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優劣コンプレックスは不要。人生を豊かにする2つの考え方

ライフハッカー[日本版]
『精神科医・モタ先生の心が晴れる言葉』(斎藤茂太 著、あさ出版)より、「自分を少し好きになる方法」を解説します。
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SBIの北尾さんが昔フェイクブックか何かで言ってたやつです。

↓そうだなぁといつも思います

素晴らしい人との出会いが人を感化し変え行く切っ掛けになるものだとも思います。自分より優れた人間を見た時に持つ「敬」の心から生ずる「恥」の気持ち、そしてそれより繋がる「憤」の気持ち――此の「敬・恥・憤」のメカニズムが働かなければ、人が変わる時は永久に訪れることはない
前向きな劣等感と不満足。

それがあるからこそ、まだまだいけると考えられるんです。そして挑戦し続けられる。

一流とか二流とか、そんな基準は不要。自分を信じて、進む道は自分で決めましょう。
小さな子供たちを見ていると、お友達のこんなところがすごいんだよねという、心からの素直なポジティブなフィードバックを受けることが多いのですが、いつしか大人になると、どうしても人との比較により優劣コンプレックスがうまれてしまい、心が疲れてしまうケースが出てくるのですよね。
ですが、昨今はVUCAな時代、明確な正解もなく変化も早い中ですから、誰かが持っている特徴は、優劣どちらに響くかも決まっていません。
昨日まで劣っていると思っていたポイントは、明日からは誰にも持っていない新しい個性かもしれない。またフィードバック文化が進むと、気づかなかった強みが実はあることに気づきを得ることもできます。
大事な点は昨日の自分と今日の自分との違い、スロースピードな日があってももちろんOKで、いつでも全速力にはいられないのですが、少しでも前に進んでいる、自分と自分との比較を見て向上していることなのではと思います。
人間はどうしても何かと比較する習性がある生き物。他者と比較して自身との"優劣"を考えることよりも、"自分自身"との比較を考えたい。昨日の自分より、1ヶ月前の自分よりも成長しているか…を考えること。振り返る上においては、逆に、他者の視点を積極的に取り入れたい。自身の行動変容が生まれなければ、他者からの評価は変わらない…。思っている、考えているだけでは、伝わらない。他者にインパクトを少しでも与えられる具体的な行動が求められる。Take Action ❗️
中学生ぐらいまでは劣等感の塊でしたが、様々な境遇の人たちと出会い、人間の孤独を知るにつれ、次第に世界に尊敬できる人、羨ましい人、あこがれる人がいなくなってしまい、なにも気にならなくなりました。
人は幼児期を過ぎると他人との違いを意識し始め、比較検討してその結果、劣等感や優越感を持つことが一般的な傾向ではないでしょうか。そこで劣等感を持った場合の次なる判断と行動が、「気にしない」か「逃げる」か「立ち向かう」か。

ここでは「立ち向かう」ことを推奨していますが、そのためには「自己効力感に基づく行動設計」が必要であり、それは他人との比較ではなく、自分の過去、現在、将来予測との比較で「ストレッチ目標」とそれに至るまでにステップを描くということだと考えます。要は、比較する対象を変えること。

それと幸福論で言えば、他人との比較結果に基づく不幸感は刹那的、自分の時間軸での評価結果に基づく幸福感が持続可能なものではないでしょうか。
価値観に優劣はなく、他人と比べるものではない、大切なことは自分自身が納得することだと思います。

"そもそも、人の価値に差がないことくらい、よく考えればわかること" …その通りですね。

自分の信じた道が正解だと信じて生きていきたいですね。
劣等感しかないけど気にしないタイプ。ただ劣等感ゆえに自分に不足しているタスクをどんどん積み上げて言って消化できてない自分に嫌気がさすことも。
自分を客観的に見ることが大事だなと記事を読んで思いました
劣等感≠コンプレクス
劣等感をこじらせる(無気力の遠因)≒コンプレクス
ですよね。個人的に、劣等感は最高オクタンの起爆剤