ドイツ政府が電力自由化に踏み切ったのは22年前の1998年のことです。自由化の断行はEUの取り決めによるところが大きいですが、「エネルギーヴェンデ」(エネルギー転換)を進め、再エネを中心とした世界に移行するためには、電力自由化が不可欠だという認識もあったのです。だからこそ、エネルギー転換には供給構造の透明化が欠かせないという強いメッセージを政府が発し続け、自由化を推進してきたのです。

 今でこそ再エネ導入は世界の潮流ですが、ドイツ政府は世界に先んじで再エネ導入量を増やしていくために、22年前から電力自由化を推進してきたのです。なぜなら、安定供給を担保しながら再エネの導入量を増やしていくために必要なイノベーションは、自由化による競争があってこそ起きるものだからです。この時、卸電力市場の整備と情報公開はセットで進める必要があります。

 例えば、再エネを大量導入しながら安定供給を担保するには、短時間で出力が変動する状況に対応する必要があり、高度な発電予測が欠かせません。発電情報や電力市場での価格情報、需給の状況や柔軟性を備えた電源の燃料在庫データなどに関して、透明性と精度の高い情報が必要です。ですからドイツでは、企業が精度高く発電予測ができるように、様々な情報が公開されているのです。

自由化でベンチャーが誕生させ、再エネの大量導入を実現した

 ドイツでは電気事業者向けに情報サービスを提供するベンチャー企業が続々と誕生しています。既に、発電量の予測を専門に手がけるサービス会社は、エネルキャスト(Enercast)など7社ほどあります。これらの企業は予測精度の高さを競っており、日々精度が高まっています。これも自由化による競争と情報公開の賜物です。

 世界最大規模のVPP(仮想発電所)事業者となったネクストクラフトヴェルケ(Next Kraftwerke)や、家庭用蓄電池システムを手がけるゾネン(Sonnen)といったベンチャー企業がドイツで急成長しているのも、電力自由化が進んでいるからです。VPP事業は、ドイツが需給調整電源市場を開放しているからこそ成立します。また、予備力確保策に容量メカニズムの1つである「戦略的予備力」を採用し、容量確保にもできる限り競争原理を持ち込もうとしています。

 戦略的予備力となった電源は普段は稼働せず、送電事業者の指令が来るまで待機しています。卸電力市場と別の仕組みで収益を上げることが可能にし、一定量の電源を市場から切り離すことで、できる限り競争を阻害しないようにしています。

 戦略的予備力は送電事業者の指示で稼働するため、卸電力市場、特に時間前市場で自らの需給バランスを調整する日常的なVPPのオペレーションに与える影響が小さいのが特徴です。つまり、ドイツではギリギリまで市場競争の原理で需給バランスを調整しているのです。

 新しいプレーヤーは、「透明性の高い情報をいかに生かし、さらに透明性を高めるか」という点でイノベーションを起こし、成長しています。こうしたプレーヤーを重要視したことが、結果的にエネルギー転換(エネルギーヴェンデ)に貢献する市場設計や情報公開を実現しました。

 つまり「電力自由化なくして再エネ普及も安定供給も、ひいてはその先にある脱炭素化も成しえない」というのがドイツ政府の考え方なのです。

ドイツも発電は4社による寡占、自由化はゆっくり進展するもの

 日本はまだ自由化して、わずか5年しか経過していません。ドイツの経験から伝えたいことは「自由化はゆっくり進展するもの」ということです。電力自由化に踏み切ったからといって、急に市場の状況が変わるわけではありません。

 自由化によって、「(自由化前)独占→(自由化後)寡占→弱い競争→強い競争→完全競争」と徐々に変化していきます。自由化したからといって、独占だった市場が、一気に強い競争や完全競争に移行することはありません。

 自由化の最終的なゴールである完全競争の代表例は株式市場です。完全競争とは、売り手も買い手も多数存在し、市場の参加者がすべての情報を持っている状態のことをいいます。この時、市場参加者が手にすることができる情報を「完全情報」と言います。そして、個々のプレーヤーに価格決定力がなく、やり取りされる財やサービスは同質です。

 株式市場の場合、多数の売り手と買い手が日々、株式を売買しています。情報公開ルールが明確に定められており、インサイダー取引などが厳しく規制されています。株価は個人または少数の市場参加者の行動では決まらず、多くの場合全体の需給と供給のバランスで決まります。

 ドイツの電力市場は、日本と同じく発電と小売りは完全自由化しており、送配電は地域独占の規制事業です。自由化から22年が経過していますが、発電は今も大手事業者が6割の電源を持つ「弱い競争」状態にあります。

 自由化した時点では、発電はRWE、E.ON、EnBW、Vattenfallの大手4社による寡占でした。その後、LEAGが加わり5社による寡占となり、RWEとE.ONの再編によって再び4社になりました。ドイツ政府は「寡占とは言えないが引き続き注視する必要がある状態」としています。

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