しい。社員はとても大切で希少な資産なのです。
2005年に開業した「星のや軽井沢」(写真提供:星野リゾート)
──社員の満足度を上げるために、具体的に行っていることを教えてください。
星野 そもそも、かつて観光業は一流の産業とされておらず、労働時間が長くて、給与も安く、年末年始は休めないというイメージがありました。
 それを払拭するためにまずやったのは、年俸を上げること。しっかりと収入を得られる一流産業にした上で、全員が経営に参画できる環境を作りました。
──全員が経営に参画。
星野 最前線で接客しているスタッフが一番お客様に近く、日々クレームや要望、喜んでいただく場面に遭遇していますよね。そこにはたくさんのヒントがあって、その中に次のイノベーションの種がある。
 そのために必要なのは「フラットな組織文化」です。たとえば「社長が立派な車に乗る」「総支配人には大きなデスクがある」といった、「偉い人」を助長させるのをやめる。
 総支配人も「◯◯さん」と、さん付けで呼ぶようにしています。
 職場環境を風通しよくすることで、サービスにイノベーションを起こす人材が育つ。それが今の星野リゾートの成長につながっているのは間違いありません。
岩﨑 タケダの国内ビジネスにおいても、従業員の成長への投資は最優先で取り組んできました。
 さまざまな役職に向けて勉強してもらう環境とチャンスを提供し、「タケダにいると成長できる」という実感を得てもらうことを大切に考えています。
 その背景にあるのは、やはり製薬業界の環境変化です。
 たとえば、少し前まで当社は1人のMR(医薬情報担当者)が医師に何十もの薬に関する情報を幅広く提供していましたが、今は選択と集中によるより深い専門知識や、各地域に根差した活動が求められるなど様変わりしています。
 こうした変化に対応するには、従業員一人ひとりが柔軟に学び、成長することが大切ですから。
 製薬会社としても、革新的な新薬を作るためには、従業員にやりがいを持ちながら長く働いてもらい、知見やノウハウを持つスペシャリストに成長してもらう必要があります。
 星野さんがおっしゃるように、従業員が幸せでないと会社は成長しません。
 だから、柔軟な働き方を導入し、報酬体系も変えたほか、従業員からの声を具現するなど、さまざまな取り組みをしてきました。
 最近では、業務のデジタル化に関するアイデアを募集し、短期間で800ものアイデアが寄せられ、すでに実現しているものもあります。
 まさに、経営に参画してもらう発想というのは、これからの時代、より一層大切になるかもしれません。
(後編に続く)