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ものごとをより良くするためには様々な視点での議論が必要になる。既に起こっている事象も、見る角度や感心度合によって評価が分かれる。一人で全てを俯瞰して見ることは不可能であり、"思い込み"を完全に排除して見ることも出来ない。自分以外は、異なる思考性をもつ人間であることをポジティブに捉えるだけでも受け取り方が異なると思う。自身とは異なる意見やアイデアに対して抱く違和感を、上手く活かしたい。違和感はなぜ起こるのかを自問自答するだけでも"気づき"がある。ものごとをより良くするためのプロセスとして考えたいですね。
プロ同士が激しく率直に意見を闘わせながらも、信頼関係は損なわれない。そんなイメージが「心理的安全性」にはあります。「切磋琢磨」に似たようなイメージですが、いかがでしょうか。
「心理的安全性」の意味と効果をいま一度確認したい。 よい記事なのでぜひ読んでほしい。
「心理的安全性の高い職場」は、必要条件ではありますが、十分条件ではありません。

また、日本の企業では「心理的安全性の高い職場」になることを「目的」にしてしまっているところも多いのではないでしょうか?

あくまで「必要条件」であり、「目的」ではないことを理解して、取り入れるとうまくいくと思います。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
優しいと心理的安全性は全く異なる概念だと思いますね。前者はいわゆる物腰で、Howの部分、「どう関わるか」で「優しく関わる」なのかなと。後者は論理の部分で、5Wの部分なのではと。その観点できちんと原因を突き詰めたり、ロジカルに解決することが重要で、ロジカルに間違っていることは非難(というか修正)して良いのだと思ってます。時にそれは優しくない。