2021/3/29

【ユニクロ×東レ】モノづくりの、その先へ。LifeWearで世界を変える「共創力」

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 ヒートテック、エアリズム、ウルトラライトダウン。「LifeWear」を掲げてグローバルに事業を展開するファーストリテイリング/ユニクロの経営は、垂直統合の理想的なモデルとして語られることも多い。同社の商品開発・生産における戦略的パートナーとして切っても切れない関係を築いてきたのが、素材メーカーの東レだ。
 イノベーション創出のために異業種の協業が必要だとはよく言われるが、国内を見渡してもその成功事例はごく一部だ。なぜユニクロと東レはパートナーシップを築けたのか。時は2000年、両社のトップ会談にさかのぼる──。
INDEX
  • 繊維は斜陽か? グローバルに見れば成長産業だ
  • 異業種とのパートナーシップがもたらしたもの
  • 製品と体験を高めるための「理解」
  • 「共創」は、どう世界を変えていくのか
  • LifeWearのサステナビリティ

繊維は斜陽か? グローバルに見れば成長産業だ

東レ・石井 一 ユニクロの柳井 正社長が東レとの協働を求めて初めて当社を訪問されたとき、私は故・前田勝之助会長(当時)の秘書をしていました。
 その頃の手帳を持ってきたんですが、2000年4月24日の午後2時に、役員の方々と一緒にいらっしゃる、と。ここに、中嶋さんの名前も書いてあるんですよね。
ファストリ・中嶋修一 懐かしいですね。当時のユニクロはフリースがヒットして名前が知られた時期。柳井は「この先、独自性のある商品を開発していくためには技術・開発力のあるパートナーが絶対に必要だ」とよく言っていました。
 そして、「それは東レさんだ」と。我々の熱意と意思を伝えるために、柳井と当時の役員全員で訪問させていただきました。
石井 光栄なことです。当時の前田は、斜陽だと言われた国内の繊維産業について「グローバルで見ると成長産業だ」としきりに言っていました。
 今でもはっきり覚えていますが、私が前田の執務室へ柳井社長をご案内し、二人だけで30分ほどお話しされました。
中嶋 役員は別室で待機していて、柳井が出てきて一言、「東レさんと取り組みます」と。そこから両社の協働が始まったんです。
1998年にユニクロの名を一躍知らしめたフリースが発売され、国内で数千万枚を売り上げる大ヒット商品に。柳井社長が東レを訪れた2000年は、この“フリース旋風”の直後。この後、ユニクロはイギリスやアジアへの進出を始める。
石井 両社のパートナーシップの歴史をひもとくと、東レがフリースの生産をお手伝いするところから始まり、素材開発、製造設備、サプライチェーンへと協業の幅を広げてきた。
 私が直接ユニクロさんを担当することになったのは2013年ですが、そのときは「互いの協業体制がここまで来ていたか」と感慨深いものがありました。
中嶋 本当に二人三脚で、毎年毎年、改善を重ね続けてきましたからね。東レさんは「素材には、社会を変える力がある」という企業メッセージを掲げていらっしゃいますが、私たちは「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という理念を掲げ、それを「LifeWear」というコンセプトを通じて実現しようとしています。
 互いの理念に共鳴するところがあったから、柳井も「東レさんしかない」と決めたのでしょうし、前田会長とのトップ会談で「東レさんなら信頼できる」と確信を持ったのでしょう。
 異業種とのここまで本格的な協業は、当社にとっても初めての挑戦でした。あの日、トップダウンで両社が決断したことで、のちの戦略的パートナーシップに向けて走ってこられたのだと思います。

異業種とのパートナーシップがもたらしたもの

石井 本格的な共同開発が始まったのは、ヒートテックからでしょうね。2003年にユニクロさんから、デニムの下に着ることができるような、薄くて暖かい素材を開発してほしいという要望をいただきました。
 その課題に対して新しい原糸を開発し、2006年に4種類の繊維を組み合わせたヒートテックが生まれたわけです。この年に、両社が戦略的パートナーシップを締結し、以降はより緊密な開発体制を築くようになりました。
中嶋 LifeWearとは、それを着るお客様一人ひとりの生き方や生活を豊かにしていく服のこと。その実現には、新しい素材技術や商品開発力が不可欠です。
 ユニクロは素材をつくれないし、工場も持っていません。私たちにできるのは、お客様のご要望に耳を傾け、どういう商品をつくりたいかを考え、一緒に開発すること。そして、その商品の良さをお客様に伝え、届けること。
 それを形にしていく上で、東レさんが持っている開発・技術力は非常に大きいんです。
石井 我々としても、お客様一社のためだけに新しい原糸をつくるなんて、それまでは考えられないことでした。ふつうに考えたらコストもかかりすぎるので、お断りすることになったでしょう。
 それができたのは、ユニクロさんが専用の製造ラインを回して採算が取れるだけの商品を、長期にわたって販売し続けていただけるというコミットメントがあったからです。
 当時、そんなお客様はいませんでした。アパレルには、シーズナリティが重要です。今シーズンは私たちの繊維を使っても、次のシーズンは打ち切りになるようなケースは多々ありました。
 老若男女が着られるLifeWearを、世界に届ける。このユニクロさんならではのビジネスモデルが、安定して素材開発と生産を継続するための要因でした。
中嶋 トップの強烈なコミットメントがあったことも重要ですね。柳井は、東レさんとは苦しいときにもずっと一緒にやっていくと、社内に向けてずっと言い続けていますから。
 もちろん、最初はさまざまな戸惑いもありました。それまでは完成した生地から見ていたのが、原糸開発から関わることになった。
 素材開発の工程は、ユニクロの従来の感覚からすると、ものすごく時間がかかるように感じられます。社内でも「東レさんとやると、時間がかかる」という声が出てきて、当初はぎくしゃくした時期もあったと思います。
 今ならわかるんですが、それは私たちが、素材開発を知らなすぎたから。東レさんの技術にかける情熱やエネルギーをうまく消化できていなかったんです。
 東レさんとチームになって交流し、現場を見て協業の実積が積み重なると、みんなの気持ちがどんどん前を向いていくんです。
石井 私たちもユニクロさんと協働することで、良い影響をたくさんいただきました。
 工場や研究所で働く人たちは、自分たちがつくりあげたものを店頭で見る経験が乏しかった。自分たちが手がけたものが、お客様に直接評価される。
 これは素材メーカーの人間にとって、大きなプレッシャーにも励みにもなります。そして、ユニクロさんがお客様に耳を傾ける姿勢からも、多くのことを学びました。
 我々がつくる素材は、人々の生活のなかで、こんなふうに使われている。もっと自分たちも、お客様の声に敏感にならなければいけない。
 この視点が実感を伴って現場にもたらされたことは、ユニクロさんと協働して東レが大きく変わったことです。

製品と体験を高めるための「理解」

中嶋 やっぱり、何かをより高いレベルにしていこうとするときは、物をつくって売るところまで、両社が互いの領域を深く知ることがとても大切です。
 私たちは、お客様に喜ばれる良い服を届けたい。そのために服のさまざまな要素に対する理解を深め、どうしたらもっとよくできるのかを東レさんから学んでいきました。
 知識が深まると、自分たちから「こういうアプローチなら、こんな機能が高まるんじゃないですか」と提案できるようになる。1歩も2歩も進んだコミュニケーションができるようになっていったんです。
 東レさんも、同じじゃないでしょうか。最初はユニクロが「こうしてください」と要望を出したら、そのとおりにやっていただいていた。
 でも、お互いの社員が交流して、ユニクロの文化への理解を深めていただくにつれ、東レさんからも「お客様は、こういうものを求めているんじゃないですか」と、提案されることも増えてきた。素材や機能と衣服の体験を結びつける感覚が、どんどん鋭敏になっていきました。
 お互いの目の付けどころがわからないと、要求も浅くなってしまう。深く理解することで、より深く、繊細な要求ができるようになると思います。
石井 おっしゃる通りですね。私たちは、製造業ですので縦割り組織が基本でしたが、ユニクロさんとの取り組みを横串にして、フラットに社内外を横断する連携を強められました。
 セクショナリズムのようなメンタリティから脱却できたのは本当に大きなことで、今ではその風土が繊維以外にも広がっています。
 たとえば当社の持つバイオやカーボンなどの経営資源も、ユニクロさんというパートナーのために活用できるのです。その先には、開発した素材を使っていただく「消費者」が見えています。
 これがどのように発展していくか、どんなイノベーションを形にできるのか、すごく楽しみです。

「共創」は、どう世界を変えていくのか

中嶋 素材メーカーとアパレルの協業というとよく誤解されるんですが、ユニクロが東レさんに注文して生地を買うわけではないんですよね。
 どういうものをつくるとお客様に満足していただけるのかという最初の段階から、東レさんと議論を重ねていく。非常に早い段階から話し合いをしているので、互いの理解が深まり、信頼関係ができあがっています。
 我々は「情報製造小売業」だと言っているんですが、その信頼があるから、サプライチェーンを通した生産管理もできる。一朝一夕にやれるかというと、難しいと思います。
石井 とくに中長期のコア技術を開発する場合には、何度も話し合いながら、素材の試作を繰り返します。
 そういう追求の果てに生まれたのが、ヒートテックやエアリズム、ウルトラライトダウンという、LifeWearのイノベーションです。
 そうすると、その次はどんなすごいものを開発するのかと、中嶋さんたちからも社内からも常に問われます。これは本当にチャレンジングなことです。
 たとえば「ウルトラストレッチアクティブジョガーパンツ(以下、アクティブジョガー)」は、2015年の夏に当社の日覺昭廣社長とユニクロの柳井社長の両トップが話し合い、柳井社長から「ポリマーからすべてつくってください」と依頼されて始まった企画です。
 ※原糸の素材となる高分子材料。ここにも卓越した技術とバリエーションがある。
 社内で検討を重ね、新原糸のストレッチポリエステル糸を使った繊維素材をユニクロさんに提案しました。素材は評価していただきましたが、ストレッチ性だけでなく、ドライ(速乾)機能を付けられないかという要望があり、2017年に発売したあとも、さらに改良を重ねていきました。それがようやく2020年にステイホームのなかで新たな需要も取り込んで大きく花開きました。
ウルトラアクティブジョガーパンツ(2017年発売)
中嶋 商品が完成すれば終わり、ではありません。アクティブジョガーは予想を大きく上回る評判を得て、想定していた数量ではまったく足りなくなってしまったんです。
 東レさんに生産キャパシティの拡大をお願いして、だんだんと品薄状態が解消されていきました。
石井 お客様の反響に応じて「売りながらつくる」という情報面での一体化は、生産計画の精度を高めるためには非常に大事なんです。
 新しい原糸をテキスタイルや縫製品にして、それを短期間に均一の高い品質で大量生産を可能にすること、これができることが東レの製造現場の技術力です。グローバルなサプライチェーンからマーチャンダイズ、マーケティング、マネージメントまで、東レはユニクロさんと情報を共有しながら密になって体制を組んでいます。
 たとえば、私たちの縫製工場を含むすべての取り組み先との間に、働く人たちが直接ユニクロさんに意見を伝えられる「ホットライン」という仕組みがあります。東レの工場とユニクロさんとの間に資本関係はありませんが、工場の設備や労働環境に至るまで透明性を高めることが、品質の信頼にもつながると考えています。
海外の生産拠点では、新型コロナウィルス対策など、工場の設備や食堂、衛生なども両社でコミュニケーションを取りながら整備。バングラデシュにある東レの工場では、携帯電話を活用した電子決済システムを導入。女性社員が自身で給与を管理できるというメリットも生まれた。上の写真に掲げられている標語には「私たちがつくる製品は、母の日のプレゼントと同じ」と書かれている。
中嶋 「LifeWear」という言葉には、私たちの服を着ていただく人の暮らしを豊かにしたいと同時に、その服をつくるために働いている人たちやその家族にも、豊かな生活を送ってほしいという思いが込められています。
 お客様に良い環境でつくられた服を届けたい。そうやって工場の環境までオープンにしていただいているので、私たちも自信を持って商品をお客様に届けることができるんです。

LifeWearのサステナビリティ

石井 2017年には、「The Art and Science of LifeWear」と銘打って、ニューヨークで非常に大掛かりな合同展示会を開催しました。
 それまで東レは独自に、先端材料展というものを日本で開催していましたが、そういう先端材料の技術がどう世界を変えていくのか。ユニクロさんと東レがともに目指す「LifeWear」を通してグローバルにメッセージを発信できたことは、貴重な機会になりました。
 その後、パリとロンドン、中国でも合同展示会を行いましたが、2019年9月のロンドンでは、ペットボトルのリサイクル新素材でつくった「ドライEX」や、ウルトラライトダウンの古着を回収してリサイクルした「リサイクルダウン」など、サステナビリティをテーマにした商品開発を発表し、大きな反響がありました。
上:ニューヨークでの合同展示会場での東レ・日覺昭廣社長とユニクロ・柳井正社長/左下:ニューヨークでは「アートとサイエンス」がテーマ/右下:2019年、ロンドンの展示会場
 ユニクロさんの商品やそれを支える技術が、世界に注目されている。このことは、東レの社員一人ひとりに大きな自信を与えてくれました。
中嶋 これからは、地球環境に負荷をかけないものづくりがますます重要になっていきます。人々の暮らしを豊かにする服をつくっていくのですから、生産から販売まで含めて、サステナビリティを実現する開発を追求していかないといけない。
 一方で、環境に負荷をかけないから品質や機能、着心地が犠牲になっていいかといえば、そんなことはありません。この二つを両立し、さらに品質や着心地ももっと進化した服を、どんどん世の中に出していきたいと思います。
「世界を変える」なんて大それたことですが、ユニクロと東レさんのアセットをかけ合わせることで、そのビジョンは実現性を帯びてきます。
石井 まったく同感です。私たちも「素材で社会を変える」ことを掲げて、技術を磨き、極限を追求してきました。ユニクロさんとの「LifeWear」というプロジェクトが与えてくれたのは、我々がこれまで続けてきた技術開発が、消費者や社会に届いているという、確かな手応えです。