基太村真司

[東京 17日 ロイター] - 世界株高を背景に外為市場で円の下げが目立ってきた。複合要因で発生した想定外のドル高で、円を買い仕掛けていた短期筋が戦略の修正を迫られた形だが、円高を強く警戒する菅義偉首相の存在を意識する声もある。

<円安第1波、誤算のドル高>

米国で民主党が政権を奪取して議会も多数を占めれば、主張している大規模な財政措置が通貨安につながるはず──。円安進行の端緒は、昨年来多くの参加者が想定していたこうしたドルじり安、100円割れシナリオが年始から崩れたことだった。

予想外の出足に困惑が広がる市場では「先んじて積み上がったドル売りや円買いの持ち高調整だろう」(外銀)と、短期収束を懇願するような声が多数上がった。しかし、1月のドルは月初の102円台から、ほぼ一本調子で月末には104円後半へ上昇。複数通貨に対する動きを示すドル指数も上昇した。

1月半ば時点で、短期筋のドル売り仕掛けがすでに10年ぶりの高水準に膨らんでいたことが、想定外のドル高の原動力となったことは間違いない。

そこに発生したいくつかの思惑の変化が、買い戻しの引き金を引くことになる。米共和党提案の経済対策が民主党の半分にも満たない規模で、大規模な財政出動期待が急速に萎んだこと、一部の米連邦準備理事会(FRB)幹部が債券買い取り縮小の可能性に言及し、金融引き締め警戒から米国へ資金が急旋回する「テーパータントラム(taper tantrum)」への懸念が浮上したことなどだ。

<第2波は日経3万円と「ワクチンビッド」の思惑>

その後、米国では与党民主党が押し返して1.9兆ドル規模の対策の審議が開始。FRBのパウエル議長が出口戦略を明確に否定したこともあり、2月第1週頃からドルの上昇は一服となる。しかし、それでも円安は収まらない。

続いて円弱気派の背中を押したのは株高だ。ドルが今年の高値をつけた今月5日、入れ替わるようにMSCI全世界株式指数が1月につけた過去最高値を更新。米株の最高値更新とともに、主要国対比で割安感が際立っていた日本株も一気に上放れ、日経平均は30年半ぶりに3万円台を回復した。

日経平均の年初来上昇率が米ナスダックをも上回る状況下、円には広範に売り圧力が及んだ。まず値動きの鈍った対ドル以外、豪ドルが82円前半と2年2カ月ぶり、英ポンドが147円前半と1年2カ月ぶり、カナダドルが83円後半と1年ぶり高値をつけた。そしてドルも17日午前、ようやく106.22円と昨年9月11日以来、ほぼ半年ぶりの高値を更新した。

思わぬ憶測も駆け巡った。きょうから接種が始まる「ワクチンの購入代金支払いに伴い、数千億円規模の円売りが発生するのではないか」(国内証券)というものだ。政府は昨年9月、ワクチンの確保に向けて6714億円の予備費支出を閣議決定している。

<菅首相「重点的に為替注視」、30年ぶり株高素通り>

15日午前。アジアの多くの国と米国の休場で静かなはずだった週明けの東京市場が、日経平均の3万円乗せで珍しくにぎわう中、ある外銀幹部は衆院予算委員会に目を奪われたという。

質問者は立憲民主党の野田佳彦元首相。「党首討論のつもりでやる」と意気込む野田氏は突然、官邸5階の総理執務室にある各市況を示すボードの中で「一番気にしているのは何ですか」と、予定になかった質問を投げかけた。それ対して、首相は30年ぶりの株高に言及することなく「重点的に見ているのは為替。為替については注視をしている」と即答した。

官房長官時代から円高に繰り返し不快感を示してきた菅首相には、市場で「強硬な円高警戒論者ではないか」との印象が強い。年始には特別大きな市場変動があったわけでもないにもかかわらず、政府・日銀が3者会合を開催した。当時のドルは102円台。今回の予算委のやり取りによって「印象は確信に近づいた。首相は円高が嫌なんだろう」(前出の外銀幹部)との声も聞かれている。

<個人は2年ぶり円買い転換>

一方、みずほ銀行の集計によると、1月の個人の外国為替証拠金取引の主要通貨合計持ち高は、店頭と取引所合わせて826億円の外貨の売り越し、つまり円の買い越しとなった。個人の持ち高が差し引きで円買い超に転じるのは、19年2月以来ほぼ2年ぶり。昨年12月は1兆7376億円の円売り超だった。

トレイダーズ証券の市場部長、井口善雄氏は「足元の円安を受け、短期勝負を狙う個人が円買い姿勢を強めている。まだ円を売り持ちにしている向きもいるが、積極的にドルの値上がりを狙っているというより、昨年107─108円付近でドルを買い、そのまま損失を抱えてしまったケースが多いようだ」と分析する。円がもう一段下落すれば、塩漬けを脱した個人のドル売り/円買い圧力が強まることになる。

(基太村真司 編集:伊賀大記、石田仁志)