2021/3/26

【座談会】なぜ「社会派クリエイティブ」の力が、いま求められるのか

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
デザイン思考、デザイン経営、ソーシャルデザイン……。今ほど「デザイン」の大切さが叫ばれている時代はない。そしてデザインはビジネスだけでなく、社会全体にも求められている。

「SDGs」「ESG」などソーシャルグッドな取り組みが評価される今、そのコンテクストを伝えるためにはデザインの力が必要だ。では、どのようにデザインを活用すれば、よりよい社会は作れるのか。

“社会派クリエイティブ”を掲げるクリエイティブディレクターの辻愛沙子氏と、社会課題に対するデザインアプローチで「グッドデザイン賞」2020年度ファイナリストに選ばれた4名との座談会から、社会のためのデザインとは何かを明らかにしていく。
辻愛沙子(以下、辻) 社会課題への問題意識や積極性において、活動する人と世論の間にはまだまだ“溝”があると思っています。特に、現代は社会がとても複雑化している。
 その溝に橋をかけられるのが、デザインを含めたクリエイティブの手法になるのではないかと。
 例えば、私が2019年に立ち上げた『Ladyknows』は、女性をエンパワメントするプロジェクトでした。
 あえて、テーマカラーをピンクにすることで、パッと見ただけでも女性について扱っていることが認識できるようにしました。
2019年4月にスタートした女性の健康や生き方や働き方をエンパワメントしていくプロジェクト『Ladyknows』。出産・病気・仕事・美容といった情報発信をしながら、“世界初フォトジェニックな健康診断”といったイベントも開催
 もちろん男性はブルー、女性はピンク、LGBTQがレインボー、のようにステレオタイプな決めつけが多様性を欠いてしまうリスクもあります。
 しかし、デザインとしてピンクを用いて、わかりやすく表現することで、多くの人たちが連帯しやすくなるという側面もあります。
 それこそAppleが「(PRODUCT)RED」という、赤色のiPhoneを作って、売り上げの一部をHIVやAIDS対策プログラム寄付しているように、難しそうな問題もデザイン次第でたくさんの人が自分事にできるかもしれません。
秋吉浩気(以下、秋吉) 溝は分断ともいえますよね。それは建築業界でもあります。
 わかりやすい例でいうと、「地方」と「都市」の分断です。高齢化が進み、地方の市町村が限界集落化している。一方で都市に人は流入し続ける。
 この社会課題は顕在化していますが、僕たちはデザインの力でこの分断をなくすような取り組みを続けてきました。
 具体的には、「VUILD」というスタートアップ企業を設立して、主に全国の中山間村地に向け、デジタルなものづくりの技術を導入する支援をしています。
 家や家具に必要な木製部品を、ボタン一つで作れるクラウドサービスを開発されたのですよね。
秋吉 そうですね。デザインしたデータ通りに簡単に木材を削りだせる機械を導入することで、都市部にいる建築家や工務店の手を借りなくても、自由に家具や家を作れます。
 デジタルテクノロジーによって、都市と地方の二項対立を解決するためのインフラをデザインしたということですね。
 同じように、中村さんが手がける「BRING™」もアパレル業界で独自のインフラを構築していますよね。
中村崇之(以下、中村) 「BRING™」は、不要になった洋服を店頭で回収して、我々の工場でケミカルリサイクルをしています。そして、それをポリエステルの原料に再生するだけでなく、服まで作って販売する。
 再生ポリエステルを使い、再び洋服を作って、消費者に販売して、使われなくなったらまた回収する。「服から服をつくるサーキュラー・エコノミー」を実現するブランドだと自負しています。
 また、我々は自社製品を作るだけでなく、いろんなブランドに再生ポリエステルを供給しています。そうすると自分たちが持つ販路以外でも、環境に配慮した洋服が広まっていく。
 1社1社でリサイクルの取り組みをすると、どうしてもわかりにくく、コストが肥大します。だからこそ、インフラ化することによって、どんな企業でも気軽に使える仕組みづくりを目指しているんです。
 実は私も「BRING™」さんのパーカーを愛用していて、めちゃくちゃ着心地がいいんですよ(笑)。
 VUILDさんが公開している家具のテンプレートや見本も、すごく洗練されていて「作ってみたい!」って思いますよね。
 つまり、複雑な社会背景や課題を知らなくても、デザインの力で人を惹きつける。そこから課題に興味を持ってもらったり、距離を縮めたりすることができるのかな、と。
 一方、「台湾デザイン研究院」の艾さんは台湾を拠点に活動していますが、デザインの可能性をどのように感じていますか?
艾 淑婷(以下、艾) 私が所属する台湾デザイン研究院は、デザイナーの人材育成、企業や行政とクリエイターとのマッチングなどを行っています。
 なかでも、力を入れているのが「教育」の分野です。
 実は、レギュレーション上の問題もあり、台湾ではプロのデザイナーに教育空間を手がけてもらうことが難しかったんですね。
 そこで日本の文部科学省にあたる「教育部」にコンタクトしながら、デザイナーとの“つなぎ役”として、台湾の学校のリノベーションを推し進めてきました。
 教育現場に「デザイン」の力が入ることで、どんな変化が起きるのですか?
 例えば台湾の学校では先生が「司令台」と呼ばれる高い台の上から下にいる生徒に話しかけます。
 でも、その権威的な構造は現代の教育理念にそぐわなくなっていますし、教室が汚く、殺風景な学校もありました。
2020年度グッドデザイン金賞の「Design Movement on Campus」(Taiwan Design Research Institute)。社会動向に遅れをとる教育に対して、アートを軸に教育メカニズムを再設計。教育に関わるすべての関係者がそのプロセスを通じ、新しいエコシステムを構築することを目指した
 それをデザインで改善することによって、学校の先生や生徒、保護者にその力を理解してもらう。そして、教育における環境の大切さを実感してくれたことが大きな成果です。
 もちろん教育現場に限らず、行政は市民とのコミュニケーションや環境づくりに手が回らない部分も多いので、これからもつなぎ役として社会に貢献していきたいですね。
 今日は東京都でICTを推進する荻原さんにもご参加いただいています。台湾のように、日本の行政においてもデザインの重要性に対する認識は高まっているのでしょうか?
荻原聡(以下、荻原) 艾さんも実感されていると思いますが、これまで行政側は市民の方々に伝わりやすい形で情報を届けるのが、得意ではないところはありました。
 そのような課題があるなかで、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大が起きました。当然、東京都としては、何らかの情報を発信しなければならないわけですが、今回は「デザイン」を意識して取り組めたと感じています。
 これまで行政が発表する情報といえば、情報の羅列やURLのリンクを集めただけのものが多かった。
 だから「東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト」では、文字を羅列するのではなくグラフや表でわかりやすく掲載することにこだわりました。
 また、グラフや表などに活用しているデータをオープンデータとして公開することで、データの再利用が可能となっています。
2020年度グッドデザイン金賞の「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」(東京都)。新型コロナウイルス感染症対策に関するさまざまな情報やデータをワンストップで閲覧でき、またソースコードの公開により他自治体においても同様の取組を行うことが可能となった。
 公開データを編集して、独自のグラフを作る民間の媒体もありましたよね。
 病床数が満床に近づくと赤で表示しているサイトなど、すごくわかりやすかったなと見ていました。
荻原 東京都のサイトも、初期段階は質素なリンク集のような見え方だったのですが、わかりやすさを重視して、アジャイルを繰り返し、ブラッシュアップを続けてきました。
 なるほど。「デザイン」と聞くと、ついビジュアルの話になりがちですが、みなさんのお話を聞いていると、「美しく整える」の遥か手前の課題を解決することに注力されていますよね。
 やはり、デザインとは表層のアウトプットだけではなく、根幹にある思考そのもの。各界の最前線で活躍している方々の事例を通して、その感覚をたくさんの人に知ってほしいと思いました。
 表層だけでなく、モノやコトの根幹を捉えて、それをデザインの力で解決する。こう言ってしまうと、デザイナーの役割も大きく広がりそうですね。
秋吉 そうですね。〇〇デザイナーと細分化した肩書を名乗ることで、役割をはっきりとさせている人もいます。
 でも、その職域に固執してしまうと、ジャンルを越境するような対話や連携が生まれない。
 ゆえに僕はソーシャルからデジタルまで「デザイン領域の全体像」を一通り経験し、共通言語を作ることが、これからのデザイナーには重要だと思っています。
2020年度グッドデザイン金賞の「まれびとの家」(VUILD株式会社)。デジタルファブリケーション技術を用いて、木材調達から加工・建設までを半径10km圏内で完結。林業の衰退と限界集落化の課題に挑んでいる。
 そうですね。デザインに限らず、世界をリードする人は技術だけに強い人でも、経済だけに強い人でもない。人々のニーズをつかみ、広い意味でのコミュニケーション力を持つ人です。
 ですので、UIやUX、情報、プロダクトなど、個々の領域に強いデザイナーを育成することも重要ですが、私たちが取り組んでいるパブリックセクターの課題は個々のデザイン能力だけでは対処できません。
 人々のニーズやさまざまな課題を統合する、つまりインテグレーションするような、より高度なデザイン感を持つ人が必要です。
 ジェネラリストの必要性は私も実感しています。クリエイティブディレクターの役割も、まさにそこがポイントだと思うんですね。
 ブレない目的意識を持ちながらも、全体を俯瞰しながら、ジャンルやポジションを“越境”して新しい文脈を見出すことが大事です。
 秋吉さんから「全体像とは何か?」を捉えるデザイナーが、これから求められるとお話をいただきました。
 デザインそのものの役割も、より大きな課題に対してアプローチするなど、これからさらに拡張していくと考えますか。
中村 そうですね。そういう意味でいうと「BRING™」の事業は、消費者の文化を“再構築する”ことを目指しています。
 例えば、BRING™には無印良品さんが参画していまして、着なくなった服やタオル、シーツを含む繊維製品を全国にある各店舗で回収しています。
2020年度グッドデザイン金賞の「BRING™」(日本環境設計株式会社)。消費者から着なくなった服を回収、ポリエステル素材を自社工場でケミカルリサイクルし、再生ポリエステルという原料に循環。そのうえで、糸・生地からアパレル製品の製造販売に至るまで、循環する仕組みを自社ブランドにおいて一気通貫で実施する。
 つまり、 無印良品の店舗に行くと「服を回収」していることに気づける。店舗は日本中にたくさんあるので、リサイクルの接点は増え、気づく人も増えていきます。
 まず、無理なくリサイクルが進むような回収のインフラを作る。そして認知してもらい、回収を増やしてリサイクルすると同時に、みんなが買いたくなるようなオシャレなデザインの洋服も再生繊維で作っていく。
 一つの課題を大局的に見てデザインする。それが、新しい消費者の文化を形成することにつながると思っています。
荻原 価値観が多様化するなかで、行政にもあらゆるニーズが寄せられています。
 地方では、利便性の高いコンパクトシティに賛同する人もいれば、利便性だけを求めず昔ながらの生活を選ぶ人たちもいます。
 ゆえに行政サービスにおいても、分断を助長しない総合的な広い視点が重要になってくると考えていますし、中村さんがお話しされたような大局観が必要かもしれません。そこにはデザイン的なアプローチが必要だと思います。
 東京都としても、今日ご参加いただいているような方々の知恵を借りながら、新しい社会をどうデザインしていけばいいか、模索していきたいですね。
 みなさんは2020年度グッドデザイン金賞を受賞されていますが、他の受賞作品を見ても、キャッチーな椅子や茶碗などもありますし、社会課題解決型のプロジェクトもある。
 今後はデザインの概念や役割を広げていくことが、より増えてくるのかなと思いました。
取材はZOOMで実施した。
秋吉 ただ一方で、社会課題を後追いするようにテーマを探しても、デザインが短期的かつ課題解決的なアプローチに限定されてしまって、本当に解決すべき根本的な問題にたどり着けないケースもあると思います。
 我々も、社会課題を解決するアプローチでグッドデザイン賞を受賞しましたが、実は「まれびとの家」は、「やってみたら面白そう!」という直感からスタートしました。
 つまり「なぜやるのか?」や「やりたい!」という自分の内側から発する思いからスタートして、社会との距離をつかみながら、デザインのスキルで社会に貢献する術を見つけていくことも求められると思うんです。
 秋吉さんがおっしゃる通り、課題解決すること自体が目的化してしまっている傾向があるなと、デザインに限らず広告のフィールドでも実感しています。
 結局「課題解決」と、人を惹きつける「情緒的なもの」をパッケージ化して提供できるのがデザイン。
 だからこそ、デザイン思考的な課題解決を模索することと「なぜそれをやるのか?」という問いについて考えることが重要なんだな、と今日のディスカッションで改めて実感しました。