2021/3/12

なぜ日本企業こそ「アジャイル経営」が必要なのか

NewsPicks Brand Design editor
 ソフトウェア開発において納期を大幅に短くできる手法として注目を浴びてきたアジャイル開発。
 従来のウォーターフォール開発とは異なり、要件定義、設計、開発、テストの小さなサイクルを繰り返しながら開発を進めるため、顧客の要望や市場の変化にも柔軟に対応でき、結果的に開発期間も短縮できるのだ。
 そんなアジャイルを「ソフトウェア開発だけではなく、企業の経営そのものにこそ応用すべきだ」と語るのは、アジャイルの代表的な手法であるスクラムを確立したジェフ・サザーランドだ。
 アジャイル経営とは何か。なぜ日本企業こそ、アジャイルな働き方が必要なのか。アジャイルな働き方を実践し、NewsPicksやSPEEDA を提供するユーザベース共同代表の佐久間衡との対談で読み解く。
※SPEEDA:ユーザベースが運営するビジネスパーソンのための経済情報プラットフォーム。企業情報、業界レポート、市場データ、ニュース、統計、M&Aなどの情報をカバーする。
INDEX
  • Amazonも採用するスクラムとは
  • アジャイルには、ビジョンが必要だ
  • アジャイル経営の落とし穴
  • アジャイルは、働く者を幸せにする

Amazonも採用するスクラムとは

──サザーランドさんは、アジャイルを組織で実践するためのスクラムを確立しました。スクラムを組織に導入すると、どんなメリットがあるのでしょうか?
 そもそもスクラムは、アジャイルを組織に導入するための代表的なフレームワークです。アジャイルに働く企業の70%以上は、スクラムを使っています。
アジャイル開発手法として世界で最も普及するスクラムの共同考案者。米国陸軍士官学校卒業後、戦闘機のパイロット、癌研究者を経たのち、11の企業でCTOを歴任した。1993年に最初のスクラムチームを率いたのち、金融、ヘルスケア、高等教育、通信など、あらゆる産業においてスクラムの拡大を先導した。アジャイルソフトウェア開発宣言の執筆者の一人 。著書に、『スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術』がある。
 スクラムの特徴の一つは、職務横断型の小さなチームを組織に作ること。このチームは、スクラムチームと呼ばれます。
 職務ごとの縦割りの構造を壊して、営業や開発、オペレーションなど異なる専門分野のメンバーで、3〜10人のチームを構成するのです。少ないメンバーで密な関係を築きながら、スクラムチームが一丸となって目標に向かいます。
 重要なのは、このチームがトップの指示で動くのではなく、自律的に判断・行動すること。割り当てられるのは予算だけで、仕事の優先順位も自分たちで決めます。
 こうした組織変革を行うことで、無駄な承認プロセスをなくし、意思決定のスピードを上げていく。
 これはソフトウェア開発部門に限ったことではありません。ソフトウェア開発を超えて、マーケティングや営業、人事へと、組織全体へスクラムを導入すれば、組織全体の働き方を変えることができるのです。
 実際に米Amazon.comでは、すでに3300ものスクラムチームが立ち上がっており、組織全体としてアジャイルな働き方を実践しています。
佐久間 ユーザベースも、SaaSビジネスを中心に、組織全体でアジャイルな働き方を実践しています。
 私が思うアジャイルの最大の利点は、「顧客の方を向ける」ことです。
 2013年に私がユーザベースに入社した頃は、会社の規模が小さかったこともあり、意思決定は迅速。一方でソフトウェア開発が、ウォーターフォール型でした。
 私も当時はソフトウェアの仕様書を作っていましたが、完璧に仕上げたと思っても、仕様の漏れは発生するし、仕様通りに開発が進むはずもない。何度もエンジニアから詰められて、開発期間が延びていき、辛かったですね。
株式会社ユーザベース取締役 B2B SaaS(SPEEDA、FORCAS、INITIAL、MIMIR)事業担当。2013年から4年間、株式会社ユーザベース日本事業統括執行役員としてSPEEDA日本事業を担当し、2020年から現職。ユーザベース参画以前は、UBS証券投資銀行本部にて、M&Aや資金調達などの財務戦略アドバイザリー業務に従事。
 これではまずいと、アジャイルな開発スタイルを導入。さらに開発の初期段階から、顧客を巻き込んでいくスタイルも試しました。プロトタイプに対して、顧客からSlackで直にフィードバックをもらい、すぐに反映させるのです。
 アジャイルを用いて、顧客起点を徹底してきたこと。それが、これまでプロダクトをうまく育ててこられた理由の一つだと感じています。
サザーランド 職務横断型のチームが小さな繰り返しで仕事を進めるアジャイルな働き方は、実はトヨタ生産方式に端を発する日本生まれの手法です。
 トヨタ生産方式とアジャイルは何が違うのか、と考える人は多いのですが、最大の違いは顧客に寄り添う姿勢の有無なんです。
 アジャイル開発宣言にも言及があるように、製品開発に顧客を巻き込むのは、アジャイルの根幹にある姿勢ですね。
2001年に公開された、アジャイルソフトウェア開発宣言。サザーランド氏も、執筆者のうちの一人だ。

アジャイルには、ビジョンが必要だ

──ソフトウェア開発の範疇を超えて、ユーザベースの組織にアジャイルを導入してきて、課題に感じることはありますか?
佐久間 いま悩んでいるのが、「組織全体と個々のチームの目線をどう合わせるか」という点です。
 アジャイルでは、チームごとに自律的に判断・行動することが求められます。ですが、チームで行われる意思決定が、企業全体から見ると必ずしも最適とは限らないですよね。
サザーランド おっしゃる通りです。そこで重要になるのが、経営層が組織全体のビジョンをしっかり示すことだと思います。個別の意思決定はチームに委ねつつも、組織として向かっている方向を示し、ズレが生じないようにするのです。
 スクラムのフレームワークでは、組織のビジョンを熟知した人物を、プロダクトオーナーとして、各チームに入れるよう決めています。プロダクトオーナーが経営層とチームメンバーのインターフェースとなることで、経営層とチームの目線を合わせていきます。
佐久間 私たちもやはり、ビジョンが重要ではないかという結論に至りました。どういう顧客に、どういう価値を、どのようにデリバリーしていくか、といった長期的なビジョンをクリアに共有することで、ルールがなくても自律的に最適な意思決定ができるのではと。
 ただビジョンは抽象度が高く、なかなか自分ごととして捉えづらい側面もあります。ですからユーザベースでは、ビジョン実現のために何が最も重要なのかというテーマを四半期ごとに決めて、OKR として全社に共有しています。
※OKR:目標の設定・管理方法の一つで、Objectives and Key Results(目標と主要な結果)の略称。すべての従業員が同じ方向を向き、明確な優先順位を持ち、一定のペースで計画を進行することを目指す。

アジャイル経営の落とし穴

──とはいえ、日本企業の多くはアジャイルに働けていないと感じます。日本で生まれた手法なのに、なぜでしょうか?
佐久間 日本特有の「経営企画部」の存在が、一部の日本企業がアジリティ(俊敏さ)を失った理由を議論する、カギになると感じています。
 私もSPEEDAを運営するなかで、多くの企業の経営のあり方を見てきました。そこで感じるのは、経営企画部と各事業部の分離です。
 日本企業でよく見られるのが、経営企画部が中心となり、3年後まで見据えた完璧な中期経営計画を作り上げ、各事業部は忠実にその計画に従うという構図です。現場での意思決定が難しく、承認のプロセスはどんどん増えていきます。
 ウォーターフォール開発で、機能の仕様を作成する側と、プログラミングで実装する側が分離している状況が、経営の現場でも起きてしまっているのです。これでは意思決定が遅くなり、世の中の変化を捉えたビジネスはできません。
多くの日本企業ではこのように、経営における意思決定がウォーターフォール型になっている。経営企画部は経営計画を立てることに徹し、現場はその計画を達成するためにオペレーションを最適化させる。
サザーランド 非常に納得します。そもそも、中期経営計画の3年という期間が長すぎますよね。今回のコロナ禍で、3年先の計画を立ててもその通りにいくわけがないことが、より鮮明になりました。
 3年分の詳細な計画を作る代わりに、四半期ごとに計画をアップデートする。スクラムで推奨しているのは、そのようなやり方です。
 またソフトウェア開発部門だけにアジャイルを導入する企業もありますが、経営のあり方がウォーターフォール型になっていれば、うまくいきません。
 経営自体をアジャイルにすることで意思決定をより迅速にし、企業全体の生産性を高める。これこそ、私たちがスクラムを通して実現したいことなのです。
スクラムを導入したアジャイルな組織では、企業全体のビジョンが共有された上で、意思決定は各スクラムチームに委ねられる。経営層も一つのチームを作り、会社と方針、状況をチームに共有、チーム同士が協調できる企業文化を醸成する。
佐久間 私はさらに、経営企画部が、アジャイル経営のコーチとしての役割を果たすことにより、迅速な意思決定を促進する役割を果たせるのでは、と考えています。
 経営企画部が、経営層と現場をうまくつないで、チームごとの意思決定をサポートしていく。そうすることで、計画と実行の分離をなくせるのではないかと思うのです。
 この「アジャイル経営企画」という考えを、私たちは広めていきたい。SPEEDAは、企業の意思決定を支えるサービスとして、あるべき経営の姿も示していきたいと考えています。
サザーランド なるほど、それはおもしろいアイデアですね。
 あの大手自動車会社のBMWでさえ、ウォーターフォール型の財務計画を行っています。新年度により大きな予算を獲得するために、必要がなくても年度末に予算を使い果たして、結果的に何十億ドルも無駄にしているんですね。
 こういった場合に、経営企画部がきちんとアジャイルを促進できるといいですね。

アジャイルは、働く者を幸せにする

──改めてお二人が、アジャイル経営がさらに求められていくと考える理由を教えてください。
佐久間 アジャイルな経営ができなければ、単純に顧客が離れていくと思うからです。
 特にSaaSビジネスは、顧客のスイッチングコストが低い。つまり、すぐに始められて、すぐに止められるんですね。本当にユーザーが求めている価値をタイムリーに届けられなければ、顧客はあっという間に離れて、競合のサービスを使い始めるでしょう。
 これを「顧客価値競争」と、私は呼んでいます。顧客の要望が目まぐるしく変わっていくなか、その変化に対応して、アジャイル経営で迅速に意思決定していくことは、必須だと思います。
サザーランド それに付随して私が皆さんに伝えたいのは、アジャイルな働き方は、働く人の幸福度も上げるということ。
 アジャイルに働いて生産性が上がり、仕事を早く終えられれば、プライベートの時間が増えて純粋に幸せですよね。たとえば私がスクラム導入の支援をしていた米国の3Mでは、スクラムを導入したことにより仕事のスピードが300%向上したという、驚異的な変化も起きています。
 もちろんここまでの変化を生むのは簡単ではありませんが、働き方を変えざるを得ないこのコロナ禍は、むしろチャンスかもしれません。
 さらに先ほどもお話しした通り、アジャイルのポイントは組織が顧客にフォーカスできること。ただ上から指示を受けて働くのではなく、「どうしたら顧客が喜ぶだろう?」とチームが主体的に考えて働ける。そのプロセスが幸せを生むのだと感じます。
佐久間 私自身も仕事の何が楽しいかと聞かれれば、「顧客に価値を届けられている」と実感できることに尽きますね。その点で、ハッピーに働くことと、アジャイルに働くことは通底していると感じます。
 経営の計画を立てる側と実行する側が分離し、意思決定が滞ってしまっている企業が、日本には数多くある。この「計画と実行の一体化」を実現するのが、アジャイル経営です。
 このアジャイル経営を推進することが、社員が顧客の方を向き、顧客に届ける価値を最大化することに、つながっていくのだと考えています。

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