3月12日、日本郵政は楽天との資本・業務提携を発表した(写真:つのだよしお/アフロ)
3月12日、日本郵政は楽天との資本・業務提携を発表した(写真:つのだよしお/アフロ)

 楽天は12日、日本郵政や中国のネット大手・騰訊控股(テンセント)などを引き受け手とする第三者割当増資を実施し、2423億円を調達すると発表した。その中で、最大の資金の出し手が日本郵政である。日本郵政は楽天との資本・業務提携に約1500億円を投じ、出資比率は8.32%となる。物流やモバイル、デジタルトランスフォーメーション、金融など幅広い分野で提携を強化するとしている。

 ビジネス戦略としてみれば、楽天と日本郵政の資本・業務提携はシナジー効果(相乗効果)を期待して評価することもできよう。「歴史的な提携だ」との自画自賛はともかくとして、大方のメディアはポジティブな反応だ。私もそれを否定するつもりは毛頭ない。

 しかしそこには、国民の財産と安全保障に関わる見逃せない深刻な懸念が潜んでいる。

政府過半出資の会社による“資本注入”の異様さ

 まず、楽天から見れば、今回の提携は歴史的快挙であっても、日本郵政から見れば、違った風景が見えてくる。その際忘れてはならないのが、日本郵政は政府が過半を出資する会社(56.87%を政府・自治体が保有)であることだ。

 その親会社の下に、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険という個別の事業会社が置かれている。個々の事業会社が業務提携するのならば、ともかくも、問題は政府が過半出資している親会社が特定企業に約1500億円という巨額の出資をすることが、果たして妥当かどうかだ。

 多くのメディアは今回の発表だけを見て論じているが、時間を遡って経緯をたどれば、その異様さが見えてくる。

 昨年12月24日、事業会社の日本郵便が楽天と物流分野での包括的な業務提携を基本合意したと発表したばかりだ。その際には、物流での戦略提携を打ち出し、金融やモバイルなど物流以外の事業分野でも幅広く提携について協議、検討していき、3月に包括的な業務提携の最終合意を目指すとしていた。あくまで業務提携が前提だ。

 楽天は、物流について日本のEC(電子商取引)市場で攻勢をかける米アマゾン・ドット・コムに対抗していく必要がある。全国2万4000カ所の郵便局のネットワークを抱える日本郵便との戦略的提携は楽天にとってはアマゾンと戦う切り札となり得る。

 一方、楽天とゆうちょ銀行、かんぽ生命との接点はこれまでわずかだ。今後の業務提携の検討項目に金融も入っているが、具体的な中身は明らかになっていない。

 日本郵政の主な狙いは、流通総額が年間3兆円規模というECモール「楽天市場」の宅配物を優先的に引き受けることにある。もちろん、郵便事業にとっては重要なことではあるが、事業会社である日本郵便による業務提携で十分対応できるもので、昨年末の業務提携の基本合意がそれだ。資本提携、しかも日本郵政から一方的に1500億円を持ち出す必然性はどこにあるのか。

 楽天は、日本郵政などから調達した資金の大部分を、基地局の整備など携帯電話事業の投資に充てるという。これが日本郵政の事業に直結するとは思えない。

 昨年末時点ではあくまでも広範な業務提携であったのが、たった2カ月半後に急転直下、親会社による1500億円の資本提携が付け加わった。その間、一体何があったのか。

携帯料金の引き下げで苦しむ楽天を“救済”?

 菅義偉首相肝煎りの政府主導による携帯料金の引き下げで、昨年4月から携帯電話事業に新規参入した楽天のダメージは大きい。

 「大手3社を凌駕(りょうが)する携帯キャリアをつくる」

 楽天の三木谷浩史会長兼社長はそう豪語していたが、携帯基地局への先行投資が響き、2020年12月期の最終損益は1141億円の赤字で、これが発表されたのが2月12日だ。連結の自己資本比率も2020年12月末時点で4.9%に下がっている。今後も電波エリアの拡大のために基地局の設置の投資に兆円単位の膨大な資金が必要となるため、厳しい財務状況であった。

 そこにこの資本提携だ。話は今年1月に三木谷社長から持ち掛けたことを、三木谷社長本人が記者会見で認めている。資本提携では多くの場合、相互に第三者割当増資を行う「株式の持ち合い」をするが、今回はそうではない。一方的に日本郵政が楽天に出資した形で、これは事実上、巨額の“資金注入”とも言えるのではないか。これでは楽天に対する“救済”と思われても仕方がない。

 資本提携は単なる業務提携とは訳が違う。携帯電話事業のように4社が激しい競争をしている中で、政府が過半の出資をしている会社がその1社に対して巨額の資金を注入するのは、果たして公正と言えるのだろうか。厳格な議論が必要だろう。

 政府が過半を出資する会社が国民の財産を特定企業に注ぎ込んだのも同然、とも言われかねない行為は妥当なのだろうか。仮にこうした行為をするのならば、最低限、政府保有株を売却して、政府保有比率を3分の1以下にしてからするのが筋ではないだろうか。

 第2に、世間の目が日本郵政との資本提携ばかりに奪われているが、日本の経済安全保障にも関わる懸念もある。テンセントの子会社から約660億円の出資を楽天が受け入れることだ。

テンセントの楽天への出資は経済安保の観点で大丈夫か?

 テンセントについては、米国のトランプ政権末期、人気アプリ「WeChat(ウィーチャット)」のダウンロード禁止の大統領令が出され、連邦地裁によって執行差し止めになった。また最終的には見送りになったが、人民解放軍と関係が深い企業のリストに加えて、米国人の投資禁止の対象にすることも一時検討されていた。これらはいずれも米国顧客の個人情報が中国政府に流出するとの疑念が背景にあったからだ。

 中国国内では事実上独占的に使用されているWeChatによって、約10億人の国民の会話・行動・購買履歴まで監視できるようになっている。また最近、中国共産党政権はアリババと共にテンセントに対しても急速に統制を強めつつあることは周知の事実だ。テンセントも中国政府への協力を表明している。まさに中国政府によるコントロールが強まって、顧客データの流出の懸念はますます高まっている。

 そうしたテンセントが楽天に出資して、今後ネット通販などでの協業も検討しているという。楽天はECのみならず物流も含めた日本のプラットフォーマーだ。楽天は、膨大な個人情報を持ち、ECなどのオンラインサービスのみならず通信インフラでも重要な役割を担っている。楽天へのテンセントの出資は、経済安全保障の観点から大丈夫なのだろうか。

 さらに楽天と日本郵政との間で広範な提携がなされると、懸念はいっそう大きくなる。テンセントによる出資以外、楽天との具体的な協業の内容が明らかにされていない。それだけに、テンセントが楽天を介して結果的に、日本郵政に接近する可能性も懸念されるからだ。

 日本郵政には日本郵便の豊富な物流データがある。日本郵政は、楽天とデータを共有する新しい物流プラットフォームも構築するとしている。ゆうちょ銀、かんぽ生命には豊富な金融データもある。いわば、個人データの宝の山を日本郵政は抱えている。

 これは日本の経済安全保障にも関わる深刻な問題ではないだろうか。日本も安全保障上重要な業種については、外為法で事前届け出を義務付けるなど外資規制をしている。その際には楽天の事業全般を見て、外資による影響力を行使されて安全保障上大丈夫かを判断していくことになる。日本政府も事の重大さを認識して、責任ある判断をすべきだ。

 日本郵政と楽天の提携は単にビジネスの目でだけ追っていてはいけない。日本国民の財産や安全保障に深刻な懸念を投げかけていることに気づくべきだ。

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