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JAL客室乗務員の“今”と“未来”とは?

新型コロナウィルスにより航空業界は激変した。こうしたなか、日本航空(以下、JAL)の客室乗務員はどうしているのか? 取り組みについて客室本部長の鳥取三津子執行役員に訊いた。
JAL 日本航空 客室乗務員 キャビンアテンダント スチュワーデス スチュワード 日本エアシステム 客室本部長 鳥取三津子
Hiromitsu Yasui

大きく変わった教育現場

現在、多くのエアラインは、新型コロナウィルス感染症のひろがりのために、多くの路線の運休・減便を続けており、JALも例外ではない。

こうしたなか、JALの客室乗務員がさまざまな新しい試みに取り組んでいることはニュースにもなっている。たとえば、航空産業とは異なる分野への出向もそうだ。異業種における企画業務やコールセンターのスタッフとして勤務する客室乗務員もいる。

約8000人(含む海外基地乗務員)ほどが在籍しているJALの客室乗務員のトップにいるのが、2020年4月1日に就任した客室本部長の鳥取三津子執行役員である。

未曾有の事態のただなかの鳥取氏に、思いや考えを訊いた。

鳥取三津子(とっとり・みつこ)。1964年生まれ、福岡県出身。1985年入社。2020年4月1日より執行役員・客室本部長に就任。

Hiromitsu Yasui

―― このパンデミック状況下で大きく変わったことはなんですか。

鳥取 教育体制が大きく変わりました。これまでは対面での教育があたりまえでしたが、“密”を防ぐために講義の多くをオンラインに切り替えました。資格制度の都合上、すべての講義をオンライン化するわけにはいかないので、実技が伴う訓練は、人数を制限したり、アクリル板を設置したりするなど、さまざまな工夫を凝らして実施しています。

Web会議システムの「Zoom」を使ったオンライン教育の様子(撮影・編集部)。

昨年6月に取材したときの参加者は16名。入社3〜4年目の社員という(撮影・編集部)。

講師役のCAは、サービス内容を実演。動画&音声で、参加者にポイントを伝える(撮影・編集部)。

―― オンライン化の成果は?

鳥取 相当工夫した結果、かなりクオリティの高いカリキュラムに仕上がりました。しかも、画面越しの場合、多くの人の表情が1度に見えるというメリットもあります。それから、録画機能を活用することで、講義の振り返りも容易になりました。

―― むしろ、スキル向上に効果があった、と。

鳥取 はい。実際、現場でも客室乗務員のスキルが向上したという報告が多数寄せられています。やはり、なかなかフライトができない状況において、客室乗務員は「はやく乗務に就きたい」という思いが強いので、真摯に学んでいるのも向上に結びついているのかもしれません。

Hiromitsu Yasui

―― では、パンデミック状況後も、オンライン研修は残る?

鳥取 新型コロナウィルス感染症が終息しても、おそらくオンラインでの研修は継続されると思います。すべてがコロナ禍以前には戻らないかと。もちろん、今も“対面”は大切にしていますが、オンライン化の重要性やメリットにも気づかされました。オンライン研修は、とくに若い世代は、すんなりと受け入れていました。会社が支給しているタブレット端末もうまく活用していましたね。

―― その代わり、対面する機会はグッと減ったわけですね。

鳥取 そうですね。弊社ではひとりのグループ長のもとにいる30〜40人の客室乗務員を「1ファミリー」グループとし、おなじ勤務サイクルで就業することで継続的な育成を図っています。が、乗務回数などの減少に伴い、数カ月間も顔を合わせないメンバーもいたようです。おなじ「ファミリー」になって、初めて顔を合わせたのがオンラインだった、という人もいました。

―― 社員相互や部下とのコミュニケーション上の問題は、いかがですか?

鳥取 いろいろ不安を抱えている部下や後輩との“対面”での会話は、オンライン化が進んだ今でも重要です。正直なところ、私も、叶うことなら多くの人と対面で会いたいと考えています。対面して愛情をもって部下を育てたい、と、グループ長なら誰しもが思うでしょう。客室乗務員のグループとは、まさに大規模な“ファミリー”みたいなものですから。

執務中の様子。

Hiromitsu Yasui

―― ほかにはどんな新しいことに取り組みましたか?

鳥取 面白いものですと、客室本部内でビジネス・コンテストを実施しました。新規事業に関するアイディアを各人が考え、「ファミリー」のなかで1つに取りまとめエントリー。150個を超える応募のなかから、最終的に残った8ファミリーグループがプレゼンテーションをおこない、投票審査をおこないました。私が驚いたのはクオリティの高い企画書が非常に多かったことです。客室乗務員が企画書を書く機会など、これまでのフライト中心の業務のなかでは、ほぼ無いに等しかったので余計にうれしい驚きでした。

――コロナ禍ゆえの発見があった?

鳥取 はい。客室乗務員にはさまざまな能力があり、それを活かせる機会があることに気づきました。また、「JALフィロソフィ※」の大切さをあらためて実感しました。さまざまな不安があるなか、多くの人に心の拠りどころになっていると思います。

※JALのサービスや商品に携わる全員がもつべき意識・価値観・考え方として、経営破綻から1年後の2011年に策定、発表されたもの。いわば“社員の行動哲学”ともいうべき内容で、「一人ひとりがJAL」「お客さま視点を貫く」「現場主義に徹する」「スピード感をもって決断し行動する」「売上を最大に、経費を最小に」などの計40項目から構成されている。

外部への出向は成長につながる

―― JALの客室乗務員が異業種へ出向し、ご活躍されていますね。

鳥取 多くの客室乗務員は乗務を通して社会に貢献したい、と、思っています。ですので、フライトの機会が大幅に減るなか、乗務ではなくてもなんらかの形で社会に貢献したい、と考えている社員は非常に多いのです。たとえば地元に貢献したいなどの前向きな気持ちを、ぜひ異業種でも生かしてほしい、と、思っています。

―― 出向先での評価はどうでしょうか?

鳥取 弊社の客室乗務員の接客能力は相当高いと思います。したがって、多くの企業様や地方自治体から高い評価をいただいていますし、「わが社にも来て欲しい」という要望もいただいています。たとえば、通信企業様からの報告書は非常にポジティブな内容でした。社員からは「(出向者である)自身の提案が受け入れられた」といった声も聴きました。

成田にあるJALが運営する「DINING PORT 御料鶴」では、キャビンアテンダントおよびグランドスタッフが研修しているという。

―― 出向先は会社側が決めるのでしょうか。

鳥取 乗務員の成長に資する業務であるかどうかという観点で、会社が各種企業さまと調整し、出向先を決定しますが、実際に出向するかどうかは、社員が自らの意思で決定します。興味がある人向けにオンラインで説明会を実施し、熟考してもらい、本人に応募してもらっています。

―― 出向によって、JALの客室乗務員はこれまでとは違う経験を得られますね。

鳥取 外部への出向によって、客室乗務員という職務を客観的に見られるようになったはずです。また、異業種で仕事をして得たことを社に持ち帰ることで、新しい風が吹き、成長につながるはずです。

Hiromitsu Yasui

―― 海外基地の客室乗務員はどうしていますか?

鳥取 海外には約1100人の客室乗務員がいますが、乗務機会のない海外基地乗務員は、自己研鑽に励んだり、ボランティアに取り組んだりしています。

be a professional

―― 2022年度の新卒採用は中止になりました。

鳥取 客室乗務員の採用は2年続けて見送られましたが、「採用したい」という気持ちは常にあります。ギリギリのタイミングまで、なんとか採用できないものか? と、考えていましたが、難しいという判断に至りました。

―― 新卒採用の利点をどのように考えますか?

鳥取 新入社員が入ると、組織が活性化し、そして“循環”します。彼らを指導することで成長する社員がいます。財務状況を立て直して、新卒者を採用出来る体制が整い次第、すぐにでも採用活動を再開したいと思っています。

―― ところで、本部長への就任は想定外だったそうですね。

鳥取 大変驚きました。就任してから約1年を迎えますが、コロナ禍がここまで長く続くとは思いませんでした。当面は不透明な状況がなお続くかもしれません。それでも、笑顔で乗務する客室乗務員を見ると、彼らは会社にとって本当に大きな財産であることをあらためて実感しています。大勢の客室乗務員から元気をもらっています。

客室本部でキャビンアテンダントと談笑する鳥取氏。

Hiromitsu Yasui

―― 仕事をする上で大切にしていることを教えてください。

鳥取 稲盛和夫氏(現・名誉顧問)が提唱する「六つの精進」のうち「謙虚にして驕らず」という言葉は大切にしています。もうひとつは失敗を引きずらないことです。以前は、失敗すると深く悩んでしまい、気持ちの切り替えがうまく出来ませんでした。今は、一生懸命反省しつつ、スランプからすぐに抜け出し、次へ進むようにしています。仕事の気分転換には自宅近くを散歩したり、クラシック音楽を聴いたり、あとは“お笑い”を見たりします。

―― 今後の抱負や方向性を教えてください。

鳥取 JALの客室乗務員の接客が、多くの方々に「よかったなぁ」と、思っていただけるよう、教育体制づくりなどに取り組んで参ります。新型コロナウィルス感染症のなか、客室乗務員はさまざまな困難に直面していますが、それに動じず、客室本部で策定した方針「be a professional」に沿って、各人がプロ意識をもって業務に励む環境を目指していきます。

文・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.)、編集部