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山本七平以来「日本社会は空気によって決定される」というのはアカデミズムに限らず、あらゆる言説でよく見られ、その端的な社会的動きとして「同調圧力」が槍玉に上がります。
適度な同調圧力は日本社会の規律を守り、正しく社会を運営するのに大きな役割を果たしてきましたが、同時に過度な同調圧力が、時に非論理的、非科学的な方向に社会を導き、日本の歴史を誤らせる危険性を常に持っていることは疑いの余地がありません。
そしていわゆるコロナ警察なるものも、もしかしたら非論理的な過度な同調圧力の例として、のちの歴史においては語らえる存在であるのかもしれません。

しかし筆者と意見を異にするのは、同調圧力は政府が国民にそうなるよう誘導したものであり、それに乗った愚かな国民が自ら私権を差し出しているのが現在だ。
そして、その背後には「憲法改正」を目論む政治的な思惑がある。といった陰謀論につなげることです。

現在のコロナ禍における過度な同調圧力は政府というより「インフォデミック」という比喩が示すように、メディアの不安を掻き立てるような報道や煽動が大きな役割を果たしています。
そして不安に駆られた国民の反発が政府に向かないように、支持基盤の弱い政府は長期的な国益を無視してでも、必然的に短期的な意向に沿った政策をしなければならなくなる。
(もちろんそれを利用する存在が当然にあることは別の問題としてあるわけですが)
それはこの文の筆者が専門(筆者の専門は軍歌の研究)とする戦前に戦争を煽ったメディアの報道姿勢と、それに乗った人たち(軍部、革新官僚、財閥など)とある意味共通のものがあるというのは言い過ぎでしょうか。

日本における空気は誰かが意図的に作り出すものではなく、集団のルールとして自然発生的に出来上がり、醸造され、伝播し、やがて場を支配するに至る。
これが山本の唱えた“空気“です。
では今空気を作っているのは権力である政府なのか? それとも集団に情報を伝播させるメディアなのか?
本質的にどちらが空気の醸造に強い力を持っているのかといえば、間違いなく後者なのではないですか?

どうして戦前も、そして現在も、メディアは常に免罪されるのでしょうか。
感染症対策は国防問題(National security issue)です。お間違えなきよう。