2021/3/8

【実録】なぜ大企業が「アジャイル組織」に変革できたのか

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 1年前のアイデアは陳腐化し、ビジネスモデルが短命化している現在、硬直した大企業、そして大企業病にかかるメガベンチャーは危機に瀕している。
 そんな中、世界中のあらゆる企業でアジャイル組織への変革が注目を浴びている。
アジャイル組織とは、企画から実行、学習のサイクルをスピーディーに反復する自律分散型のチームによるネットワーク組織のこと。チームごとに戦略や人材、プロセス、技術を形成できるため、市場の変化に素早く対応できる
 ベンチャーでは当たり前のように取られている仕組みだが、R&D・開発・マーケティング・営業といった既存機能の縦割り組織で分割された大企業がアジャイル組織を導入するのは簡単ではない。
 しかし、KDDIはソフトウェアのアジャイル開発にとどまらず、アジャイル組織、アジャイル経営を実践し始めているという。
 なぜアジャイル型に組織変革ができたのか、組織が変わるには何が必要なのか。
「ビジョンがない日本企業には、自律分散型の組織は難しいのではないか」という経営学者の入山章栄とKDDIにアジャイル組織を持ち込んだ執行役員の藤井彰人の対談から探る。
INDEX
  • 変化の激しい時代にアジャイル組織は必然
  • 初めはひたすら我慢の連続だった
  • アジャイル開発の源流にあるトヨタ生産方式
  • 日本の大企業にアジャイルは向いていない?
  • 大企業のCxOは5人で十分

変化の激しい時代にアジャイル組織は必然

──藤井さんは2013年にGoogleからKDDIにジョインされていますが、なぜKDDIに移籍したのでしょうか。
藤井 私は90年代後半に、シリコンバレーに本社のある外資IT企業にエンジニアとして転職し、様々な経験をした後、2009年頃Googleに入社しました。
 Googleで法人向けクラウド事業を立ち上げた後、次は「ヘッドクウォーターの真ん中でプロダクト企画や事業運営をしたい」と思って、縁があってKDDIにジョインしたんです。
大学卒業後、富士通、Sun Microsystems、Google を経て、2013年にKDDI入社。クラウド事業やアジャイル開発を推進し、現在はサービス企画開発本部長として、法人領域におけるサービス企画開発を所管している。Scrum Inc. Japan、ENERES、SORACOMの社外取締役。2009年から、情報処理推進機構(IPA) の未踏IT人材発掘・育成プロジェクトのPMも務め、若手人材の発掘育成をサポートしている。
 しかし、入社してみるとシリコンバレーと日本では開発方法論がまったく違っていたんです。「クラウド事業を立ち上げてほしい」と言われても、シリコンバレーのソフトウェア開発では当たり前に内製されていたシステムが、かなりの部分が外部委託されていて開発に必要なエンジニア組織の基盤がないように思いました。
 昔ながらのウォーターフォール開発で外注されていた。エンジニアの人数も十分ではなく、結果として計画通りに開発することに集中してしまいます。
 さらに、時間軸が合わない。1ヶ月で正確に要件を定義をして3ヶ月で設計し、6ヶ月かけて実装するような時間軸で動くため、リリースまでに年単位の時間がかかります。
 それで良いケースもあるかもしれませんが、リリースしたときに市場から求められていないものができあがる可能性のほうが高いですよね。本来ならば、ユーザーニーズを確かめながら小さく開発したい。
 そこで、個別でアジャイル開発のための組織を作らせてほしいと伝え、小さなチームを組成するところからスタートしました。
入山 もともと社内になかった考え方を導入するわけですから、経営陣と決裁権を相当しっかり握る必要があるし、説得するのもかなり大変だったのではないですか?
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年 に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019 年より現職。専門は経営学。「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。主要著書に「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)
藤井 その通りで、うちも最初は小さなチームでコツコツはじめました。多くの日本企業はアジャイルプロジェクトからアジャイル組織へのスケールができずに苦しんでいます。
 大きな基盤事業がある大企業は、先人の成功をベースに機能を正しく回していればその基盤事業から売上が立ちます。当然、効率的な中央集権型の機能組織となるだろうと思います。
 そこに、開発スタイルも考え方も異なるアジャイル経営を持ち込むのは、「成果が出るまで我慢して待つ」ことができない経営者の場合、なかなか難しいと思います。

初めはひたすら我慢の連続だった

──どのようにして、巨大組織であるKDDIにアジャイルを導入・浸透させたのでしょうか。
藤井 外資のように、トップダウンで配下組織を人の入れ替え含めて全部変えるというドラスティックなことはできないので、社内の人を教育しながら最初は5人のチームから始めました。
 幸いなことに、KDDIはポテンシャルの高い人材が揃っていたので、会社としての方針さえ決まれば転換は早かったんですね。
 1チームを2チームに増やし、2年目からはオフショアで対等なアジャイル開発拠点をベトナムに持ち、さらに社内でもチームを増やしながら、現在は30チーム・数百名まで拡大しています。
入山 アジャイル型は人の行動も思考も変容が必要ですが、なぜ順調に拡大できたのですか?
藤井 順調かと言われると、大変なこともありました。やっぱり我慢できない。
──我慢できない、とは?
藤井 恥ずかしながら私も当初は相当に焦る時期がありました。シリコンバレーのやり方をそのまま持ってきても、そう簡単にうまくいくわけはありません。
 初めてのやり方で、マインドセットも違う。モノが出てこない、売上はあがらない。そのくせ社内のリソースは使う。上からは当然結果を求められる。
 僕もシビレを切らして「おまえらどうなってるんだ」と詰めてしまうと、「藤井さんが自律的に任せるって言ったじゃないですか!」というやりとりもありました(笑)。
──どうしたんですか?
藤井 耐えました。必ず結果が出ると現場を信じてそこはひたすら耐えた。
 そうこうするうちに、すこしずつですが「今までとは違う使いやすいUI」のものができたり、「お客様からのフィードバックを反映させたものが2週間後にリリース」されたりすると、いい意味で社内がザワつく結果を出せるようになった。
「うちの部署でもできないか」「同じようにやりたい」と社内からの反響を得られるようになって、自然発生的にアジャイル組織は増殖していきました。
 同時に、今までは企画部門に言われたものを作っていた社内やパートナーのエンジニアが、自分たちが貢献できるのは何か、自分で考えてチームで話しながら前に進むようになったんですね。
──最初に手応えを感じるまでどのぐらい時間がかかったのでしょうか?
藤井 うちの場合は、2016年まで、だいたい3年ぐらいですね。組織変更もあり私の所管から外れた時期なのですが、メンバーや後任マネジメントがしっかり育ててくれ、2016年にアジャイル開発センターが設立されました。
 プロダクトマネージャーやエンジニアが主体性を持って、いきいきといろんな発想をしながら開発を進めていくのが、IT企業の場合は基本。スタートアップからすると当たり前のことですが、日本の大企業からすると、結構イノベーティブなことだと思います。
入山 自律分散型のアジャイル組織を組成すると、チーム全員が主体的に顧客と接点を持って動くようになって、「組織ピラミッドが逆」になりますよね。
 さらに、自分が作ったものを直接ユーザーに届け、直接フィードバックが得られるようになるので、自ずとモチベーションもスピードも向上し始めると理解しています。
藤井 まさに、そのポジティブなスパイラルが生まれました。KDDIのような大企業でも自律した小さなチームを作ると、プロダクトオーナーが責任を負うようになって、メンバーがチームを支え合うようになったのは大きな変化です。

アジャイル開発の源流にあるトヨタ生産方式

──入山さんにぜひお伺いしたいのですが、大企業にアジャイル組織を作るにあたって、壁になることは何でしょうか。
入山 いくつかあるのですが、まずは社員が事業を「自分ごと化」しにくいことです。新卒一括採用・メンバーシップ雇用の大企業に入社した人が、主体性を持つ意識が低いのは当然ともいえます。
 そもそもは与えられた役割を全うするのが仕事でやってきたので、最初からそれ以外の役割も責任も負う必要がないわけです。逆に言えば、大企業が変われない根本原因の一つでもあると考えています。
もう一つは、「経路依存性」ですね。
──「経路依存性」ですか?
入山 経路依存性というのは、過去の決断の制約を受けるということです。日本の大企業は、新卒一括採用、終身雇用に始まり、縦割りの組織まで、様々な要素が合理的にかみ合っており、だからこそビジネスや組織が回ります。
 でも、全体がそれなりにうまく回っているので、その一部だけを部分的に変えようとしても、なかなか変えられないのです。
 ですから、アジャイル組織を徹底的に導入するとすれば、それ以外の全体も変えないといけないんですよ。たとえば、評価制度をアジャイルに合わせて変える、などです。
藤井 おっしゃるとおりで、変化への対応が問われるサービスにおいても、企画部・開発部・運用部と完全な縦割り構造になっているケースがあります。
 本来は、お客様が一番欲しいものをスピーディーに世に出して価値を提供することがゴールなのに、企画部は機能を満載にすること、開発部は期日までに開発すること、運用部はトラブルを起こさないことがゴールになってしまう。
入山 実は日本は昔、アジャイルという言葉も仕組みもなかった頃に、「大部屋」という名前で、組織の壁を超えてある意味のアジャイル開発をしていました。ですから、ポテンシャルはあるはずなんですけどね。
※大部屋:トヨタで実践されている、組織をまたがって関係者が一堂に集まり、目的達成を阻害する要因を全員で取り除く方式のこと。課題を見える化して早いサイクルで改善を可能にする。
藤井 まさに、アジャイル開発の源流を辿ると「トヨタ生産方式」があるんです。だから、日本の大企業にはアジャイル開発の素地はあると思います。
──最も重要な要素は何でしょうか。
入山 やはり最後は、経営陣の意思決定とコミットでしょうね。
藤井 経営陣のコミットともに、企画開発の現場もベンダーに委託して責任を分散させるスタイルから、自分たちが最終責任者だと言えるよう、どう変わるかが大事だと思います。

日本の大企業にアジャイルは向いていない?

入山 私は、アジャイル組織・経営は非常に重要だと思う一方で、終身雇用で新卒一括採用のピラミッド型組織を構築している日本企業に、アジャイル型の自律分散型組織はそもそも合わないと思っているんです。
 というのも、アジャイル組織は自律しなければならないので、自律するための拠り所となるビジョンが重要です。
 日本企業は経営者がビジョンを持っていない、もしくは持っているけれど言語化できておらず、従業員に腹落ちさせていないケースが多いので、その場合はさらに実現が難しい。
 さらに言えば、本当の意味で行動の羅針盤となる行動規範もない、もしくはあっても深部にまで浸透していないと、そういった事実が壁になります。
 すなわち、先ほどの経路依存性で説明したように、アジャイルだけを入れるのではなく、日本の会社の構造やあり方全体を変えられないとなかなか難しいな、と。
 逆に言えば、KDDIでこれだけアジャイル経営が浸透しだしたということは、そもそも素地があったのだと思います。たとえば、藤井さんがジョインする前から浸透している「行動規範」などはあったのでしょうか。
藤井 KDDIにはもともと、創業者である稲盛和夫氏から受け継がれたフィロソフィーがあり、「KDDIフィロソフィー」が全社の規範になっていました。
 実は、KDDIのフィロソフィーと勤務当時のGoogleの規範を比べたら、ほとんど同じだったんです。かっこよく表現されているかいないかの違いくらいで(笑)。
入山 なるほど! そこはさすが稲盛さんですね。そのような素地があったのは大きいですね。
 やはり社員一人ひとりがビジョンや行動規範に腹落ちしていることが、自律分散型組織の大前提になります。KDDIはその素地があったと。
では、KDDIでの具体的なアジャイルプロジェクトを教えていただけますか。
藤井 「auでんき」は、4ヶ月でユーザーフレンドリーなアプリケーションを開発したよい事例です。
 2016年4月の電力小売りの自由化に向け、KDDIは電力事業に参入することを決めたのですが、従来の開発スタイルだったら8ヶ月かかっていたところ、与えられた期間は4ヶ月だったんですね。
 そこで、当時アジャイル開発をしたことがなかった「auでんき」の開発チームが、AWSとアジャイル開発の「スクラム」を導入。ビジョンと提供したい価値を共有し、企画部門も開発部門も一つのチームになって走り始めました。
 結果、アジャイルでスピーディーにサービスを提供できると、ユーザーからポジティブなフィードバックが直接得られ、チーム全体のモチベーションとスピードも上がりました。
 仕様書を書いて発注するスタイルとはまったく違う、ユーザー視点のサービスをスピーディーに開発できた良い事例です。

大企業のCxOは5人で十分

──日本の大企業がアジャイル経営にシフトするためには、まず明確なビジョンの腹落ちが重要だということがわかりました。ビジョンを明確にするためには何が必要でしょうか?
入山 やはり経営陣、役員の数を減らすことではないでしょうか。
 大企業で執行役員が何十人も名を連ねているケースをよく見ますが、私は「4〜5人」で十分だと思うんですね。これからはCxOを兼任したほうがいい。DXのトップが人事のトップを兼任すれば、大企業も大きく変わるきっかけになると思っています。
 CxOが増えれば増えるほど、ビジョンが見えにくくなり、互いの調整が必要になり、意思決定もできなくなりますから。
藤井 KDDIの場合は、私を採用したところから、経営陣のコミットがあったとも言えます。一方で全社的に大変革をするのは困難です。
 通信という守るべき巨大な既存インフラ事業を維持しながら、内発的な動機を持つ小さなチームで、小さな失敗を繰り返しながらすこしずつ変えていかなければなりません。
 組織の変化を継続させようと思ったら、企業のフィロソフィーやカルチャーに共感している、内発的な動機を持つ人たちが変えていく必要があると思っています。
入山 たしかに、全社的に派手にやって、こけてしまうとどうにも軌道修正できなくなりますからね。
 たとえば、アマゾンでは、ジェフ・ベゾスが1年で約70の新規事業を小さく立ち上げていたと言われますが、その多くはほぼ失敗です。
 でも、それをコツコツ繰り返す中で、やがて出てきたのがAWS(開発基盤のクラウドサービス)。決して一朝一夕で誕生した事業ではありません。
 日本企業の経営者は、こうした「いつ成果が出るかわからない新しい取り組み」に対して、成果が出るまでの時間軸を我慢しないといけないと思います。そもそもそのためにはCEOの任期が課題になるのですが。
藤井 そこがおもしろく、難しいところです。アジャイルの語意はご存じの通り「俊敏」という意味ですが、最初からうまくいくとは限りません。社内リソースを活用しての内部変革であればなおさらです。
 アジャイル組織は社員の行動や思考に変容を起こし、内発動機を高めます。そして組織の内部から商品サービスや事業に変化をもたらした末に、ようやく市場にインパクトを与えることができる。
 大企業には、大企業たる正当な成功体験がありますから、アジャイル組織に生まれ変わるには、やはりすこし時間がかかる。
入山 まさに経営課題ですね。私は藤井さんのお話を聞くまで、経路依存性の罠にハマり、ビジョンがない日本企業には、アジャイル組織は難しいと思っていましたが、今日はかなり納得することが多くありました。
 たとえば、日本でイノベーティブなおもしろい会社は、小さな関連会社をたくさん持っていることが多いのです。
 本体にアジャイル組織は導入していないけれど、小さなグループ会社をたくさん持ってスタートアップのように動いているケースはあります。私が社外取締役をやっているロート製薬もそうですね。あれも一種のアジャイルなのかもしれません。
 そう言えば、KDDIも投資や買収、共同創業などで多くのグループ会社がありますよね。
藤井 アジャイル組織といくつものグループ会社と両方ありますね。
入山 藤井さんがやられてきたように、内側から変えていくのは、すこし時間がかかりますが、経路依存性を突破する一つの手立てですね。
 経営陣がチャレンジ幅をどれくらい許容できるかにかかってくるので、大企業内のイントレプレナーが子会社を立ち上げるスタイルで、アジャイル組織を作っていくのがいいのかもしれません。
藤井 大企業も創業時のように明確なビジョンを持ち、スペシャリストを育成しながらアジャイル(俊敏)な経営を実践しないといけない時代がきていると思います。
入山 そうですね。やはりポイントは先に述べた経路依存性かと思います。企業が本当にイノベーションを起こそうとしたら、新卒一括採用も働き方も評価制度も変える必要がある。でもそれは大手企業では難しい。
 だとしたら、それを一気にやれないにしても、内部のアジャイル組織や、アジャイルなグループ会社を作って小さく始めれば、変化は起こしやすいのでしょうね。
藤井 経営陣の意思決定と、現場の当事者の意識変容。どちらが欠けても組織変革には至らないと思います。我々もまだまだ道半ばですが、先を信じて経営と現場の両側から積み上げていくことが大切だと思っています。

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