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オードリー・タンの思考〜IQよりも大切なこと〜を読んで

新型コロナを封じ込めた数少ない国である台湾のデジタル担当大臣として日本でも有名になったオードリー・タン氏。関連書籍が何冊も出ている状況は私にとってとてもありがたいことだ。これまで私が彼女へのインタビューなどで聞いた言葉や、彼女が始めた台湾のシビックテックコミュニティ、g0v のメンバーから聞いたコンセプトの背景まで含めて深く理解ができるからだ。

近藤弥生子さんの書いたこの本「オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと」も、大変面白く読んだので、感じたことを記しておきたい。書評、というよりも自分自身の台湾との関わりも含めた感想という感じである。

誰にでも別け隔てなく接するオードリー

私が始めてオードリー・タン氏に出会ったのは2017年だ。台湾で行われたCivicTecFestというシビックテックのカンファレンスでのことだった。彼女は壇上で台湾でのシビックテックの広がりについて語っており、「オープンソースコミュニティのガバナンスを政治に持ち込む」ということを模索しCode for Jaapn の中で実践していた私にとっても示唆に富む発言をされていた。一瞬で私は彼女の哲学、論理的思考力、語り口に魅了されたのを今でも覚えている。

しかし、もっと驚いたのはその後だ。台湾のシビックテックコミュニティ、 g0v が主催するハッカソンに参加してみたところ、当時既にデジタル担当大臣に就任していたオードリーが、他の参加者と同じように普通にテーブルに座ってディスカッションをしていたのだ。私も挨拶をさせていただいたが、そこで聞いた話は驚くべきもので、本書にも出てくる vTaiwan やオープンオフィスを始めとする過激な透明性(Radical Tranparency)、大臣同士をつなぐチャットツールの話など、日本で議論されているオープンガバメントの2周も先を行くような話だった。その時から、彼女は私にとってメンターの一人になった。(私には、勝手にメンターとして「○○さんならこのときどう考えるだろう?」と参考にするロールモデルが数名いる)

その後何度かお会いする機会もあり、日本に招聘してはんこ問題に関するワークショップを行ったりもしたが、本書に書かわれている通り、彼女は本当に気さくで優しく、誰にでも別け隔てなく対応する方であった。(来日当時のインタビューはこちらで読めるので良かったらご覧いただきたい。Civictechで社会を変える。実際に市民活動から台湾デジタル大臣になったオードリーさんとCode for Japan代表・関の対談インタビュー(前編))

本書は、そんなオードリー・タン氏の考え方を、台湾在住のライターである近藤さんがうまく引き出してくれている本だ。また、台湾のシビックテックシーンや政治背景についても分かりやすく解説をしてくれている。

自分の中に小さなオードリー・タンを宿す

日本でオードリーが紹介されるときには、高いIQや天才的な言動だったり、トランスジェンダー閣僚という側面、中学中退で起業といった天才的・個性的な面で語られがちだが、本書では「IQよりも大切なこと」という副題にある通り、なぜ台湾でオードリーのような天才が活躍できたのかや、台湾のソーシャルイノベーションの背後にある考え方、といった点を丁寧に書いている。

オードリー一人がスーパーヒーローなのではなく、社会のそこかしこに彼女のような考え方を持って行動する国民がいるのだ。私は本書とは別に彼らの取材を続けているが、台湾の層の厚さを身をもって感じている。だから本書では、できるだけオードリーの周辺にいる人々にも言及するように努めた。読み進めるうちに、彼女が「台湾の若者たちの代表」ではないことが、おわかり頂けると思う(P.20)

本書は、「自分の中に小さなオードリー・タンを宿す方法」を記すと作者が書いているように、ソーシャルイノベーションを起こしたい全ての人にとって参考になる本である。「デジタル敗戦」とまで言われた日本のデジタル活用の遅れの中で、「日本にもオードリー・タンがいれば」といったヒーロー待望論のような発言を聞いたことがある。実はそのような願望はオードリー自身が否定する考え方だろう。一人の天才的なヒーローの活躍に依存するのではなく、我々一人一人がオードリーのような考え方を持ち、行動することの方が重要なのであり、それこそが民主主義の要諦なのである。

読み進んで改めて感じたが、オードリーや、本書に出てくる g0v の仲間たちと私の共通点は、オープンソースコミュニティだ。オードリーも私も、エリック・レイモンドのエッセイや本を読み、仕事でもオープンソースソフトウェアを使い、必要に応じてコントリビューションをしてきた。
それぞれの国でシビックテック誕生の大きなきっかけとなった出来事は、台湾ではひまわり革命であり、日本では東日本大震災だったが、ソフトウェアが世界を飲み込むのと時期を同じくして、世界中でシビックテックが盛り上がっている。台湾のスーパーヒーローを求めなくても、各国に既にオードリーのような人たちがいるのだ。

私にはオードリーほどのIQも、寝てる間に思考を整理できるような天才的な能力も無いけれど、それは問題ではない。大事なのは、本書にあるように、誰もが「ハクティビスト」(ハックとアクティビストの造語)になれるという考えが広まることだ。本書を読むことで、台湾におけるソーシャルイノベーションは、オードリーではなく他の人の働きによって実現したものだということが分かってくる。もちろん、彼女がきっかけで始まった事や、彼女のアドバイスによって可能になったことはたくさんあるけれども、マスクマップを作ったのも、コロナ対策において毎日会見をし続けて信頼を獲得したのも、オードリー本人ではないのだ。
日本においても、多くの人が小さなオードリー=ハクティビズムを心に宿すことで、ソーシャルイノベーションは実践できるのだ。私のプロフィール写真のTシャツがふざけているのも、同じような思いを持つからだ。

私の考えも誰か他の人から来たもので、私も他の人へそれを受け渡しているのです。”これは誰々の考えだ”ということではなく、考え方こそ主役なのです。私たちはその考え方を継承しているに過ぎません。(P.178)

誰もやらないなら、あなたが最初の「誰」になれ

g0v から学んだ言葉に、nobody という言葉がある。”Ask not why nobody is doing it. You are nobody. Become a nobody” と表現されるそれは、『誰もその課題を解決しないと嘆くならば、あなたが最初に始める「誰」になれば良いじゃないか』という意味を持つ。g0v というコミュニティは草の根のコミュニティであり、代表者はおらず、誰もが課題解決の取り組みを始めることができ、許可を取る必要もない。日本のシビックテックでも大事にしている考え方である。彼らにそれを教えてもらったあと、帰国してからずっと続けているのが、継続型のハッカソンである Code for Japan のソーシャルハックデーだ。当初2ヶ月に1回やっていたが、今では毎月開催し、多くの人がプロジェクトを持ち込んでくれるようになっている。

アジア各国のシビックテックコミュニティ、特に日本、台湾、韓国間の仲は良く、新型コロナの発生前までは、Facing the Ocean という企画で沖縄や台湾に集まってハッカソンを行ってきた。そこで感じたのは、アジア各国では文化や言葉の違いはあるけれど、例えばマイノリティの問題や気候問題といったアジェンダは共通で地続きだということだ。シビックテックコミュニティが繋がり、課題解決に取り組むことができれば、国を超えて協調しながらより良い社会を作ることが可能になるかもしれない。今はまだみんなで集まることはできないが、また皆に会える日を楽しみにしている。

本書には、台湾のシビックテックを中心に書かれているが、多くのことは日本でのソーシャルイノベーションにも活用できることである。ぜひ手にとって、オードリーの哲学を味わって欲しい。そして、願わくば小さな事でも良いので、ハクティビストへの第一歩を踏み出して欲しい。「台湾はすごい」「日本にもオードリー・タンが必要」ということではなく、私たちそれぞれが「nobody」として行動していくことで、未来のオードリー・タンが生まれる土壌が育まれていくのだと思う。

g0v のSlackには1万人以上の参加者がいるが、Code for Japan の Slack にも 4,800名以上の参加者がおり、様々な課題解決のプロジェクトが動いている。最後にこの記事へのリンクを貼って終わりとしたい。


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