アメリカのバイデン政権は3月12日、巨額の「財政赤字」を計上する200兆円規模の追加経済対策を成立させた。さらに、それにとどまらず、インフラ投資などに重点を置いた第二弾の経済対策によって、長期的な経済成長を目指す計画だという。この政策をめぐって、アメリカの経済学者は「何」を論じているか? それを概観すれば、アメリカが明確に「大きな政府」を志向し始めたことがわかる。アメリカはすでに、「財政赤字の拡大」を恐れて増税議論を始める経済学者すらいる日本とは、まったく違う「道」へと舵を切ったのだ。(評論家/中野剛志)

世界は変わった!「大きな政府」へ舵を切ったアメリカ、日本はどうする?画像はイメージです。 Photo: Adobe Stock

財政赤字を懸念する声に、「世界は変わった」とアメリカ財務長官

 3月12日、バイデン政権の1.9兆ドル(約200兆円)の大型追加経済対策が成立した。

 この追加経済対策は「米国救済計画(American Rescue Plan)」と名付けられ、一人最大1400ドル(約15万円)の現金給付(年収8万ドル以上の高所得者を除く)や、失業給付の特例加算、ワクチンの普及など医療対策、そして3000億ドルの地方政府支援などから構成される。

 さらに、バイデン政権は、第二弾として、インフラ投資など、より広範な経済対策に重点を置いた「より良い回復のための計画(Build Back Better Recovery Plan)」を計画している。

 これは、前代未聞と言っていいほどの財政赤字を伴う政策だ。第一弾の1.9兆ドルに、20年3~12月に発動された経済対策を合わせると、その規模は5.8兆ドル程度(名目GDP比で約28%)となる。これは、通常の年間歳出(19会計年度は4.4兆ドル)を上回り、リーマン・ショック時の経済対策(08~09年で1.5兆ドル程度)をはるかにしのぐ規模である。

 しかし、財務長官のジャネット・イエレンは、怯まなかった。

 米国は、歴史的な超低金利水準にある。そのような時は、政府債務の水準を気にするよりも、国民を救うために「大きな行動(big act)」、すなわち大規模な財政支出を行うべきだと彼女は力説した。財政赤字を懸念する声に対して、イエレンは「世界は変わったのだ」と言い切った

サマーズとクルーグマンは「何」を論争したのか?

 たしかに、低金利状態においては、財政支出を拡大する余地が十分にあるという見解は、米国の主流派経済学者の間でも、コンセンサスになっているようである。

 とは言え、この空前の規模の追加経済対策は、論争を引き起こした。

 特に、ハーバード大学のローレンス・サマーズによる批判が注目を集めた。

 というのも、サマーズは、先進国経済が低成長、低インフレ、低金利から抜け出せない「長期停滞」に陥っているという議論を展開し、その対策として積極的な財政政策の有効性を説いてきた経済学者だったからだ。

 しかも、サマーズは、リーマン・ショックの翌年の2009年から2010年まで国家経済会議委員長を務めていたが、当時の経済対策の規模は過少だったと認めている。そのサマーズが、バイデン政権の積極財政に異を唱えたのは、やや意外性をもって受け止められた。

 もちろん、サマーズは宗旨替えをしたわけではなく、依然として積極財政論者である。彼は、米国救済計画の企図には同意し、緊縮財政を拒否したことも評価している。彼が問題にしたのは、救済に充てられる予算の規模であった。議会予算局が推計した米国経済の需給ギャップに比べて、米国救済計画の予算規模はあまりにも大きすぎるため、高インフレを招く可能性があると彼は指摘した。

 これに反論したのが、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンである。

 クルーグマンは言う。そもそもパンデミックとの戦いは戦争のようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激策が必要か」などという議論をする者がいるか。戦争に勝つのに必要なだけ財政支出を行うに決まっているではないか。