2021/3/26

世界が待望する「グリーンイノベーション」はどうやって生まれるのか

NewsPicks Brand Design Editor
「カーボンニュートラルはゲームチェンジ。ビジネスの新たなチャンスであることを意味している」と語るのは、出光興産の常務執行役員、中本肇氏。
  2020年10月、日本政府は2050年までに脱炭素社会の実現を目指す「カーボンニュートラル」を宣言。これに伴い、経産省は環境への取組みを「コスト」ではなく「経済成長」へとつなげるグリーン成長戦略を描いた。
  日本政府は2兆円の基金を国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に造成。これらを呼び水に民間企業の研究開発への投資を誘発する目論見だ。
  現在、ESG関連の民間投資は世界で約3,000兆円、国内で約300兆円と言われる。世界のESG投資はここ数年で倍増している。
 世界がこれほどの資金を投じて待望するのは、カーボンニュートラルを実現し2050年の地球を支える“グリーン”イノベーションだ。
 そして、石油関連事業を軸に100年にわたり日本のエネルギーを支えてきた出光興産もまた、カーボンニュートラル後の新しい世界に向けて、大きく舵を切ろうとしている。

「イノベーション」はどこから生まれるのか?

 出光興産では化石燃料事業を中心とした事業ポートフォリオからの転換を図るとともに、研究開発の体制を刷新した。その鍵を握るのが「技術戦略室」だ。
1961年山口県生まれ。1984年早稲田大学商学部卒業後に出光興産入社。販売、原油・石油製品のトレーディング、財務・経営企画業務への従事を経て、電子材料部門・リチウム電池材料部門における部門長を務めた。2018年より上席執行役員。2020年4月より現職。技術戦略、電子材料、アグリバイオ、リチウム電池材料、知財・研究を管掌。
「出光興産では2020年4月に『技術戦略室』を開設しました。中長期の環境変化を見据えて、全社の技術戦略や研究リソースの配分を検討する部門です。
 出光興産の研究開発には、各事業部に直結する研究所と、コーポレート部門である次世代技術研究所があります。
 電子材料部、アグリバイオ事業部、リチウム電池材料部などの事業部に紐づく研究所は、その分野に特化した短期の研究を行う組織です。これが出光興産社内の研究リソースの約7割。残りの約3割のリソースが次世代技術研究所に所属し、中長期の研究に従事しています。
 それぞれの研究所では各分野の最先端の研究が成されている一方で、部門間での横連携が不足しているのが課題でした。特定の領域では勝てる、しかし予測困難な事態には対応しにくい。それが出光興産の研究の弱点にもなっていました。
 各研究所に横串を刺して、全社的な研究体制を構築する。『技術戦略室』では部門間横連携の推進をミッションの1つとしています」(中本氏)
 上述の体制変更には、カーボンニュートラルの実現に向けた迅速な研究体制のほかにもう1つ狙いがあるという。その背景にあるのは世界的な産業構造の再編の動きだ。
「たとえば、自動車業界。もうすでに自動車は既存の自動車メーカーだけの業界ではなくなっています。
 名だたるIT企業が自動運転車の開発に乗り出しているのがわかりやすい例です。今後、IT企業と自動車メーカーによる提携も起こるでしょう。
 現在、出光興産でも超小型EVの開発に着手しています(プレスリリース:「年間100万台の潜在需要に相当する新カテゴリーのモビリティを提供へ「株式会社出光タジマEV」を設立」)。今後、移動体には5G通信が標準的に搭載されるようになる。そこでは出光興産の独自素材であるSPS(シンジオタクチックポリスチレン)樹脂の需要が高まっていきます。
 また、車載ディスプレイへの需要が増せば、電子材料部で提供している有機EL材料を利用したディスプレイをEVに搭載させることもできる。当社の材料を使ったリチウムバッテリーを搭載する、再生可能エネルギーと併せるといったアイデアも生まれるかもしれません。
 あらゆる分野が組み立て産業化していくことで、産業と産業のすき間になっていた部分に新しい事業と研究開発の余地が生まれています」(中本氏)
 では、出光興産は新たに生まれる産業に対してどのようにアプローチしていくのか?
 出光興産の事業ポートフォリオは3層構造になっているという。基盤となるのは化石燃料事業を中心とした収益基盤事業。その基盤で得たキャッシュフローをもとに、社内では成長事業と呼ばれる、潤滑油や機能化学品、電子材料、リチウム電池材料、アグリバイオ、再生可能エネルギーなどの事業を展開しつつ、2050年カーボンニュートラルといった社会課題へのソリューションに通じる次世代事業に取り組む。
「次世代事業は2つのアプローチから生まれます。1つは成長事業から派生していく事業です。例えば、現在取り組んでいる超小型EVやリチウムバッテリー材料などがそう。そして、もう1つはカーボンニュートラル。
 既存の事業からボトムアップしていく事業と、カーボンニュートラルに向けて0→1で生み出していく事業。この両軸で出光興産の次世代事業を生み出していきたいと考えています」(中本氏)

「オープンイノベーション」で0→1を生み出す

 環境・エネルギー分野におけるいわゆるクリーンテック領域の研究開発は多額の資金と開発期間を必要とする。中本氏も「0→1のイノベーションが一番難しい」と語る。
 石油関連事業による安定した財政基盤を基に、長く新素材や技術の研究開発を行ってきた出光興産。だからこそ、その難しさも十二分に知っているのだ。
 そんな出光興産が近年、強化しているのがオープンイノベーションファンドへの投資だ。
「2年前からオープンイノベーションを推進しています。国内では素材・化学分野に特化したベンチャーファンドを運営する『ユニバーサルマテリアルズインキュベーター株式会社』の第2号ファンドに、海外ではスイスのクリーンテック系のベンチャーキャピタル『Emerald Technology Ventures』が運営するオープンイノベーションファンドに出資。これはイノベーションを強化していくことを目的としたものです。
 また、国内では東京工業大学と次世代材料の研究開発を目的とした共同研究のための拠点も開設しました。
 社内連携だけでなく、オープンイノベーション活動を通した社外との連携推進も、『技術戦略室』におけるミッションの1つとなっています。
 カーボンニュートラルを実現するためのイノベーション。たとえば、バイオ燃料やCO2を原料とする合成燃料。そして水素やアンモニア。これらは実用化まで長い時間を要します。そのため、1社が一気通貫ですべてをやり切ることは困難です。ましてや、カーボンニュートラルを実現するための選択肢は山ほどある。
 そのため、必ずパートナーが必要になります。今回、出光興産が出資した『Emerald Technology Ventures』のファンドはさまざまなクリーンテックをほぼ網羅しています。
 世界中のカーボンニュートラルに関する技術に常にアクセスできる状態。これは非常に合理的です」(中本氏)

アセットを生かす1→10のイノベーション

 経産省はグリーン成長戦略の中で、クリーンテックの重点技術の社会実装プロセスを「研究開発」「実証」「導入拡大」「自立商用」のフェーズに分けている。
 0→1の「研究開発」の重点戦略としてオープンイノベーションを推進する出光興産だが、移行のプロセスでこそ、同社の強みが発揮されると語る。
「0→1だけでは世の中にイノベーションを起こすことはできません。1→10にしていかなければならないわけですが、出光興産の役割はまさにそこだと思っています。
 バイオ燃料や水素、アンモニアにしても、燃料としての実用化の際には提供するためのインフラが必要になります。出光興産は長きにわたり、エネルギーのインフラを支えてきた企業。エンジニアやリサーチャーなどの人材活用はもちろん、製造装置や物流設備など、さまざまな既存アセットを転用することができます。
 たとえば、水素の場合。最終的に再生可能エネルギーを活用したグリーン水素になるとしたら、コストの観点から製造は灼熱の太陽が降り注ぐ中東など、海外になるでしょう。
 それを日本に輸送するには、運びやすいアンモニアに変える必要がある。すると受け入れのためには製油所のタンクを利用したり、アンモニアを再び水素に戻して供給する場合は全国のSS(サービスステーション)を利用したりすることも考えられる。つまり最終的にはエネルギーを求めているお客様にも出光興産はアプローチする事ができる。
 水素でも、EVでも同じですが、社会実装するためには通常ならば相当なインフラの整備が必要になります。一方で出光興産は日本中に既にエネルギー供給のためのインフラを持っているわけです。
 これらインフラを複合的に組み合わせて転用していくことになると思いますが、これは大きなアドバンテージだと考えています」(中本氏)
 政府のカーボンニュートラル宣言によって、熱を帯びてきたクリーンテック領域。これからさまざまな技術やビジネスモデルが生まれることだろう。
 出光興産が大きな器となり、これら未来の種を育て、2050年の地球で花咲くことを期待したい。