2021/6/30

ユーザーに嫌われない「デジタル広告」は本当に実現できるのか

NewsPicks Brand Design Editor
 アドテクノロジーの進化を背景に、年々成長を続けるデジタル広告。
 企業にとってはユーザーに情報を届ける有効な手段だが、過度なリターゲティングやアドハラスメント問題も指摘されており、「デジタル広告はユーザーに嫌われている」という意見はいまだ根強い。
 一体、どうすればユーザーに嫌われずに「自分ごと化」してもらえる広告が実現できるのか。
 クリエイティブブティック・PARTYのファウンダーであり、ヤフーでデジタルマーケティング戦略を担う中村洋基と、LINE広告の戦略を担う宮本裕樹の対談を通して、そのヒントを探る。

広告にとって「最も怖い状態」とは

──デジタル広告の市場規模は年々拡大していますが、他媒体と比べて「ユーザーに嫌われている」という声も耳にします。
中村 広告業界で20年近く仕事をしてきて、たしかにそういった声はよく聞きます。
 ですが、広告の世界では、「好かれる」の反対は「嫌われる」ではなく、「誰からも見向きもされない」状態です。
「見向きもされない」状況に陥らないために、これまで広告のクリエイターたちは「15秒や30秒のCMをいかに面白くするか」を考え、表現の磨き込みに時間をつかってきました。
 他方、デジタルでは新しいテクノロジーや概念が次々に生まれる一方で、この表現の部分がおろそかになっていた。
 それは、「ターゲティング」というテクノロジーがあまりにも強力だったからでしょう。「美味しそうなコーヒーの広告を、お金をかけてつくるより、今コーヒーが飲みたそうな人に安価でリーチしたほうがいい」といった具合に、です。
 ところが、それが加速していった結果、デジタル広告の「なんとなくウザい」「興味がないのにタップを迫られる」といったイメージが作られたのだと思います。
宮本 15年ほどデジタル広告の世界で働くなかで、アドテクノロジーの変遷を間近で見てきました。
 中村さんのおっしゃる通り、デジタル広告はユーザーの性別や年代、位置情報、趣味嗜好などの情報でターゲティングし、いわば強制的にユーザーに反応させようとしてきた背景があります。
 ターゲティングは効率的にユーザーに情報を届けられる一方で、ターゲットにリーチしていることばかりに目がいってしまい、ユーザーを楽しませるような「表現」はあまり意識されてこなかった。
 そこに、「ユーザーに嫌われている」という要因があるかもしれません。
 また、過度なターゲティングはユーザーに不安や不信感を抱かせることもあります。
 だからこそ、Cookie(Webサイトとユーザー間でやり取り・保存されるアクセス情報)の利用が制限されたり、Appleのプライバシーポリシーが厳しくなったりと、ここ数年で業界全体でのデータ活用の見直しが活発に進んでいるのでしょう。
中村 同感です。とはいえ、ターゲティングにはメリットもあります。
 たとえば、VTuberをやっている友人が、リアルの人格、VTuber用の人格、2つのアカウントをClubhouseに登録したところ、レコメンドされるコンテンツが全く違ったそうです。それぞれのアカウントの趣向に合った最適な情報が配信され、そのあまりの違いに驚いた、と。
 これは革新的なことです。情報のスクリーニングが自動的になされ、自分の欲しい、編集された情報が自然と目に入ってくるわけですから。
「フィルターバブルが問題だ」と取り沙汰されることもありますが、いま「フィルターバブルが全くない生活」になったら、耐えられない人が続出するでしょう。
 自分がまったく興味のない商品の情報が、絶えず目に触れるのはストレスです。そうした広告が出にくいサービス設計のほうが、日々の生活が効率的に、より豊かになります。
iStock:Ignatiev
宮本 そう思います。だからこそ、プラットフォーマーとしては、ユーザーへの「押し売り感」に注意を払う必要があります。
 もしこれが訪問販売なら、2、3回断ると訪れなくなるケースが多い。一方で、デジタル広告は何度消しても同じバナー広告が表示されることもあります。
 ユーザーが求めていないものを出し続けても、広告は嫌われるだけです。この配信の仕組みについては、プラットフォーム側が解決する問題だと認識しています。

「生活密着度が高い」LINEならではの工夫

──「押し売り感」を出さないために、LINEではどのような工夫をしているのですか。
宮本  ユーザーに自然と広告が受け入れられるよう、ユーザー体験に配慮しながらデータ活用の精度を高めていこうとしています。
 たとえば、国内の小売店と連携しながら、ユーザーが店舗にいるあいだにLINEでおすすめの商品情報やクーポンなどを届けるサービス、「LINE POP Media」があります。すでに一部の企業で導入が進んでいます。
 この仕組みを使うと、会社にいるとき、旅行をしているときなど、さまざまな生活シーンやユーザーのその時の状態に合わせて、最適な広告を配信できるのです。
※トライアル期間中のイメージです。
 実際に「LINE POP Media」の効果を測定したところ、広告を見たユーザーのほうが、見てないユーザーと比較して、商品棚への立ち寄り率と対象商品の購入率が高いことがわかりました。
 また、「LINE POP Media」が届いたユーザーのうち、54%がこの広告を認知し、76%が「また受け取っても良い」と回答しています。
 こうした広告を配信することで、「お得感」を創出するだけでなく、買い物体験の向上、ひいてはブランド体験の価値の向上に貢献したいと考えています。
中村 LINEは、国内で最大の8,800万人(2021年3月末時点)のユーザー数を誇るコミュニケーションアプリ。もはやインフラとも呼べる存在なので、一つひとつの広告配信に責任を持つ必要があります。
 新しい配信フォーマットが本当にユーザーに受け入れられるかは、細かく検証していかなくてはなりませんね。
宮本  ええ。なので、位置連動型の広告もそうですが、どういった表現や配信がユーザーにとって適切なのか、日々検証を行っています。
 LINEのアプリ起動回数は、1日に平均8回ほどと言われており、他サービスと比較しても非常に生活密着度が高い。
 だからこそ、ユーザーに寄り添えるポテンシャルがあるはずです。

クリエイティブの面白さを握る、2つのカギ

中村 「押し売り感」は、お話しいただいたようなプラットフォームの「仕組み」部分で解決を目指すとして、デジタル広告そのものの「ウザさ」や「つまらなさ」は、表現部分で改善していく必要があると思います。
 これは長年、広告のクリエイティブに向き合ってきたからこそ感じる点です。
宮本 これまでデジタル広告のクリエイティブ検証といえば、A/Bテストのような「どちらがよりクリックされるか」がメインで、「表現として面白いかどうか」はあまり重視されてきませんでしたよね。
── 具体的に、どうすればデジタル広告のクリエイティブは面白くなるのでしょうか。
中村 僕は、「尺」と「余白」がカギになると考えています。
 今、Spotifyの広告に密かにファンが集まっているといわれています。「流れてくる広告が面白いから、広告が流れない有料プランに変更したくない」というユーザーがいるほどだそうです。
 Spotifyの例で考えると、まず音声メディアという特性上、伝えられる情報が限られるため、ある程度広告に尺を使う必要があります。
 Spotifyの場合は、だいたい1つの広告が20〜30秒ほどですから、YouTubeの冒頭に流れるBumper(6秒CM)に比べるとずいぶん長いですよね。
 加えて、耳からのインプットのみなので、具体的なイメージや映像を自分なりに想像する必要がある。ユーザーが情報を受け取って、解釈する「余白」が生じるのです。
 実は、人が「面白い」と感じるポイントは、こうした脳を使わせる「余白」や「行間」にあります。
iStock:Blackzheep
宮本 デジタル広告は、なるべく短尺化し、情報を端的に伝えようとしてきました。もちろんSpotifyは音声媒体なので、デジタル広告のバナーやテキストでそのまま再現することは難しいでしょう。
 ですが、お話しいただいたような「尺」の概念や、ユーザーの「想像力」を喚起する仕掛けをデジタル広告に取り入れることで、「ウザさ」は軽減されていくかもしれませんね。
中村 そうですね。時代の趨勢に逆らっても仕方ないので「一瞬の表現でもブランドを感じ、買いたくなる。それくらいわかりやすくて、面白い」。そう感じさせるプロになるしかないかな、と僕自身も考えています。

「広く告げる」だけが広告ではない

── ユーザーに自然と受け入れられる広告を実現するために、他にはどんな方法が考えられますか。
宮本 LINEの法人向けサービスの一つに、「LINEミニアプリ」という、企業や店舗が利用できるウェブアプリケーションがあります。
 これはLINEのアプリ上で、予約や注文、決済、会員証といった企業の自社サービスを提供できる、という機能です。
 たとえば、ユーザーがLINEミニアプリを使ってレストランを予約し、食事をしたとします。
 すると、その履歴に応じて、後日そのユーザーに向けて新メニューの連絡をしたり、次回来店時にメニューをレコメンドしたりできるんです。
 このように、ミニアプリとユーザーデータを活用して、飲食店をはじめとした、企業・店舗の充実したユーザー体験の実現を目指しています。
中村 なるほど。広告であるかどうかに関わらず、ユーザーが「欲しいと思う情報」を生活の一場面に溶け込んで届けられるのは、LINEミニアプリの強いところですね。
 ユーザーは、究極的には目にした情報が広告かどうかをほとんど意識していません。
 NewsPicksのタイアップ記事で考えるとわかりやすいですが、普通にタイムラインに流れてきたら、広告かどうかより、興味の有無でタップするかを決めるでしょう。
 もちろん広告ならば「PR」の表記は必要ですが、ユーザーに興味を持ってもらえるような情報の出し方を、企業やプラットフォームは意識しなくてはいけません。
iStock:west
宮本 おっしゃる通りです。LINEミニアプリは、今年5月にフィードフォース社と業務提携し、店舗のPOSと連携した「デジタル会員証」の提供も予定しています。
 これまでもLINEを用いた会員証の仕組みはありましたが、今後はミニアプリとして搭載し、店舗にとってもユーザーにとってもより使いやすいサービスにしていきます。
 単に情報を「広く告げる」だけではなく、ユーザーの生活に寄り添った形で提供する。
 これが、LINEだからできる新しい広告コミュニケーションの一つだと思っています。
中村 なるほど。ユーザーの生活に根差すLINEならではの企画の作り方も、今後の可能性としてはあると思います。
 たとえば、海外で「各家庭の電気消費量を競わせたら、地域全体で電力消費が下がった」という論文があります。
 それによると、「今日は、私の家はランキング30位から13位まで上がった」と、消費者も楽しんでこの競争に参加していたそうです。ゲーミフィケーションを取り入れて、世の中にベネフィットをつくった好例といえます。
iStock:iamnoonmai
 今後、LINEがさらに生活に根ざしたプラットフォームとして進化していけば、こうした独自のコンテンツアイデアもできる。
 さらに、自然な形で、サービスに関連性の高い広告の入る枠も生まれるでしょう。こういったサイクルを描けるといいですよね。
宮本 そう考えると、広告の定義も変わってきそうですね。
 文字通り「広く告げる」だけが、広告の価値ではない。そのときに必要な情報を、クイックかつシームレスにユーザーに届けることも、今後の広告の重要な役割になるのでは、と感じます。
 LINEとしても、多様な手法を取り入れつつ、デジタル広告のデファクトスタンダードに挑戦していきたいと思います。