2021/2/19

選ばれ続けるブランドであるために今すべき「投資」とは

NewsPicks NewsPicks編集部
消費者の意識の移り変わりはより早く、より大きくなっている。では、消費者に選ばれるブランドであり続けるために、企業には何が必要なのだろうか。
マクドナルドは、誰もが知るブランドだ。日本マクドナルドは今年1月、家族の幸せと、未来を担う子どもたちの健全な成長のサポートをより強固なものとして、これまで以上にファミリーに寄り添うブランドを目指すと宣言。30年以上の歴史を持つ「ハッピーセット®」をリニューアルした。
本記事では、ブランドストラテジーに詳しいBRANDFARM代表/dofブランディングディレクターの工藤拓真氏とマクドナルドのファミリーマーケティングを担当する小嶌伸吾氏が、マクドナルドがリニューアルに込めた思いや、企業の社会的意義とビジネスを両立させるブランド戦略について意見をかわす。

行動の伴わない「意見広告」は意味がない

小嶌 私たち日本マクドナルドは、ハッピーセットを年間で約1億食提供しています。そこには大きな責任が生じますが、同時にお客様と接する機会でもある。それを最大限質の高い体験にしたいと考えています。
 今回のリニューアルでは、メニューとおもちゃ、2つの方向からアプローチしています。
 メニューに関しては、栄養バランスに配慮して、サイドメニューを2種類から4種類に増やしました。
 マックフライポテト® (S)に加え、スイートコーンにえだまめをプラスしたえだまめコーン、ヨーグルト、あとは、今まで通常セットのメニューだったサイドサラダをハッピーセットでも選べるようにしています。
※えだまめは、誤って気管に入る可能性があります。3歳頃まではお控えください。また、4歳以上のお子様も喉につまらせないよう気を付けてお召し上がりください。
 おもちゃのリニューアルは、子どもたちの成長や発達、何かに興味を持つきっかけづくりを重視しています。「コラボするキャラクターが人気かどうか」も大事なのですが、どのような体験を提供できるのか、その体験でどのように子どもたちの未来に貢献できるのか、ということです。
工藤 栄養バランスも、子どもの成長や発達を意識したおもちゃも、一見すると、子どもにとって喜ばしいニュースとは言えないかもしれない。「いま、この瞬間のおいしい」だけを追求しているブランドだったら、挑戦できない価値づくりです。
 とはいえ、子どもにそっぽを向かれてはいけないわけで、チャレンジングな一手ですね。
2月5日より、子どもたちに大人気の「おしりたんてい」がハッピーセットに初登場。おしりたんていになりきって謎解き遊びができる、おもちゃ6種のラインアップ。© トロル・ポプラ社/おしりたんてい製作委員会 ※販売予定期間は3月4日(木)まで
小嶌 はい。今でも、子どもたちにはこれまで通り楽しんでもらうことが一番大事だと思っていますし、それは変わりません。「これは教育のための商品です」と言いたいわけではないんですよ。
 大人がやらせるのではなく、子どもたち自身が「知りたい/やりたい」という気持ちで主体的に関わることが大前提。文字や英語を楽しみながら覚えてもらえたら、それはそれで嬉しいのですが、IQ的な部分の向上だけを狙っているわけではないんです。
工藤 なるほど。狙いは、「表現力」や「人間力」のような部分ですか。食品マーケティングの知識だけでは太刀打ちできないですね。
小嶌 そうですね。「想像力」、あるいは「生活習慣」の形成や「自立心」などの「生きる力」に働きかけたい。マクドナルドには、以前より、子どもたちの心と体の健全な成長をサポートするという方針があります。
 今回のリニューアル、特におもちゃに関しては、具体的にどう変えていくか手探りの部分もありましたが、企業の文化として理解を得やすい土壌があるので話も通りやすかったですね。
ハッピーセット「ポリス×戦士 ラブパトリーナ!」は、ラブパトリーナのアイテムをモチーフにさまざまな音が鳴る6種のおもちゃ。リズムに乗って多彩な振付けのダンス遊びができる。  © TOMY・OLM/ラブパトリーナ製作委員会・テレビ東京 ※販売予定期間は3月4日(木)まで
工藤 SDGsやサステナビリティという言葉こそなかったものの、「社会的責任を伴ったマーケティング活動が大事」という話は、何も最近出てきた流行ではありません。
 寄付金や社会貢献活動への参加を、商品購入と紐づけて提供する「コーズマーケティング」でいえば、60年以上も前から世界中で展開されています。
 企業のCSR活動と比較して、よくこの手の議論で参照されるポーターの「CSV」も、発表されてから約10年が経ちます。それにもかかわらず、世間をハッと言わせるための「意見広告」だけが拠りどころとなっている、プロモーション先行の活動に終始してしまうケースも少なくありません。
 広告で世論に訴えかけて終わり、では意味がない。いや、むしろ批判の的にすらなり得る。情報の透明性はどんどん高まっていくし、あらゆる社会問題が企業活動と切り離せなくなってくる。
 そんなこれからの時代、社会的課題に対して挑戦しない『口なしブランド』は言わずもがなですが、『口だけブランド』になっていないかも、よりシビアに問われるのではないでしょうか。
 ファクトを発表しながら継続的に取り組む姿勢を打ち出す企業も、徐々に増えています。
小嶌 おっしゃるとおりです。今回、われわれはハッピーセットのリニューアルに伴い「もっとファミリーに寄り添うブランドへ」と宣言しています。
 これまでも、病気で入院する子どもに付き添う家族のための滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」の支援や、学童野球、小学生のサッカーといったスポーツ支援、食育支援などを行ってきました。
 さらに2018年からは、「ほんのハッピーセット」で絵本や図鑑の提供をはじめたり、ハッピーセットのおもちゃを回収してトレイにリサイクルする「おもちゃリサイクル」を開始したりするなど、より多くのお客様にマクドナルドの姿勢を身近に感じていただける施策を充実させています。
 何もやっていないのに「ファミリーに寄り添います」と言っても、それは誠実ではない。「本気で子どもや家族のことを考えている」と胸を張って言えるだけのファクトが揃ってきたタイミングだから言えたことです。
工藤 刹那的なおいしさだけでハッピーにさせることに満足してはいけない。未来を担う子どもたちをサポートすることで、家族も笑顔になる。
 その子どもがいずれ大きくなって、さらによい社会を作っていく。そんな開発への覚悟には、私自身、一人の親として胸を打たれます。

数字だけ、情熱だけではブランドは育たない

工藤 食品という「刹那的な快楽」が大事な市場において、ブランドの価値を感じるタイミングを、ちょっと先の未来へ置いた点が、チャレンジングですよね。
 もちろん、「その瞬間楽しければいい」「おいしければそれでいい」という人もいるかなとは思いますが、「マクドナルドはそれだけダメだと思っているよ」「ハッピーのあり方ってもっと他にもあるんじゃない?」という価値観を提示されているように感じます。
小嶌 今まで通り、単純に商品を提供するだけだと、この先企業として続いていかないのではという危機感もあります。
工藤 商品を提供するだけなら、代わりが利いてしまいますからね。
ハッピーセットのおもちゃを回収してトレイにリサイクルする「おもちゃリサイクル」では、子どもも楽しみながらSDGsに触れられる。
小嶌 ええ。でも、たとえば「ほんのハッピーセット」の図鑑で宇宙に興味を持ち、大人になってそれを仕事にした──そういうきっかけを一つでも多く提供できれば、ブランドの価値はより高まる。
 私たちはそれができるぐらい、子どもたちと近いところにいると思っています。
工藤 ブランディングの議論って、“情熱と冷静の使い分け”が重要だと思うんです。「情熱」は哲学やミッション。
 ミッションを日本語にすると「使命」となりますが、日本人には感覚的に理解が難しい概念かもしれません。もともとミッションとはキリスト教圏、つまり一神教の考えに依拠した言葉。
 「神によって、私はこの使命をもって生まれてきたのだ」「私という人間の一生には、社会に対してこんな役割がある」といった、強い想いの伴った言葉です。自分がそれを信じたいという「信念」とも言えます。
 「ハッピーセットは人を幸せにするんだ」という想いの出発点にあるのは、それを実現させようという開発者や企業の覚悟の現れであり、主観的なもの。つまり「情熱」です。
 一方で、マーケティングは確率論であり、統計学であり、客観的な数字で議論するという「冷静」。いくら「情熱」的に哲学を語っても、それが多くの人々に支持されない、独りよがりな主張になっていては、商売は上向かない。
小嶌 自分たちのエゴで走りすぎていないかを確認するためにも、商品化にあたっては何度も調査をしています。
 ハッピーセットのおもちゃにしても、私たちの考えを体現したものになっているか、お子さんにどう受け入れられて、親御さんにどう受けられるのかを確認しながら開発を進めます。
工藤 「いいことをしたい」という想いだけじゃ商売はできない。だけど、数字だけ眺めて対処していても、ブランドは大義を果たせない。
 自転車が両方のペダルを踏まないと前に進まないのと同じで、「情熱のペダル」と「冷静のペダル」、両方をうまく踏み分ける企業やチームがやっぱり強いんですよ。
小嶌 調査ですべての本音が出てくるわけでもないので、経験から判断することもありますし、調査結果を参考にしつつ、私たちの「意志」との間で葛藤しながら判断しています。
 実は今、私のチームでハッピーセットの開発に関わる現場の担当者は全員、パパ・ママなんです。だから、ビジネス的な判断を優先しそうになっても、「それは大人のエゴでしょ。うちの子どもは欲しがらないよ」と、本物の親からの厳しいフィードバックが来ます(笑)。
工藤 それはすごいですね。意図的にそういうメンバーを集めたんですか。
小嶌 この仕事は実際にお子さんがいるほうが、やりがいやモチベーションにもつながりやすいので、ある程度意識してはいます。
iStock.com/kohei_hara
工藤 僕は「ユーザーファースト」も「プロダクトファースト」も、どちらかに極端に寄ることに対して違和感があります。
 商品はお客様に鍛えられるし、お客様はブランドの体験を通じて変化していく。その観点でいうと、ブランドとは買い手と売り手の間で築かれる「協創物」なんです。
 「ユーザーから生まれた」という言葉がありますが、ユーザーの意見だけあっても、マーケターや経営者にこたえる意思、仕掛ける意思がなければ、絶対に成り立ちません。両者のぶつかり合いで作られるのが「ブランド」です。

マクドナルドは提供すべき「ハッピー」を問い続ける

小嶌 ハッピーセットで難しいのが、楽しむのはお子さんだけど、買い与えるのは親御さんだという点です。子どもは昔から好奇心旺盛であまり変わらないけれど、大人や社会のニーズは時代の影響を受けて変わっていきます。
 子どもの楽しさを奪わず、大人や社会のニーズに対応するために、リニューアルし続けるのです。そこで大事なのが、「M」のロゴを見たときや、ハッピーセットという言葉を聞いたとき、何を想像するかです。
 「小さい頃、親に連れて行ってもらったな」と思う人もいれば「高校生のとき放課後行って楽しかったな」「最初のデートで失敗したな」という人もいるでしょうが、皆さんのなかに楽しい記憶として残り続けるかどうかがブランドの命運を決めます。
「M」のロゴを見たときや、ハッピーセットという言葉を聞いたとき、何を想像するだろう。
 まずはお子さんに楽しんでもらい、親御さんには「子どものことや未来のことも考えているんだな」と感じてもらう。
 そして、世間から共感を得て、実際に子どもたちの未来や社会に貢献することによって、イメージをよりよく=ブランドを強くしていけると考えています。将来的には、そういった体験をした子どもたちが、いずれ親の立場で体験する日がやってくる。
それこそが、企業として、ブランドとして社会に存在し続ける価値にもつながるのではないでしょうか。
工藤 僕は、そもそも「ハッピーセット」という名前自体が、すごい「発明」だと思うんですよ。ブランドとは何かという問いについて、「どんな一般用語で説明を重ねても、固有名なしには語り得ないもの」という話があります。
 グリコさんのポッキーは、「プリッツにチョコをかけるアイデア」から生まれましたが、「プリッツのチョコ味」ではなく、ポッキーという固有の名前を与えられたから、別の存在として、成長を果たした。
 「おもちゃ付きお子様セット」ではなく、「ハッピー」と冠している以上、やっぱりハッピーを提供しなきゃいけない。ハッピーセットを食べた瞬間が幸せだとしても、ずっと幸せとは限りません。
 企業として、「本当のハッピーとは?」「どうすればハッピーな状態が続くの?」と自問自答せざるを得ないネーミングなんです。
小嶌 たしかに、「お子様セット」という商品名だったら、私たちがやろうとしていることが伝わりづらかったかもしれませんね。
 今、ハッピーセットを喜んでくれる子どもたちは、20年後、30年後には世の中を作る中心人物になります。それで私たちは今、子どもたちにどういう価値観を持ってもらうことが世の中のためになるのかを考えています。自分たちにも返ってくることですから。
工藤 最近、共感型マーケティングがもてはやされていますが、過剰な状態にあるのでは、と危惧しています。
 極端な言い方にはなりますが、「今、いいことしたら受け入れられるんで、そういうコミュニケーションやってみましょう」みたいな「ノリ」を感じることがある。
 たとえば、「Z世代は環境意識が高い。我が社も環境対応せねば」という話をよく聞きます。もちろん、素晴らしいことです。でも、このロジック、よくよく考えると、単に「数字が増えているから、対応します」としか言っていない。
 もし数字だけを並べた議論に終始していたとしたら、そこには「冷静」こそあれど、「情熱」は不在。こんな意思決定をしてしまうブランド運営では、前時代的な資本主義にいつ堕ちてもおかしくない。
 そんなブランドが、真の意味でZ世代に受け入れられる価値を生み出せるわけがありません。
 優れたブランドの多くは、情熱を持って固定概念や既成概念にあらがい、挑戦を続ける。会社の規模がどれだけ大きくなっても、そんなカウンターカルチャー的な佇まいを持ち続けています。
 現状に満足するのではなく、「今これでいいんだっけ?」と自らすら否定する。そうやって行動することではじめて、社会やお客様にもっと愛されることを知っているからです。
小嶌 マクドナルドの場合、人のため、世の中のため、地域のために貢献するという文化が挑戦を支えています。
 商品を作って小売りの棚に並べて終わりではなく、それを全国のお客様に届ける約2900の店舗があり、志を共有しながらお客様と接してくれる約17万人のクルーがいる。
 そして、年間約1億食のハッピーセットを提供しているということは、年に何度も通ってくれるお子さんがいるということです。
 実は今回のリニューアルにあたり、「何を目指してるんだ?」と自分でツッコミながらも、学校の指導要領や保育士の教科書、発達心理学の書籍など、子どもの成長や発達に関連する書籍を読み漁りました。
 遊びと発達の関係を知らなければ、目標は達成できないと考えたんです。でも、数百万人もの子どもたちに影響を与える可能性があることに対して、責任感とともにやりがいを感じたし、仕事とは思えないくらい楽しんでいます。
工藤 子ども、そして家族のための真のハッピーとは何なのか。
 そんな哲学的な問いを掲げながら、プロが悩みに悩んで産み落とされた「ハッピーのかたち」という点でも、ハッピーセットは単なる「お子様セット」の枠に留まらないブランドだと思います。
 ハッピーセットを体験した子どもたちがどんな未来を作るのか、とても楽しみですね。