2021/3/25

【DX推進のリアル】「3万8000人」の“本音”を武器に、大企業は変われるか

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
いま、多くの大企業がDXや新規事業創出をはじめ、試行錯誤しながらも新たな勝ち筋を模索している。
一方で、それには小回りのきくベンチャーと違い、大企業ならではの様々な課題がある。大企業ならではのアセットを生かし、新しい価値を生み出す仕組みをつくるには、どのようなアプローチが必要なのか。
そんな中、「ムダな仕事はしたくない」という本音ベースの発想から新規事業開発を推進しているのが、日本最大手の電気通信事業者であるNTT東日本の「デジタルデザイン部」だ。
2019年7月に新設されたデジタルデザイン部は、デジタルを活用した新規ビジネスの創出への挑戦を通して、同社の組織風土や人材育成の改革に取り組んでいる真っ最中だという。
デジタルデザイン部の立ち上げを牽引する下條裕之氏、浦壁沙綾氏に、デジタル推進組織立ち上げのリアルを聞いた。
INDEX
  • デジタル推進組織立ち上げの理由
  • 大企業の事業創出を阻む壁
  • 思わず漏れた「本音」
  • 本音が漏れる「フラット」な組織づくり
  • 「3万8000人」の本音が武器に変わる

デジタル推進組織立ち上げの理由

──大企業を中心にDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む動きが加速度的に増えていますが、そもそもDXという言葉が独り歩きしているケースも多くあります。
下條 そうですね。私の立場から話すのも恐れ多いのですが、特に大企業の中でDXといわれるものは、大きく2つに分かれると考えています。
 ひとつが、業務プロセスを単純にデジタル化すること。もうひとつは、ビジネスモデルや顧客体験価値の変革を目的にデジタルを活用することです。
 私たちも含めて大企業の多くは、業務効率化を目的としたデジタル活用にとどまっていますが、本来なら新しい価値創造に対してデジタルを組み合わせないといけない。
 そうは言っても、まさに私たち自体が変化しないといけない中で、デジタルデザイン部はデジタルを活用した新しいビジネスや価値の創出に取り組んでいる真っ最中です。
浦壁 元々NTT東日本の事業は、これまで通信インフラである「電話」と「ブロードバンド」の二本柱でした。
 でもいまのような変化の激しい時代には、インフラだけを提供しているようであればお客様に新しい価値を提供することはできません。
 そこでデジタルデザイン本部は、3本目の柱として「デジタル事業」を育てるために、NTT東日本自身の新たな事業の創出を目的に設立されました。
 組織に蓄積した経験を社内に展開することで、同時にNTT東日本全体が進化するための組織風土や人材育成の改革も目指していきたいと考えています。

大企業の事業創出を阻む壁

──大企業の新規事業創出は頓挫するケースも後を絶ちません。実際どのような課題がありましたか。
下條 私たちは確固たるインフラ事業を確立しているが故に、一方でそれに頼りきっていた側面があるのも事実です。
 そのためインフラに関しては優れた技術を持っていますが、プロダクト開発となると、そもそもの技術の知見がない。つまり、プロダクト開発の知見に優れた人材が圧倒的に社内に足りていませんでした。
 また、思考プロセスの課題もありました。
 組織立ち上げの際、過去の失敗事例を分析したんです。すると、その多くがテクノロジーの活用を目的化してしまい、何らかのツールを導入することで満足していることがわかりました。
 コミュニケーションツールを電話やメールからSlackに変える、のような発想がまさしくそうです。ツールを導入するだけでなく、そのツールでどのようにカルチャーやコミュニケーションを変え、新しいビジネスを生み出していくのかという発想がないと、単なるデジタル化で終わってしまう。
 手段と目的の逆転についてはよく指摘されていることでもありますが、頭では理解していても実行は難しい。自らデータを分析したことで、身をもって痛感しましたね。
 そこで私たちは、テクノロジーの導入を目的化するのではなく、まず「ありたい姿/あるべき姿」を定めることから、議論を始めたんです。
 これまでのNTT東日本とは違い、理想的な未来の姿から逆算し、現在取り組むべき施策を考えるという思考法を取り入れました。

思わず漏れた「本音」

──具体的にはどのようにプロジェクトが進んだのでしょうか。
浦壁 例えば私たちはいま、「マイバトラー」というDXツールの開発を進めています。
 マイバトラーを開発するにあたって、最初に行ったのが、先ほど申し上げた「ありたい姿」の議論です。
 まず、「こんな未来が実現したらいいよね」「どんな未来がきたら幸せなんだろう」、理想の未来について自由に思いつくままに意見を出し合いました。
 ただ、最初はなかなかうまくいかなくて。例えば「ニューノーマルな働き方はこうだ」みたいな議論をしても、頭では理解できても手触り感がない。
 どうしても綺麗に収まってしまっていて、はじめから落とし所を見据えているというか、お互いに腹を割って話せている感覚は正直そこまでなかったんです。
 そこで、“現状改善”という従来の視点も取り入れようと、パートナー企業の方々に「いま、一番困っていることは何か」というヒアリングも重ねました。
 そこから、自分たちのありたい姿を考えられないかと。でも、やっぱり市場調査をしたところで、多少の忖度は入りますから本音は出てこない。
 肝心のありたい姿が、なかなか定まりませんでしたね。
──それから、どうしたのですか。
浦壁 少し近い立場にいる、同じチームのメンバーに、ヒアリングを重ねたんです。綺麗にまとめなくていいから、素直に思いつきを話してほしいと。
 すると、何度か重ねるうちにあるメンバーが本音を漏らしてくれたんです。
──本音、ですか。
浦壁 はい。「仕事しなくても生活できたらいいよね」と本音をポロっと漏らしてくれて。全員一致で、共感してしまいました(笑)。
下條 ひとつのブレイクスルーの瞬間でしたね。それを機に、みんなが本音を吐き出せるようになり、私たちが描いていたフラットな議論がようやくできた気がしました。
下條 そこから、「仕事をしないためには?」「究極仕事しないで生きていくためには?」のような問いも挙がり、議論はとても盛り上がりました。
 そして突き詰めていくと、「“ムダな”仕事はしたくない」という結論に至ったんです。クリエイティブな仕事は楽しめるけど、ムダな仕事はテクノロジーに任せてもいいよねと。
浦壁 私たちも経験したことのないやり方なので試行錯誤したのですが、答えは市場ではなく自分たちが持っていたことはひとつの発見でした。
下條 プロダクト開発には、顧客が何を求めているのか、潜在的な欲求は何か、を知ることが求められますが、まさに私たちが苦手としていることでした。
 でも今回開発しているマイバトラーは、「一番の顧客は自分だ」という感覚があります。「自分にとって何が面倒なのか」を掘り下げ、どう改善したら自分の理想が実現するのか。
 プロダクト開発において大切なのは、そういう自分の本音やインサイトに辿り着けるかということを、今回の経験を通して学びました。

本音が漏れる「フラット」な組織づくり

──組織が大きいほど“本音”を拾うのは苦労しそうですね。
下條 そうですね。大企業ほど苦労している点かと思います。
 私たちのような大企業はどうしても縦軸型のコミュニケーションになってしまい、若手は特に本音を漏らしにくい。でも、それは本当にもったいないことだと思っています。
 もちろん本音を引き出すことは難しいのですが、それでも新しい価値を生み出すためには人の潜在的な欲求を理解しないといけない。
浦壁 本音が出てこないまま、建前の理想を立ててしまっていたら、マイバトラーの開発は失敗に終わっていたかもしれません。自分でさえ信じきれない、興味を持てない理想の未来に、世の中が興味を持ってくれるはずはありませんから。
──まさにどれだけ本音を漏らしてもらえるかが重要ですよね。
下條 そうなんです。振り返ってみると、やはり何度もフラットな議論の場を重ねたことは大きかったと思います。
 私自身、若手メンバーの意見こそ価値があると考えているので、議論を進める際も、年齢や階級の枠を取り払ったフラットな場づくりを心がけていました。
浦壁 本来ならまずは係長クラスに相談して、次に課長に承認をもらう。その上で、部長、本部長へ…というプロセスを踏むことが多いのですが、デジタルデザイン部では最初からメンバーと部長が一緒に議論を進めてきました。
下條 これって、これまでのNTT東日本とは全く違った事業開発プロセスになるので、最初はメンバーも戸惑いがあったと思います。
 でも、私たちは「NTT東日本らしくない」組織を目指したい。AppleやAirbnbも「思いつき」から大きな成功を収めています。その可能性を、僕らも追求していきたい。そう言って、いつも自分たちを鼓舞しています(笑)。

「3万8000人」の本音が武器に変わる

──デジタルデザイン部の立ち上げを通して、大企業ならではの強みをどのように考えるようになりましたか?
下條 立ち上げ当初、実は「ベンチャー企業みたいにならないといけない」と思い込んでいたんです。
 でもプロジェクトを推進していくうちに、ベンチャーにはベンチャー、大企業には大企業ならではの強みがあるということに気づきました。
 例えば、私たちは長年培ってきたセキュリティなどの「信頼性」の側面はなくしてはいけない。
 一方で、プロダクトの発想や柔軟性などは、ベンチャーから学べばいい。ベンチャーならではの良さを取り入れながら、社内に還元していくことが大切でした。
 また、やはり私たちの最大の強みは、「3万8000人」の社員の生の声、つまり3万8000人の本音を聞けることにあります。
 この3万8000人の本音に加えて、NTT東日本の資金、人脈、企業とのつながりといった大企業ならではのアセットをフル活用できれば、新しい価値は創出できるはずだと信じています。
浦壁 現在のNTT東日本の社員は3万8000人いますが、新設したばかりのデジタルデザイン部や「DXラボ」のことは、よくわからないという社員も多くいます。
 しかし、その3万8000人がマイバトラーを使うことで、新しい本音も聞くことができるはず。マイバトラーを使った3万8000人の声を反映することは、プロダクトを大きく成長させることにつながります。
──デジタルデザイン部では2020年末に「DXラボ」も立ち上げています。
下條 「DXラボ」は、マイバトラーのような新しいプロダクトを創出するために、内製開発とオフショア(海外)開発拠点を含めたワンチームとして開発を行うバーチャル組織になります。
 これまでのNTT東日本はプロジェクトマネジメントの役割を担うことが多かったのですが、今後は自分たちでシステム開発を推進できるような人材を育てていく必要があると考えています。
 そこで「DXラボ」では、社内副業として人員を受け入れるなどして、開発人材を育成・拡大することを目指しています。
浦壁 社内の関心や理解が深まることで、DXラボがデジタル人材の受け皿となり、育成を担う場としても存在感を発揮していきたいんです。
 単にデジタルに強い人材を育成するのではなく、「NTT東日本らしくない」マインドを持つ人材を育てたいと考えています。
下條 プロジェクトのマネジメントは得意だけど、DXラボのような短い時間で開発・改善を繰り返していくアジャイルな手法に苦手意識を持つ人も社内に一定数いると考えています。
 私たちの経験とDXラボで得た知見をそれぞれの事業部に生かしてもらうことで、組織風土の変革も加速させていきたいですね。
 会社としても、その仕組みづくりに期待している部分は大きいですし、私たちも良い意味で「NTT東日本の殻を破りたい」と思っています。
浦壁 3万8000人の声を聞けることに価値を感じているからこそ、社内にもデジタルデザイン部の挑戦に共感する人をどんどん増やしていきたい。
 私たちの挑戦はまだ始まったばかりで、日々試行錯誤の真っ只中です。
下條 「NTT東日本が、何か面白そうなことをやっているみたいだ」。そんな風に温かい目で見てもらえると、嬉しく思います。