2021/2/26

新事業応募に4週間で1000件超。“ベンチャーな大企業”は何が違うのか

編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
 創業から100年以上、技術で未来を創ってきたNitto
 タッチパネルを指で簡単に操作できるのも、雨の中でもヘッドランプがくもらず安心して車を運転できるのも、体にテープを貼るだけで成分を届けられる薬が増えたのも、全部Nittoの技術革新があったからだ。
 Nittoの技術が自動車や住宅、医療、社会インフラ、家電・電子機器、ディスプレイ、消費財など、あらゆる領域に人知れず生かされているから、私たちは豊かで便利な生活を送れている。
 新規事業の創出に苦戦する大企業が多い中、なぜNittoは新しい価値をあらゆる領域で大量に生み出せているのだろうか。
 大企業ながらベンチャーのように社歴や年齢に関係なく挑戦できる環境があるというが、その強さの源は何なのか。
 大企業の新規事業創出を支援するプロフェッショナル集団、アルファドライブCEOの麻生要一氏と、Nittoで研究開発を行う入社4年目の若手技術者TさんKさんの鼎談から解き明かす。

未来の「車載用ディスプレイ」を提案

──Nittoでは社歴や経験に関わらず挑戦できるカルチャーがあると伺いました。まずは入社4年目のお二人はどんなプロジェクトに携わっているのかを教えてください。
Tさん 僕が担当しているのは、車載用ディスプレイに使われる「偏光板」の研究開発です。
 車に使用される安全センサーが増えたことで表示する情報も増え、速度や回転数をアナログメーターで表示していたのを、デザインの自由度が高い液晶ディスプレイでの表示に置き換えた車が増えています。
 その液晶ディスプレイの文字や画像は、偏光板という光学フィルムが入って初めて人間の目に見えるようになるんです。
 車載用ディスプレイは、安全のためにどの角度から見ても正確ではっきり見えないといけないのですが、斜めから見るとぼやけることがあります。
 でも、Nittoはお客様に密着して叶えたいことを技術で達成する会社。
 現時点の技術では達成が難しいスペック要望をお客様からいただくこともありますが、どんなに難しいスペックでもお客様の求める「黒く引き締まった見栄えの良いディスプレイ」を提供できるよう、少人数のチームで日々開発を行っています。
 加えて、未来に必要な車載用ディスプレイを予想してロードマップも作っています。
 運転席の前だけでなく、助手席の前までディスプレイがつながっている車はありますが、偏光板としては結構難しい技術なんです。
 いずれ、フロントガラス全面がディスプレイになる未来の車はあり得ると思っているので、デザイン性を追求しながら画面をきれいに映す技術を考えています。
Tさんが手にしているのが偏光板のサンプル。偏光板によって後ろのディスプレイが見えていることがわかる。

世の中にない技術を探求する

Kさん 僕は、より高精度な「プリント基板」を作るための技術を研究開発しています。プリント基板は、PCやスマホなどデジタル機器を分解すると必ず中に入っているもの。
 Nittoでは、プリント基板の中でも非常に薄く柔軟性がある「フレキシブルプリント基板」を生産しています。
 IoT端末やAIなど最先端テクノロジーの普及と進化に比例して、プリント基板の上に実装されているICチップの小型化も進み、それに合わせてプリント基板もより微細な配線を施した高精度なものが求められるようになりました。
 Nittoはもともと微細な配線形成を得意としているのですが、それでも市場の要求がかなり高くなってきており、現在の材料やプロセス、技術では作るのが難しいのが課題。
 だから、プロセスの変更や新たな装置設計を視野に入れ、いかに微細な配線基板を作れるかを検討しています。
──まだノウハウがない領域ということでしょうか。
Kさん そうです。そもそもNittoに存在しない技術なので、自分で勉強しながら仮説を立てて実験を繰り返してきました。
 試行錯誤から約1年が経ち、ビーカーサイズの実験で「プリント基板とは違う分野の技術を応用したらうまくいくかもしれない」とわかったので、今は新入社員を含めた3人で本格的に開発を進めているところです。
──お二人とも少人数のチームで最先端なことに取り組んでいるのですね。
Tさん 少人数だから、問題があればすぐにチーム内で話し合って迅速に動けます。
 複雑な承認システムもないし、お客様ともすぐに連絡をとって直接話せるので、研究開発のスピードは速いと思います。
Kさん 今は3人のメンバーがいますが、最初は1人でした。
 僕には「Nittoに新しい技術を取り入れたい」という強い思いがあって、入社2年目のとき「新しい技術をやらせてほしい」と上司に直談判したんですね。
 当然、知識や経験はありませんでしたが、上司は僕の思いを受け止めてくれて「市場要求が高まりそうだから研究開発に取り組んでほしい」と、1人プロジェクトは始まりました。

新規事業創出に必要なのは「顧客起点」

──お二人とも新製品開発に取り組んでいますが、大企業の新規事業の立ち上げを支援されている麻生さんから見て、改めて大企業で新しい価値を生み出すために必要なものは何でしょうか。
麻生 新しい価値を生み出したいなら、一にも二にも「顧客起点」。お客様の“お困りごと起点”ですべてを組み立てるのが重要です。
 でも、大企業はどうしても自分たち都合、部署都合、技術都合になりがちで、なかなか顧客起点になれないんですね。
 その背景にあるのは、高度経済成長期に栄華を極めた成功体験です。
 世界中でモノが不足していた時代は、お困りごとの解決に着眼しなくても、モノを作れば売れました。だから、日本は作ることに特化するDNAが根強いんです。
 だけど、世の中が成熟し、ビジネスの環境が変わった今、顧客起点ではない会社は衰退するでしょう。
 その点Nittoは、僕がいろんな大企業に向けて「重要ですよ」と言っていることを当たり前のようにやっている稀有な会社だと思っています。
 実は、2020年にNittoで新規事業を創出する社内プロジェクト「Nitto Innovation Challenge」に関わる機会があったんですね。
 そのとき驚いたのが、新規事業のエントリー件数が1100件を超えていたこと。
 技術起点の会社の新規事業コンテストに1100件以上の応募があるなんて、イノベーションの風土がなければ考えられません。
 実際、それを裏付けるように「この技術の特殊性を活用して事業化したい」という技術起点だけでなく、「誰のどんなお困りごとを解決するのか」までしっかりと考えられていました。
 製品化の起点となる「ある技術」があったときに、それは誰のどんな課題の解決に使える可能性があるのか。市場の要求を捉えて用途の仮説を出す力が、日本企業の中でも群を抜いていると思いましたね。
 その技術が求められる課題は、BtoBかもしれないし、BtoCかもしれない。先進国の課題かもしれないし、途上国の課題かもしれない。
 まだ見ぬ「誰かの課題」をできる限りたくさん着想する必要があるので、これは、顧客不在で技術を突き詰めるだけの会社にはできません。

技術力と市場要求を捉える力の強さ

──Nittoの強さの源は、市場の要求を捉えて要素の仮説を出す力、ということでしょうか。
麻生 その通りで、「市場要求を捉える力」は非常に高いと思います。
 技術の会社は「いい技術を作って売り込む」という発想になりがちですが、Nittoは「どんな用途・スペック」で「誰に売るのか」という「技術」と「市場(顧客)」の視点を両立させるという難しいことを、個人単位でやっているんですね。
 大きな会社になればなるほど、研究者はテクノロジーセンターの中で一人黙々と試験管に向き合うケースが多いのですが、Nittoは技術者でもお客様のところに足を運んで、求められるものを作っている
 開発寄りでありながら、100%研究者ではないというのが、競争力の源になっているのでしょう。
Tさん たしかにNittoに「自分は開発担当だから、ここまでしかやりません」という考えの人はいません。
 自分がやれることを全力でやるというか。だから、縦割りで分断された組織ではないですね。
Kさん それは、僕らのベースにある「今ある技術から新しい用途や需要、製品を作り出す“三新活動”」も大きく影響しているかもしれません。
 常に3C分析(Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)視点での分析)をする癖がついているし、それが当たり前の文化になっていると思います。

競争力の高い戦略が、風通しをよくする

──お話を聞いていると、大企業の良さを持ったスタートアップの集合体のような印象を受けるのですが、Nittoで働く楽しさや、やりがいはどんなところで感じますか?
Tさん “やってみなはれ文化”というか、やりたいことに対して否定せず応援してくれる文化があることです。
 たとえば、実験で良い結果が得られたとき、上司に「量産できるかはわからないけれど、お客様に紹介したい」と言うと、「紹介しておいで」と送り出してくれます。
 だから、自分の意見を発信しやすくなるし、やりたいことも自然と生まれてくる。
 このサイクルが楽しいし、何より経験が浅くても背中を押してくれるのはNittoの良さだと思っています。
Kさん 自由な発想・発言が許されるし、固定観念もなくいろんな考え方を尊重してくれるから、僕は微細な配線の研究開発という新しい挑戦をさせてもらえています。
 大企業は動きづらいとよく聞きますが、Nittoで動きづらいと感じたことは一度もありません
麻生 それを入社4年目にして一点の曇りもなく言えるのはすごいこと。
 その企業文化は、戦略としても秀逸だと思っている「グローバルニッチトップ™戦略」が影響しているのかもしれません。
 巨大なマーケットに対して単一製品を大量投下して挑もうとすると、組織を機能別に分割したほうが効率化を図れるので、自ずとピラミッド型組織になるのですが、結果的に動きづらくなります。
 でも、グローバルニッチトップ™戦略の場合は、小さな市場でも1人のお客様でもいいから「そのお客様を満足させる技術を実現させる」という考え方なので、複数事業の集合体になりやすい。
 すると、それぞれに権限を持って自走するので、必然的に風通しも良くなります。
 世の中の変化が激しい現在において、「単一製品×巨大マーケット」で戦っている場合、何らかの事情で市場がなくなる、もしくは既存製品が通用しなくなると会社の存続に関わります。
 でもNittoはグローバルニッチトップ™戦略で、対象とする市場も製品バリエーションも豊富だから、世の中が変化して何かの市場はなくなったとしても、新しいニーズを捉えて市場を作れる。
 しかもそれらは、いくつかの技術基盤によって支えられており、競争力としてもかなり強いと思います。

「諦めの悪さ」が新製品の創出につながる

──「ビジネスモデルの短命化で既存事業が立ち行かなくなる」「新規事業を創出できない」といった課題を持つ大企業は多いですが、Nittoは対極にあるということでしょうか。
麻生 Nittoでもたくさんの失敗をしていると思うんです。ただ、たくさんの事業がなくなりながらも、たくさんの新規事業が生まれているのだと感じます。
 しかもそれが大中小さまざまな規模で同時多発的に起きているのではないでしょうか。
Tさん たしかに、局所的になくなったり生まれたりしています。一人一人がたくさんの製品を立ち上げているから、全体で見ると数は凄まじいはず。
 車載用ディスプレイの偏光板でも、「あの車種は僕」「この車種は先輩」といった具合に、一人一人の実績が明確なので。
麻生 通常、無制限に研究リソースを使うと回収しきれなくなるので一定の線引きをするのですが、「ここまでやって結果が出なかったら引く」というラインはありますか?
Tさん 諦めが悪い会社なので(笑)、達成できないからとバッサリ切ることはないです。結果的に達成できなかったとしても、関わった人に知見は残るから別のところで生きます。
 僕が4年間で開発した10製品中8製品は、かなりマニアックで物量も少ないものだったのですが、マニアックだから、物量が少ないからとなくなることはありません。
 むしろそれが大きな利益を生むこともあります。
麻生 研究テーマを絞ってリソースを集中投下し、性能を高めていくのが通常だと思うのですが、Nittoはそれも真逆なのですね。

唯一無二のイノベーションカンパニー

──「若手でも主体的に挑戦できる」という会社は多いですが、Nittoは本当にそれが文化として定着したイノベーションカンパニーであることがわかりました。お二人から見て、Nittoに向いている人はどんな人でしょうか。
Tさん 僕はもともと何か明確にやりたいことがあって、Nittoに入社したわけではありませんでした。でも、Nittoでいろんなことをやらせてもらううちに、好奇心はどんどん高まって、やりたいことが増えていったんです。
 たとえば、「海外のお客様と技術面談をしてきてほしい」と言われ、1人で海外に行ってプレゼンをしましたし、必要な設備投資をさせてもらったこともあります。
 だから、「声が大きな人だけが挑戦できる機会を得られる」なんてことは全くありません。興味を持って取り組み、経験を重ねることを楽しめる人は向いていると思います。
Kさん 社員みんなが、聞きあって教えあい共創していくスタイルなので、チームワークを重視する好奇心のある人は、Nittoの社風の上で活躍できると思います。
麻生 いろんなことに挑戦できるとはいえ、市場の要求と技術力が乖離していることもあると思います。
 そうしたギャップにぶつかったとき、新しい課題に直面したときは、どう解決しているのですか?
Kさん 自分が分からなくても、必ず社内に専門の人がいるので、その人を探します。
 社内だけでなく、たとえば材料メーカーにも機密情報に触れない範囲で伝え、教えてもらうこともありますね。とにかくいろんな人に聞いて情報を集め、議論しながら課題を解決しています。
麻生 相談された側は快く受けてくれるのですか?
Tさん 海外拠点も含めて、社内で相談されて嫌がる人はいません。困っている人がいたらみんなで助ける社風があって、実際、僕も困っているといつも助けてもらっています。
麻生 自分の部署以外から相談があると、話は聞いても自分たちの利益にならないからと分断されがちなのですが、Nittoにはないのですね。
 同じことをしたい、同じ企業文化を作りたいと考える企業はたくさんいると思いますが、きっと簡単には真似できないと思いました。
 Nittoは歴史も実績もある大企業ながら、大企業が失いがちなベンチャー精神やフラットな組織を持っています。
 僕はNittoのような大企業をもっと増やしたいと思って活動をしているので、ぜひこれからも大企業とベンチャーの顔を併せ持つ企業であり続けてください。