2021/3/8

静岡市発、世界に先駆ける「安全と経済を両立する」MaaSの全貌

NewsPicks, Inc Chief Brand Editor
私が知る限り、他に類を見ない取り組みです──。
モビリティデザイナーで都市開発に造詣が深い牧村和彦氏がその先進性を高く評価するのは、静岡市が手がけているMaaS(Mobility as a Service)の取り組みだ。
人口減少、少子高齢化に直面する地方の街づくりにおいて、課題山積の交通を変革するために、今何をすべきか。静岡市が取り組んだMaaSプロジェクト「しずおかMaaS(静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト)」からその答えを探った。牧村氏とこのプロジェクトをリードした静岡鉄道の大前明生(おおまえ・あきお)氏、そして技術パートナーとして参画した三菱電機の木村深雪(きむら・みゆき)氏との鼎談で紐解く。
INDEX
  • 政令指定都市でも課題の少子高齢化
  • 「密」を避け経済も回す画期的アプリ
  • 三菱電機がAIで貢献
  • しずおかMaaSが優れている3つの特徴

政令指定都市でも課題の少子高齢化

──静岡市では2019年5月、「誰もが利用しやすい新たな移動サービス」の提供を目指し、「しずおかMaaS」を始めました。どんな課題意識をお持ちだったのですか
大前 人口減少と少子高齢化に起因した交通インフラの危機です。
 静岡市は人口70万人を維持する計画を推進していますが、現状でもかなり厳しく、昨年12月時点ですでに70万人を割り込んでいます。2025年には65万人、2040年には56万人まで減少するという予測もあります。
 出生率が低下し転入者が増えなければ、高齢化は必然的に進む。そうなれば、街全体の活気がなくなり、インフラの維持も困難になり、住みやすさや街の活気の低下が懸念されます。
 そして、交通にも高齢化の影響が出てきます。高齢者ドライバーの増加による事故の増加が深刻な問題になるでしょう。高齢者が自ら運転しなくても、移動したい時に、安全に、そして安心して移動できる新たな環境の整備が急務。そう感じたのが、しずおかMaaSを開始したきっかけです。
 実は私、静岡市の職員で、しずおかMaaSの発足前後に静岡市地域交通網形成計画の策定業務を担当し、社会情勢変化による移動ニーズへの高まりと公共交通事業の持続性を両立するためにどうすべきかを検討していたんです。
しずおかMaaSの代表幹事を務める静岡鉄道株式会社の車両。カラバリエーションが豊富でファンも多い
 掲げた政策を実行するために具体的にどう進めていけばいいのかと思いを巡らしていたとき、タイミングよく静岡鉄道株式会社から新しいモビリティサービスに一緒に取り組んでいきませんか、と打診があったのです。
 そこで2年半ほど前、「しずおかMaaS」の取り組みをスタートさせ、よりプロジェクトをスピーディに進めるために出向しているという経緯があります。
──牧村さん、こうした課題はほかの地方都市でも共通しているんでしょうか。
牧村 他の地方都市ではもっと深刻化しています。大前さんがおっしゃった住民ドライバーの高齢化に加えて、タクシーやバスのドライバーも高齢化し若い人材が乏しいので後継者がいなくて、今のインフラを維持しにくくなっています。
 ある人口10万人程度の都市では、タクシードライバーの平均年齢は70歳近いと聞きました。また、最近驚いたのは、ある中核都市のデータです。高齢者の交通手段を20年前と比べたところ、徒歩や自転車と公共交通を組み合わせて生活していたのに、今はほとんど自動車に転換している。
 これは、公共交通機関に何らかの不満があって、自分で運転しなければならなくなっていることが要因の一つだと思います。
 公共交通インフラが脆弱になっているから運転する高齢者が増え、事故のリスクが高まるというサイクルが生まれてしまっています。 移動に関する多様な選択肢を用意できるか。ここが、これからの都市、とくに地方では問われているのです。

「密」を避け経済も回す画期的アプリ

──そうした課題意識の中でどのようにプロジェクトを立ち上げたのですか。
大前 まずはどんな世界観を目指したいのかをみんなで議論しました。その結果、「移動だけでなく静岡での生活をより持続的で豊かなものにしていきたい」という価値観を大事にしたいということになり、「私たちの想い」「目指すべき5つの方向性」「しずおかMaaSによる新しい暮らし方」を目指すビジョンとして公表しました。
 このビジョンを実現するためには、生活に直結する福祉や観光、商業などと移動をセットで考える必要があり、交通を熟知する人だけでなく、そうした生活分野に精通する業界団体にもご協力いただく必要がありました。
 そして市内団体だけでは不足するMaaSに必要な先進技術やシステム構築力を補うため、市内外を問わず目指すビジョンに共感してくれる技術パートナー(技術会員)も募り、MaaSコンソーシアムを発足しました。
 いろんな地域で特色あるMaaSの取り組みが行われていますが、さまざまな団体・企業の持つ分野ごとの課題意識、専門知識やノウハウなどを集結させ、一丸となった体制づくりをしていることが我々の強みだと思っています。
──昨年11月に4つの実証実験を行うなどテクノロジーを活用した新しい移動のカタチを模索していましたが、その中でも特徴的なプロジェクトを教えてください。
大前 今回はこれまでの課題に加え、with/afterコロナを意識し、静鉄電車の混雑情報提供実験をはじめとする4つの実証実験にチャレンジしました。
 併せて実験実施に必要な機能を盛り込んだ「しずてつMapS!」というアプリも提供しました。
 このアプリの機能の一つとして、静鉄電車の車両内のリアルタイムに把握した混雑状況を「座席に座れる程度」「ゆったり立てる程度」「肩が触れあう程度」「混雑しています」の4段階に区分して全15駅分参照できるようにしました。
 最初の緊急事態宣言直後はコロナ感染への不安感からか、乗合移動サービスの利用者離れが大変深刻でした。そこでお客様に混雑を自ら避ける判断材料を持っていただくことで混雑平準化を促しつつ、「空いている時間帯は安心してご利用くださいね」というメッセージを込めて実施しました。
 加えて、この4段階に合わせて、商店街などで使える電子クーポンを発券する機能も用意しました。最も混雑していない「座席に座れる程度」の場合はAクーポン(150円引き)、「ゆったり立てる程度」の場合はBクーポン(100円引き)、「肩が触れあう程度」はCクーポン(50円引き)といったかたち。クーポンは駅に設置したデジタルサイネージからQRコードをスマホで取り込む仕組みです。
 これによって混雑平準化を促すだけでなく、移動する目的を生み出し消費行動も促すことができる。with/afterコロナで大きな課題となっている「感染症予防・拡大防止と社会・経済活動の両立」にどうにか対応できないかとチャレンジしたもので、特徴的な取り組みだったと思います。

三菱電機がAIで貢献

──この実証実験に三菱電機は技術パートナーとして深く関わったと聞いています。どのようなソリューションを提供したのでしょうか。
木村 大きく2つです。1つは、鉄道車両内のリアルタイム混雑度や混雑予測情報を提供するソリューション。駅構内の防犯カメラ映像から、リアルタイムの車両内混雑度を計測するとともに、鉄道車両内の防犯カメラの録画映像や乗降実績データなども活用して直近および翌日の混雑度を予測します。
 もう1つのソリューションは、混雑状況に応じたデジタルクーポンの発行です。単にクーポンを配布するだけでなく、デジタルサイネージ上部にもカメラを設置し、デジタルサイネージを視認した人の性別や年齢を判定。デジタルクーポンの利用履歴を組み合わせた分析を行うことで、密集・混雑回避と経済の活性化の効果を検証するために役立てています。
──三菱電機ならではの強みはどこですか。
木村 混雑解析には、当社のAI技術「Maisart®(マイサート)*」を用いています。カメラから見て人が重なり合っていても、密度を高精度に推定できる技術です。
大前 特に技術の強みを感じたのは、駅構内にいる利用者数の「実測値」に基づいた混雑予測情報を「リアルタイムに」お客様にお届けできた点です。混雑解析にはいろんな手法がありますが、この2点を満たしている技術はあまりないのではないでしょうか。
木村 ありがとうございます。また、デジタルサイネージに2次元バーコードで表示させる部分についても、クーポンの配布自体は難しくないのですが、データ分析によってランクを可変表示させるために、三菱電機の独自技術が生かされています。
*Maisart®:Mitsubishi Electric’s AI creates the State-of-the-ART in technology の略。全ての機器をより賢くすることを目指した三菱電機のAI 技術ブランド

しずおかMaaSが優れている3つの特徴

──牧村さんから見て、しずおかMaaSの取り組みはいかがでしょうか。
牧村 他の都市にはない特徴が3つあります。
 1つ目は、地域全体でMaaSのビジョンを作っていること。さまざまな立場のプレイヤーが思いを共有するのは、かなり難度が高いこと。明確なビジョンがあるから、短期間で地域が目指しているものに共感して、同じ方向へ進んでいけたのだと思います。
 2つ目の特徴は、「しずてつMapS!」で、ポイント連動によって交通手段の変更を促し、ライフスタイルをニューノーマルに変えようとしていること。私が知る限り、MaaSのサービスとしては世界初です。
 交通事業者としてはコロナ禍で利用者が大きく減っているなかで、空いているという安心情報で利用機会を増やしたい。地域の店にとっても助かる。地域の交通崩壊を防ぎながら、地元経済もゆるやかに動かしているところが画期的です。
 そして3つ目がプロジェクトの推進体制。行政とさまざまな地元の企業、そして市外も含めて必要なテクノロジーパートナーを組織し、チームを形成していることです。
 こうした新しいサービスは一過性のもので終わってしまう危惧があるのですが、しずおかMaaSは行政が推進するだけでなく、地元の銀行、交通事業者など主要なプレーヤーがしっかりグリップして、そこにさまざまな新しい技術を入れて循環し、組織も人も技術もアップデートされていくような仕掛けになっているのが大変素晴らしいですね。今後も大変楽しみな地域です。
──ビジョンを描き、そのビジョンに賛同する多様なプレーヤーを集めることができたことが成果の要因だということですね。三菱電機はそもそも、このプロジェクトに参画した理由は何だったのでしょうか。
木村 しずおかMaaSが立ち上がった当初、三菱電機では私の所属する「社会スマートインフラ事業開発室」が発足し、既存事業の延長ではない新たな事業創出に向けて、お客さまの課題起点で新領域への挑戦を模索している頃でした。
 オープンイノベーションの推進や、私たち三菱電機が掲げる理念「活力とゆとりある社会の実現」と通じるしずおかMaaSの基本理念に共感して参画を決めました。また、静岡市にはエアコンや冷蔵庫を開発、製造している弊社の静岡製作所があり、社員の生活にも深く関係する都市であることも参加への思いが強まった理由かもしれません。
──プロジェクトを振り返ってみていかがでしょうか。
木村 静岡鉄道が代表幹事としてとりまとめてくれ、大前さんをはじめ、すごくリーダーシップを発揮してくれました。ビジョンをもとに、なにをするか、しないのか、しっかり指示してくれたので動きやすかったですね。
 今回の実験では、静岡鉄道からのスモールスタートでしたが、他のデータ取得手法も取り入れつつエリアを拡大していき、街全体の混雑平準化と、経済活性化の両立を目指していきたいですね。
 静岡市民のみなさんにとって、もっと嬉しくなる来年度の取り組みについて、今まさに協議しているところです。
 また、三菱電機としてはこのプロジェクトで培った経験をもとにほかの都市や事業にも横展開し、MaaS関連のビジネスをリードできるようにしたいと思っています。
──大前さんは、三菱電機と組んでみて、どのような感想をお持ちですか。
大前 誰もが知る大企業ですので、最初はどこまで調整が利くのかとか内心気がかりでした。もしかして、お高くとまられるのではと(笑)。
 ところが全然そんなことはなくて、企画段階から実施後の分析に至るまで、各フェーズで大変真摯に向き合っていただきました。
 技術者の皆様とも関わらせていただきましたが、専門知識はもちろん、それ以上の熱意を持たれて取り組まれているのをひしひしと感じましたね。さすが大企業だなと(笑)。
 実験資機材の設置立ち会いなどでは丁寧に機器やAI技術の説明をしてくださって、とても刺激的で楽しかったです。
──最後に牧村さん、地方都市の移動について特に何が大切になってくるでしょうか。
牧村 最後は市民の危機感が必要です。日本の場合、まだあまり危機を感じていないように思います。現実に今、それほど市民が困っていると感じていないですからね。ただ、5年後10年後は必ず交通インフラで困る時が来るでしょう。
 行政や企業が新しい移動のカタチを模索していくと思いますが、国民一人一人が少子化と高齢化について受け止め、変化を促す意識を持つことが大事だと思います。その意味で今回のしずおかMaaSの取り組みは市民の意識を変えた好例とも言えるでしょう。