2021/2/24

「個」の時代がやってきた。教育はどうあるべきか

NewsPicks Brand Design Editor
 国が定める「学習指導要領」が約10年ぶりに改訂された。それに伴い、生徒一人ひとりのペースに合わせた指導を行う「個別化教育」が脚光を浴びている。
 これまでの教育シーンで顕著だった「全体最適」のカリキュラムが見直され、「個別最適」な学習の必要性が叫ばれているのだ。
 しかし、そもそも「個を尊重した学び」とはどのようなものか。それを実践するために、教育に携わるプレイヤーはどう変化していくべきなのか。
 中高生向けのプログラミングスクール・ライフイズテックCEOの水野雄介氏と、幼児・小中学生対象の学習塾「学研教室」を運営する学研エデュケーショナル代表の川端篤氏の対談を通じて「個」を生かした学びのポイントを探る。

なぜ学習に「個別化」が必要なのか

── 昨年、文部科学省が発表した令和の教育方針にも記載されるなど、「個別化教育」が注目を集めています。
水野 個別化教育は、まず「子どもたちが持つポテンシャルを信じる」ことから始まります。そこから個々の特性や考えを尊重し、最適な学びを実践していくんです。
 僕たち「Life is Tech!(ライフイズテック)」は、「中学生・高校生一人ひとりの可能性を最大限伸ばす」をミッションに掲げ、2010年の創業以来延べ5万人以上の中高生に、プログラミングを学ぶ機会を届けてきました。
 ライフイズテックも、まさに「個別化」への思いが起点にあります。起業するまで、僕は高校で物理教師をしていました。
 ですが、とにかく「偏差値主義」のような、単一のモノサシで生徒たちの能力を測るシステムに課題を感じていた。
 本当は、子どもたち一人ひとりの持つ、ユニークな能力や個性を伸ばしてあげるべきなんじゃないかと、ずっと考えていたんです。
川端 非常に共感します。私たち「学研教室」も、約40年前から「子どもたちの個性を尊重した教育の実現」をモットーに事業に取り組んできました。
 学研といえば、みなさん出版社のイメージが強いかもしれません。
ですが、創業者の古岡秀人は、教材を販売して終わりではなく、その教材を使って「子どもたちが集い、学ぶための場所」を作りたいと考えました。それが、学研教室のはじまりです。年々事業を拡大し、現在は全国で約15,000教室にまで広がっています。
 私たちは、先生が一方的に話す「講義」は行いません。個々の習熟度や適性に合わせて教材を選び、自学自習できるように指導します。
 そこから本人の理解度に合わせて、つまずいているところや、分からない部分を中心に、個別指導を実施します。
水野 個別化教育の潮流は、デジタル化でさらに加速していますよね。
 これまでも、マンツーマン型の指導は注目されてきました。ですが、先生の数に限りがあるため、事業としてスケールさせるのが難しかった。
 それが、近年では映像授業の活用で、もっとインタラクティブな指導に時間を割けるようになってきている。デジタル教材を用いた学習データの蓄積によって、効果的な指導計画を立てることも可能です。
川端 ええ、デジタルはまさしく個別最適化教育の後押しになっていますね。学研教室でも7年前からタブレット教材を用意し、教室だけでなく自宅での学習でも活用しています。
 たとえば、英語学習のスピーキング能力の育成は、先生が発音をマンツーマンで確かめる必要がありました。
 ですが、今は音声認識の精度も格段に上がっている。タブレット教材を用いて、自分のペースでスピーキングの練習を進められるんです。
学研のタブレット教材。イラストやアニメーションを用いた学習コンテンツが特長だ。

個の学びを促進する「守破離」とは

── 「個」に合わせた学習カリキュラムを設定するには、具体的にどのようなプロセスが必要なのでしょうか。
川端 まずは、「現状を認識すること」がとても大切です。私たちの教室では、最初に子どもたちの現状の理解度を判断するテストを実施します。
 病院の診療で言えば、「診断」にあたる部分ですが、ここから個人の学習の「カルテ」を作成するんですね。
 そして、学校のカリキュラムをより細分化した、スモールステップの教材をセレクトします。ここで意識しているのが、その子が「必ず解ける問題」を交えてカリキュラムを設定すること。
 学研教室の特徴は「無学年方式」という、学校の進度や学年にとらわれない学習プログラムにあります。
 たとえば「小学4年生のこの時期だから、この内容をやってごらん」と教材を渡してしまうと、なかなか進まなかったり、逆に簡単すぎたりすることも多い。
 こうした課題を解決するため、あえて学年の枠を取り払い、子どもたちの学習内容をコーディネートしているんです。
水野 それは素晴らしいですね。僕も事業を介して子どもたちの「自信」を育むことの大切さを痛感するので、「無学年方式」の手法には共感します。
 ライフイズテックのカリキュラムでも、まずはプログラミングの基礎を身につけるための演習教材を提供しています。もちろん、スピードは個々の自由です。
 これを、僕たちは学びの「守破離」でいう、「守」の部分だと考えています。
 次にあるのが「破」。なんでもいいから、自分たちの身の回りにある課題を解決してみよう、とお題を出します。
 過去には、「勉強しているときにLINEが来ると集中できない」という課題を発見し、「勉強の時間はLINEを使えなくするアプリ」を開発した女の子がいました。
川端 なるほど。自分たちの身の回りから考えてもらう。だから、一人ひとりの個性がアイデアに反映されるんですね。ちなみに、「離」は何でしょうか。
水野 「離」は、実際に作ったサービスをアプリストアにリリースしてもらいます。すると、1,000ダウンロード、多い子だと万単位でダウンロードされる。これが、子どもたちにとって大きな自信になっていきます。
 さらに、レビューを通じていろんな人からフィードバックがもらえる。ですから、次はこんな機能を作ってみよう、こんなアプリを開発しようと最終的に自走できるんです。
ライフイズテックのスクール生が作ったアプリの様子。(左)学習時間の管理アプリ『STUGUIN』(右)席替えシミュレーションアプリ『席替え 楽!楽!』。
川端 面白いですね。「守破離」のお話は、私たちのカリキュラムにも通ずる部分があるな、と思いました。
 学研教室に置き換えてみると、まずは「守」として、演習を通した基礎力を身につけてもらう。そして「破」で、次はこんな問題にチャレンジしてみたら、と先生から声をかけます。
 さきほどお話ししたように「無学年方式」なので、各々のペースで教材を進められる。その結果、自分だけの学習の「型」を体得できると考えています。
 そうしたサポートを軸に、最後は「離」として子どもたちから自発的な「やりたい」という気持ちを引き出します。
 たとえば、「こんな問題を問いてみたい」と話してくれるようになったり、最近では「中学受験にチャレンジしてみたい」と意欲を見せてくれたりするケースが増えています。

学びには「コミュニティ」が必要だ

── 一人ひとりに合った学習スタイルは大事だと思う一方で、教室に通うとどうしても他人と比べてしまう子どもたちもいそうな気がします。
川端 もちろん、そういったご家庭もゼロではありません。ただ、他者と比べず自分自身に向き合えるかどうかは、先生の存在が大きく関係していると考えています。
学研教室の様子。週2回の来校時に、各々のペースで教材を解く。不明点があれば、先生が正解に導くヒントを与えてくれる仕組みだ。
 他の子と比較してコミュニケーションを取るのはもちろんNG。まずは子どもを包み込み、その子の特性や理解度に合わせた接し方ができるかどうか。それが、子どもたちの主体性の伸び具合を左右すると思うのです。
水野 その通りだと思います。僕も、ライフイズテックのメンターの大学生たちには、「とにかく愛情を持って接してほしい」と伝えています。
 どんな機能やアプリケーションができたとしても、いいところを見つけて「めっちゃいいじゃん!」とまずは褒めてね、と。その上で、改善できそうなポイントがあれば「もっとこうしてもいいかもね」と、優しくサジェストする。
メンターは、中高生にとって「最も身近なロールモデル」となるので、かなりこだわりを持っています。採用基準も高く設定していますし、通過後は一律100時間の研修をマストにしている。
 中高生にとっても、ただプログラミングのスキルを学ぶだけではなく、「こうなりたいな」と将来にも目を向けてもらえるような場にしたいんです。
ライフイズテックのプログラムの様子。スクール生4~5名のグループに、メンターが1名つく。
川端 100時間も!それはすごいですね。たしかに、私たちの教室でも、上の学年の子が下の学年の子に勉強のアドバイスをしてあげるようなカルチャーがあります。
 学校とは別に、身近に触れ合えるお兄さん、お姉さんがいるのは、水野さんがおっしゃるように「ロールモデル」の観点でも意義を感じます。
水野 そうですね。スキルの習得を促すのはもちろんですが、それ以上に「楽しさ」を共有できる空気づくりに取り組めるか。これが、学びのコミュニティ設計において重要だと思います。

これからの「子どもたち」に必要な力

── お話しいただいたような「個別最適」な学びを通して、子どもたちのどんな能力を育むことができるのでしょうか。
川端 思考力や判断力、集中力などさまざまな能力を身につけられると思います。
 ですが、とりわけ要となるのは、「検索力」の習得でしょう。検索力とは、たくさんの情報の中から必要な情報を取り出し、内容を要約して表現する力までを指します。
 つまずいたポイントがあっても、すぐに正解を教えず、まずは教科書や辞典をあたってもらう。自分なりの答えを導くよう促すんですね。
 その過程で、必要があれば先生がサポートします。このサイクルを徹底できるのが、個別最適な学習の強みです。こうした「検索」のための能力は、まとめた内容を先生が一方的に話す「講義」ではなかなか育めません。
水野 情報があふれている現代だからこそ、なおさら「検索力」は重要ですよね。
 個別化学習の強みは、一般的な「正解」ではなく「自分なりの答えや幸せ」の発見のサポートにあると思います。
 プログラムでも「Why Don’t You Change the World?」というスローガンを掲げています。あなたたちは世界を変えられるんだよ、とまずは伝えたい。
 何か壮大な目標を立てなくてはいけないのかと思われるかもしれませんが、そうではありません。「自分の半径1メートルにある課題を解決し、他者を幸せにできる人になってほしい」という意味を込めています。
 コードを学んだり、テクノロジーを使ったりすることは手段にすぎません。その先に「どんな価値を生み出したいのか」を、自分なりに定義できるかが大切です。
iStock:artisteer
川端 おっしゃる通りですね。学んだ先に何があるのか。また、子どもたち自身が今後どうなっていきたいのか。こうした対話は、私たち学習塾もそうですし、保護者の皆様にも強くお願いしています。
 昨今は「口コミ時代」ですから、周囲の膨大な情報に流されそうになることも多いでしょう。
 ですが、そんな中でも「自分なりの答え」を導く力を育んであげられるか。それが、私たち大人が考えるべきことだと思います。
 その環境を作るお手伝いを、学研教室として今後も続けていきたいですね。
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