コロナ禍の「前線」31文字に 救命救急医で歌人・犬養楓さんが歌集
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救命医としてコロナ禍最前線で働く歌人、犬養楓のこの歌集「前線」を読んでいるのだが、各31文字に凝縮された最前線の緊迫に息を飲まされっぱなしのすごい一冊になっている。
『病棟に展開したる前線の向こう側へと常に降る雨』
毎日新聞の記事にも引用されているこの冒頭一首から、まさにここに前線があり、戦争が展開しているのだという震えさせられるような実感が伝わる。日中戦争に従軍した歌人、宮柊二の歌を読んだ同時代の人も、このような感興を抱いていたかもしれない。
毎日の数字がまるで天気予報のようになっていくことを見つめる歌もある。
この歌をみていて思ったのだが、おそらく目下繰り広げられているような数字への恣意的な見方・論じられ方は、かりに将来戦争が起きたとしてもそっくり同じようなことが繰り返されるのだろうと思う。
「戦死者数ばかり報じるのではなく、日本人全体の人口からみれば所詮数%でしかないことを報じろ」「戦争をしなかった場合に経済的に追い詰められて死ぬ人の数との比較で戦死者数を論じるべきだ」「毎日戦死者数ばかり大きく報じるな、戦意が下がる」など、などだ。もちろん、感染症事態と戦争状態とは単純比較はできない。しかし、いま言われている数字をめぐる恣意性や、主張の暴力性を糊塗するために「科学的」なる形容詞が運用される事態のあられもなさを思えば、けっして突飛な想定ではないと思う。
主張には、それを言わずにおれぬさまざまな事情というものもあるだろう。だがしかし。
進行中の事態には「前線」が存在するという事実、そして前線から届けられる言葉に耳を貸さずに戦争状態を論じることの危険を改めて思い出せられた一冊だった。