【石倉洋子】課題先進国の日本に期待したい、ジェンダー議論のその先

2021/3/26
NewsPicksコミュニティチームでは、ジェンダーギャップについての連載を4回にわたってお届けいたします。第2回目は資生堂や積水化学工業の社外取締役を務める傍ら、グローバル人材の育成活動も行っている石倉洋子氏が、課題先進国である日本のジェンダー議論のその先を解説します。
INDEX
  • 「問い」の設定を見直そう
  • 錆びついた「グループ分けのラベル」に固執するな
  • 性別と年齢ではなく、「個」を見よう
 3月は国際女性月間、8日は国際女性デーでした。ジェンダーギャップが話題になる中、世界経済フォーラム(WEF)が毎年やっているGender Parity Reportでも日本の男女格差は広がる一方であることが改めて突きつけられた形となりました。
 G7で最低、ランキングは121位でした。特に、政治とビジネス分野において意思決定の権限を持つ女性がいかに少ないか、などが海外メディアを中心に盛んに報道されています。
Global Gender Gap Report 2020をもとにNewsPicksコミュニティチーム作成

「問い」の設定を見直そう

 一方、私は最近、そもそも「問い」の設定が間違っているのではないかと思い始めてきました。
 私自身、過去のあらゆる局面で女性活用について言及する機会が多くありました。WEFのプロジェクト、女性活用に関する会議やシンポジウム、大使館でのパネルディスカッションなどに参加もしてきました。
 スキルをもつ人材が不足しているSTEM(科学・技術・工学・数学)の分野、特にデータサイエンスなどの分野で女性をターゲットに集中的に教育して、仕事に結びつけるようにしてはどうか、といったアイデアを周囲に説明したり、そのためのワークショップを試したりもしてきました。
 周囲でも、人口の半分を占める女性、教育レベルもとても高い女性が、意思決定ができる地位に少ないという状況については、いやというほど聞きました。各種のシンポジウムなどでは、管理職の女性比率を上げるべきだとか、クオータ制を取るべきか、などという議論を何度もよく耳にしてきました。
 安倍前総理が女性活躍を国際会議で宣言したり、2016年には女性活躍推進法を施行したり、厚労省が男性の育児休暇取得を促す「イクメンプロジェクト」を始めたり、といったことも見てきました。2018年には政治分野における男女共同参画の推進に関する法律も施行されています。こうしたことを書き始めると、枚挙にいとまがないほどです。
 それでもなお、日本の女性活用は、冒頭で述べたような燦々たる結果です。さらに、今回の新型コロナで、世界もですが、日本の女性活用は10年くらい後退したのではないかと懸念しています。
 非正規の仕事や、緊急事態宣言で制限を受けているサービス業に従事する女性が多いことからも、失業率などを見ると圧倒的に女性への影響が大きいのは火を見るより明らか。在宅勤務などで男性より女性の負担が大きいこと、40歳以下の女性の自殺が急増していることなどをふまえると、男女格差はさらに開いているのではないか、と考えます。
 新型コロナ以前も、「これだけいろいろ試しても日本の状況は変わりそうにない」という感触を強く持っていましたが、新型コロナで緊急度が増している中、そもそも問題の設定の仕方が間違っているのではないか、と感じているのです。
Photo:iStock/Masafumi_Nakanishi

錆びついた「グループ分けのラベル」に固執するな

 これは性別だけに限らないのですが、日本社会はいろいろなことをグループに分けて整理する傾向が強いように思います。その分け方は、年齢、性別、国籍、学歴、出身地などさまざまですが、ジェンダーや年齢については、こうしたグループ分けとラベルの付け方が間違っている、時代に合わなくなっていると考えています。
 年齢で区切ること、年齢でリーダーを決める傾向があることなどは、ある分野では長い間その仕事をするとスキルや実力が上がる、ということをほかの分野にも応用して、それを見直さずに踏襲してきたことが理由の一つです。
 性別については、過去において、男女が違うという事実が社会における活動や役割を決める一つの理由になり、状況が変化してもこの慣習ややり方が社会や制度の大きな部分を規定してしまっていて、見直されてきませんでした。状況が変化しても以前のままの枠組みが踏襲されていることは、年齢と性別に共通しています。
 私が提唱したいのは、日本がジェンダーや年齢を超えた時代のパイオニア、先駆けになることです。男女格差が大きいこと、高齢化が急速に進んでいる日本だからこそ、こうした思い切った提言をする意義があると思います。
Photo:iStock/ AndreyPopov

性別と年齢ではなく、「個」を見よう

 これまでの枠組みのままで、「女性比率を上げよう」「女性活用」「高齢者の活用」などと言い続けても、これだけいろいろ試しても成果が上がらない国では、時間とエネルギーの無駄ではないでしょうか。
 それなら、この辺りで、これまでのアプローチに見切りをつけた方がよい気さえするのです。ちなみに、親しい友人は私を「見切りの洋子」と呼んでいますし、私自身も、いろいろやってもモノにならないことがわかったら、それには「見切り」をつけて、別の道を探した方がよいと考えています。
 つまり、今までのアプローチでの男女格差解消、高齢者の活用を考えず、前者については性別に限らず、個人の知識やスキルで測る。後者については、同じ年齢でも元気でまだいろいろやりたい人もいれば、もうリタイアしたい人もいるので、それぞれの状況を考えた上で、活用の仕方を考えたらよいと思います。
 デジタルが進むと「個」がよく見えるようになりますし、「個」で捉えることが以前よりずっと簡単になります。今こそ、世界から桁違いに遅れているデジタルトランスフォーメーションを一気に進めることと、性別・年齢の枠をはずす活動を、並行して行うべきタイミングではないでしょうか。
 これまでと同じ方法でいくら女性活用を唱えても、時間とエネルギーの無駄だと思います。
石倉 洋子 一橋大学 名誉教授

バージニア大学大学院経営学修士、ハーバード大学大学院経営学博士修了。1985年からマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルティングに従事した後、 青山学院大学国際政治経済学部教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授などを歴任。資生堂など一部上場企業の社外取締役も多く務める。世界経済フォーラムのNetwork of Experts のメンバー。「グローバル・アジェンダ・ゼミナール」など、世界の課題を英語で議論する「場」を継続して提供する。専門は、経営戦略、競争力、グローバル人材。主な著書に、『戦略シフト』(東洋経済新報社)、『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(日本経済新聞出版社)などがある

(執筆:石倉 洋子、編集:染原 睦美、企画・構成:下總 美由紀、デザイン:九喜 洋介)