2021/3/15

チームは雑談を「聞く」ことで強くなる

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昨春、初めての緊急事態宣言が出されてから、まもなく1年。
日常だった出社が突如として制限され、リモートワークの導入が急がれたあのとき。最も不安だったのは、新入社員や異動してきた「ニューカマー」かもしれない。
リモートワークが働き方のスタンダードとなり、再び4月を迎える今、リモート環境下でニューカマーをスムーズに受け入れるために、できることは何だろうか。
予防医学者の石川善樹氏と、オンラインワークスペースNeWork(ニュワーク)開発担当のNTTコミュニケーションズの大野智史氏の対話からは、“雑談に聞き耳を立てる”というヒントが見えてきた。
INDEX
  • 「雑談をしない人は仕事をしていない」
  • 一体感を生む雑談とは
  • コミュニケーションの2つのハードル
  • 働き方は自分で設計する時代へ

「雑談をしない人は仕事をしていない」

──ここ1年でリモートワークが浸透し、組織のあり方も大きく変わりました。なかでも一番の組織課題は何だと思われますか?
大野 やはりコミュニケーションの絶対量が減ったことです。
大野 我々は昨年2月頃から全面的にリモートワークへと切り替え、現在も全体の8割が継続していますが、やはり新メンバーがなじむのには時間がかかりましたね。
 特に新入社員や異動直後の社員にとっては、そもそも先輩に声をかけるハードルが高い。オンラインになればなおさらです。コミュニケーションの絶対量が足りず、信頼も積み上がらない悪循環だと感じました。
石川 お互いを知る機会が減っていますよね。
 コロナ禍でなくなった無駄の筆頭は“移動時間”ですが、たとえば先輩の営業に同行すれば、その行き帰りに会話ができた。
 そういう移動時間って、コミュニケーションにおいて意外と重要だったと思うんです。
大野 わかります。社内にいても“廊下を歩きながらの雑談”があったはずなんですよね。
 それと違ってオンライン上は、コミュニケーションにオン/オフの二択しかない。そこをストレスに感じることもある気がします。
──確かに「リモートワークで雑談の機会が減った」という声もよく聞きます。
石川 もちろん雑談をするのも大切なのですが、オフィスでの“雑談を聞く機会”が減ったことは、ニューカマーが仕事を覚える上での大きな機会損失になっています。
 新しい環境で周りのやり取りを聞いていると、「あの用語ってどういう意味?」といった疑問が当然出ますよね。
 それを教えてもらい、自分も同じ用語を使うことで、会社の一員として認められる面もあるじゃないですか。
 あるいは「あの人はこんな性格なんだな」「あの人とあの人って、仲が悪いんだな」と、仕事以外の周辺情報を得ることもあるでしょう。
 会話に参加せずとも、雑談に聞き耳を立てるだけで、組織への理解を深める手助けになっていたんです。
取材はオンラインワークスペース「NeWork(ニュワーク)」で実施した
石川 だから、机に貼り付いてパソコンに向かうばかりが仕事ではありません。雑談も大事な仕事の一部。もうこの際、雑談をしない人は仕事をしていないとも言えると思います。
 実は工場労働の時代から、みっちり働き続けるよりも、適宜休憩や雑談をしたほうが工場の生産性が上がると証明されている。
 昔から科学的にいわれていることなのに、なぜかその重要性は意外と見落とされがちです。
大野 雑談が自然に生まれやすい“空気感”みたいなものってありますよね。いわゆる、たばこ部屋やエレベーター前のような。
石川 最近は健康の観点から、たばこ部屋の代わりに「リフレッシュルーム」のような部屋を設けるところも増えてきました。
 でも結局、たばこ部屋ほど人が集まらない。「さぁ、ここで雑談しながらリフレッシュしてください」と人から言われても、雑談は生まれにくいんでしょうね。
「たばこのついで」という“余白”こそが、自然に雑談を生み出していた。

一体感を生む雑談とは

──石川先生が研究されている「ウェルビーイング」の観点でも、雑談にはメリットがあるのでしょうか?
石川 以前、日本のホワイトワーカー1万人を対象に実施した調査(※)では、職場で笑う機会がある従業員は、エンゲージメントや生産性が高まる傾向が見られました。
※電通バイタリティ・デザイン・プロジェクトとの共同研究「会社員1万人バイタリティ調査」(2018年)
 会議と雑談の大きな違いが、この「笑い」の部分なんですね。アジェンダに沿って理屈で話す会議では、なかなか笑いが起こりにくい。
 一緒に笑うことで、人は“仲間”になり、一体感が生まれる。雑談を通じて笑い合うことが大切といえます。
大野 笑いが起こらないような雑談はどうでしょう。
石川 愚痴や噂話といった雑談は、エンゲージメントや生産性に関連を示しませんでした。“ひそひそ話/こそこそ話”の雑談ではなく、“ワイワイガヤガヤ”の雑談に効果があるようです。
 雑談のなかから、おもしろいアイデアがフッと浮かぶことがありますよね。脳がポジティブな状態になると、新しいことを考えやすくなるからです。
 つまり、企画会議などで延々と雑談するのも、ただ「無駄話をしている」のではなく、「全員の感情をポジティブな方向に揃えている」とも解釈できます。
 チームビルディングにおいて、メンバーの感情を揃えるのもリーダーの役割ですからね。
──組織になじめないうちは、雑談にも入りづらいですよね。受け入れる側にできる工夫はありますか?
石川 2つあります。1つ目はわかりやすくて、「全員が心震わせる体験を共有すること」です。
 スポーツを観戦していて、気づいたら隣の人と肩を組んでいた……みたいなことが起こるように、一体感って理屈じゃありませんからね。
 そんなふうにお互いの人となりを知らなくても、感情面でのつながりを作るのが、このやり方。全社会議のような場を使って、映像や音声の演出、ストーリーまで作り込むのが重要です。
 もう1つはリーダーが日常的にやるべきケア「メンバー同士の共通点を見つけること」です。
 組織に属した感覚をニューカマーに持ってもらうには、メンバー同士の関係構築が必要不可欠。リーダーとの1on1は、そこでの1対1の関係が作られるだけと言えます。
 チームとは、仕事に対するモチベーションも組織への忠誠も、バラバラな人間が集まって作られる。そこでリーダーが果たすべき役割の一つが「何がメンバー同士の共通項なのか」を見出すことだと思います。
大野 なるほど。それこそ“オフィスでの雑談”をニューカマーに聞いてもらうのは、共通点探しにつながりそうですね。
石川 いいと思います。チームのやり取りを見せることは心理的安全性にもつながりますから。
 いくら「ミスしても大丈夫だよ」と口で言われても、ミスを恐れずに取り組むのは難しいですよね。でも先輩がミスして、それを周りが受け入れる様子を目の当たりにしたら、「大丈夫なんだ」と思えるでしょう。
 人間は観察することで学びます。これは「社会的学習」と呼ばれ、人間に特徴的な学び方です。「うちの会社はこうだよ」と見せるだけでも、ニューカマーが得るものは大きいのではないでしょうか。

コミュニケーションの2つのハードル

──ただ先ほどのお話のように、オンラインではなかなか雑談が生まれにくいですよね
大野 私たちの社内でも、まさにその課題が出発点となり、2020年8月にオンラインワークスペース「NeWork(ニュワーク)」をローンチしました。
 NeWorkは「リアルよりも気軽に話しかけられる」ことを目指したコミュニケーションツールです。一般的なオンライン会議のほか、立ち話感覚での雑談もできる設計になっています。
NeWorkのワークスペース画面。プロジェクトや話題ごとに作られた「バブル」に入ると、最大24人でのビデオ会議が可能。バブルに入らず、メンバー同士のアイコンをくっつけると、1対1の“立ち話”もできる
大野 最大の特徴は、メンバーそれぞれの「状態の見える化」です。どこで誰と話をしているのか、話しかけてもいい状態なのか、一目で把握できるようにしました。
 オフィスなら「今話しかけても大丈夫そうか」「誰と話しているか」が当たり前に見えていましたが、リモートワークではそれが難しい。
 メンバーの動きが見えない状態だと、余計な心配やストレスを抱えてしまうのではないかと考え、コミュニケーションのハードルを下げる仕組みを考案しました。
石川 ワークスペース画面を見ていると、どのルームにも入っていない人がいますね。
 廊下を歩いているような、オン/オフ以外のコミュニケーションの余白が表現されているのは、非常におもしろいです。
 こうして眺めていると、社内の人間模様まで見えてきそうな気もします。まるでドラマの人物相関図ですね(笑)。
大野 会議に「聞き耳参加」ができるのも、NeWorkの特徴の1つです。カメラとマイクがオフの状態で、会議の内容をのぞける機能ですね。
バブルの外側にくっついた状態で表現されている「聞き耳参加」メンバー
──従来のオンライン会議システムでも、カメラとマイクはオフのまま参加可能ですよね?
大野 そうですね。ただ、「これについてどう思う?」と発言を求められる可能性がありますよね。
「聞き耳参加」のユーザーは、バブルの外側にくっつくように表示されます。これが「今は聞くことしかできません」という意思表示として機能します。
 コミュニケーションのハードルは、話すと聞くそれぞれにあると考えています。「聞き耳参加」は聞くハードルを下げるための機能として実装しました。
開発は、先進的ユーザーや幅広い業種の声を集め、課題とニーズの抽出から開始。デザイン思考を取り入れ、ユーザー視点で議論を重ねてアイデアを具現化したという
石川 これまでのコミュニケーションツールは、会議やセミナー、チャットなど、特定の目的に特化した“部分最適”なプロダクトだったのかなと思いました。
 ただ、色んな人間が集まって組織が前に進むとき、そこには雑談のような、一見無駄とも思える要素も必要です。
 そこも取り入れたNeWorkは、“全体最適”を実現したツールという印象を受けました。
大野 ありがとうございます。我々自身もリモートワークが当たり前になるなかで、自分たちの働き方に合わせてツールを選ぶはずが、「ツールに合わせた働き方になってしまっている」という危機感がありました。
 ユーザーの声に寄り添い真摯に向き合うことで、ユーザーに愛され、本当に自分たちが使いたいと思えるプロダクトを生み出せたな、と。そう実感しながら、さらにブラッシュアップしています。

働き方は自分で設計する時代へ

──コロナ禍で働き方が大きく変わった1年でしたが、お二人はこれからの働き方はどう変化していくと思われますか?
石川 むしろ問うべきは「これからどう働いていきたいか」ではないでしょうか。
 これまでは、制度の導入や体制変更など、外部からの動きにどう対応するかを考えてきたと思います。言わば「トップダウン」ですね。
 でも、出社などの制約がなくなった今、もう万人に合う職場環境を与えるのは難しいですよ。つまり、働き方を自分で設計する「ボトムアップ」の時代になった。
 自分はどこで働き、どう過ごしたいのか。一人ひとりが考えて、チームや家族とすり合わせていく。実際にそうしたアプローチで、社員に働き方を任せている企業も出始めています。
大野 そのような新しい働き方を支える立場にあるのが、私たちですね。
 弊社では「人と世界の可能性をひらくコミュニケーションを創造する」を企業理念に掲げているように、コミュニケーションのその先にある未来を作っていけるような存在でありたいと思っています。
石川 なるほど、改めてコミュニケーションの本質に立ち返ってみると、“通信”という言葉が役立つかもしれません。
 かつて通信には、「血の通った交流」を意味する「信(よしみ)を通ずる」という字を当てていました。ビジネス上のコミュニケーションだけでは、あくまで“通商”です。
「それは“通信”なのか?」「そこによしみが生まれているのか?」と問うことで、コミュニケーションの形も変わるでしょう。NeWorkは、通信の新しい形を目指されていると感じます。
大野 まさにそうですね。特に今は変化が求められるとき。“コミュニケーションの未来”という正解のない問いに対して、さらに模索を続けねばと思っています。
 それと同時に、感情や信頼の通った本来的なコミュニケーションのあり方に立ち戻ることの重要性も、日本の“通信”の発展を担ってきた企業として感じています。
 私たちが目指すのは、リモートワーク時代のスタンダードとなる、生産的かつ創造的な働き方です。
 そのために、コミュニケーションやチームワークの課題を解決し、新しい働き方を提唱できるようなサービスへと成長させたい。そんな思いを持って、現在進行形でさまざまな開発を進めています。