2021/2/12

3期連続1億赤字。万年“崖っぷち”銚子電鉄の経営哲学

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 新型コロナウイルスの感染拡大が、依然として多くの企業に暗い影を落とし、まるで長いトンネルの中のように先行きが見えない時代。
 しかし、そのトンネルをずっと前から走り続けている鉄道会社がある。千葉県銚子市を走るローカル鉄道、銚子電鉄だ。
 採算性の悪化に前社長の横領、東日本大震災、そしてコロナ禍──何度も経営破たんのピンチにさらされてきた銚子電鉄は、「ぬれ煎餅(せんべい)」の販売をはじめとするユニークなアイデアで危機を打開してきた。
 その“崖っぷち経営”には、コロナ禍の逆境でも前を向くためのヒントがあるに違いない。
「崖っぷち、崖っぷちと言われ続けて、そろそろ崖から落ちそうですよ」と笑う銚子電気鉄道株式会社の代表取締役 竹本勝紀氏に、“絶対に諦めない”経営哲学を聞いた。

「うちは、煎餅屋なんですよ」

──竹本社長から見た銚子電鉄の経営状況を、ここ20年分のグラフで表現していただきましょう。
竹本 みなさんは、銚子電鉄に「ずっと赤字」というイメージをお持ちかもしれませんが、実は黒字になったこともあるんですよ。
──竹本社長が就任されたのは、2012年でしたよね。
 そうですね。もともと銚子電鉄の顧問税理士として銚子電鉄に来たのが、2005年2月のことです。
──グラフを見ると、その2005年時点で既にマイナスからのスタートになっていますが……。
 2004年に、当時の社長が会社の資金を使い込んでいたことが発覚して、そのあと業務上横領の罪で逮捕されているんです。これで国や県から出ている補助金が凍結され、経営が非常に苦しくなっていました。
 そもそも鉄道は金食い虫なんですよ。線路や車両のメンテナンスが欠かせませんし、数年に1度ある法定検査では、車両1両あたり1,000万円近くの費用がかかります。
 私が顧問税理士になったときには、電車屋なのにもう“自転車操業”でしたね。
現在運行している車両(3000系)は、1963年に京王帝都鉄道(現 京王電鉄)5000系として製造されたもの。後に愛媛県の伊予鉄道に渡り、2016年から銚子電鉄で活躍中。「メインバンクに2億円借金し、頭金なしのフルローンで購入した“中古の中古”の2両編成です」と竹本社長
手前の黒い機関車「デキ3形」は、1922年ドイツ・アルゲマイネ社製。現存する国内の電気機関車としては最小のもの。奥の赤い車両は、かつて営団地下鉄丸ノ内分岐線を走っていたデハ1002系(2015年引退)
──銚子電鉄といえば「ぬれ煎餅」が名物です。このとき、既に販売はしていたのでしょうか。
 はい、もう売っていました。ぬれ煎餅の製造販売を始めたのが1995年です。うちは25年前から煎餅屋なんですよ(笑)。
※編集注:実際に同社の主幹事業は、帝国データバンクでは「米菓製造」、SPEEDAでも「菓子」に分類されている
 当時はテレビでも取り上げられて、大ヒットしたんです。自前の煎餅工場も建てて、1998年にはぬれ煎餅の売上が鉄道事業の2倍を超えました
 これを弊社では「第1次ぬれ煎餅ブーム」と呼んでいます。
──そのブームが落ち着いたところに、前社長の逮捕があった、と……。でも、2005年以降にグラフが急激に上向いていますね。
 「第2次ぬれ煎餅ブーム」です。
──第2次。
 はい。この危機を乗り越えるには、やはりぬれ煎餅しかありませんでした。
 私も鉄道フェアなどで手売りしましたし、自分でプレスリリースも書きました。自腹で公式オンラインショップを立ち上げて、ネット注文も受け付けるようにして。
 そのオンラインショップで、当時の経理課長が「ぬれ煎餅を買ってください」「電車の修理代を稼がないといけないんです」というキャッチコピー……というより、悲痛な叫びを書き込みましてね。
 この叫びがネットで大いに話題になりました。注文が殺到して、ぬれ煎餅だけで年間売上が4億2,000万円にもなったんです。これで“煎餅屋”としての評価が完全に定着しましたね。
──しかし息を吹き返したのも束の間、再びグラフはぐっと下がっていきます。
 2011年3月に東日本大震災が起こりました。
 幸い、銚子市では津波による犠牲者はありませんでしたが、原発事故の風評被害もあって観光客が激減し、年間1億円の赤字が3年も続いたんです。
 電車は走っているのに誰も乗っていないから、「空気を運んでいる」と言われるほどで。
 この赤字で、第2次ぬれ煎餅ブームで築いた貯金はすべて吐き出しました。私が社長を引き受けた2012年12月には、会社の銀行口座に50万円しかありませんでしたから。
 ここからですね。新しいお客さんに足を運んでいただけるように、乗って楽しい「日本一のエンタメ鉄道」を目指そうと決めたのは。

経営者は、覚悟さえあれば何でもできる

──夏は「お化け屋敷電車」、冬は「イルミネーション電車」など、銚子電鉄はユニークなイベントを次々と企画されています。
 銚子電鉄は片道6.4kmと短く、19分で終点に着いてしまう。絶景ポイントも特にありません。地方鉄道で流行りの「レストラン列車」をやろうにも、メインディッシュまでたどり着かない。だから、工夫するしかないんです。
「お化け屋敷電車」では折り返しを含めた約50分間、途中下車禁止にしました。「一度乗車したら降りられない」って怖いじゃないですか。まぁ、こうなるともはや移動手段ではないのですが。
 鉄道事業以外にも、スナック菓子「まずい棒」(※経営が「まずい」に由来)や、レトルトカレー「鯖威張るカレー」(※経営が「サバイバル」に由来)など、新たな食品を開発・販売しています。
 特にまずい棒は今まで100万本以上お買い上げいただき、ぬれ煎餅を合わせた食品事業の売上が、総売上の8割を占めています。
 もう売れるものはみんな売ろう、と。
 公式オンラインショップで「線路の石」を売ったり、音楽配信サイトで「踏切音」を配信したり。2015年には駅名愛称のネーミングライツも始めました。
銚子電鉄車内に掲示されている路線図。「上り調子 本調子 京葉東和薬品 本銚子駅」など、駅名の上にネーミングライツで名付けられた愛称が記されている(画像提供:銚子電鉄)
──こうしたアイデアは、どうやって生み出すのでしょうか?
 実際に電車を運行している社員も含め、みんなでアイデアを出し合っています。
 定期的に会議の場も設けますが、どこにヒントがあるかわかりませんから、常にブレストだと思っていますね。普段の立ち話や電話もです。
 銚子電鉄の強みは、メディアとの親和性。それから、地域や鉄道ファンの応援があること。弱みはありすぎて数え切れません。ヒト・モノ・カネ全部ありませんので
 こうした強みと弱みに鑑みた上で、他が真似できない、エッジの立った企画で爪痕を残すよう心がけています。
社員全員でアイデアを出し合い、改装した「大正ロマン電車」は、米津玄師「カムパネルラ」のMVに登場するなど、撮影ロケにも使われている
──ただ、エッジが立ちすぎると逆効果になるおそれもあるかと思います。アイデアにGOを出すかは、どう判断されているのでしょうか。
 基本的にはやる方向で模索します。さすがにまずいかな……という案でも動き出してしまって、最終的にやっぱり叱られる、なんてこともざらです。
 でも、そもそも経営者たるもの、いろんな種類のリスクを背負っているわけです。常にリスクテイカーとしての覚悟が問われる。裏を返せば、諦めない覚悟さえあれば何でもできるとも言えます。
「諦めない」と口にするのは簡単ですが、行動で示さないと意味がないんです。どんなに“ジリ貧”だろうと、どこかに突破口があると信じて、覚悟を胸に走り回る。
 これが、銚子電鉄の“絶対に諦めない経営哲学”だと思っています。

“数字が語りかけるメッセージ”に耳を傾ける

──竹本社長は「経営者」であると同時に「税理士」としての顔もお持ちです。税理士・竹本勝紀から見た、銚子電鉄についてもうかがえますか。
 顧問税理士になって驚いたのは、帳簿が全部手書きだったことですね。2005年にもなって、すべてアナログだなんて思わなかった。
──今はもちろん手書きではなく……?
 会計ソフトを活用しています。当たり前ですが、手書きとは効率が圧倒的に違います。
 税理士事務所では弥生会計と弥生給与を、銚子電鉄では弥生販売を使っています。他ソフトのデータ連携もスムーズで、何より安心して使えるので。
 ソフトの選定や設定など、導入は私がやりました。こう見えて、パソコンは昔から触ってきたんですよ。
 インターネット以前、NetBEUIの頃からネットワークを使ってきましたし、事務所の屋根裏に10BASE-TのLANケーブルを這わせるのも自力でやりましたからね。
──古(いにしえ)のパソコンユーザーじゃないですか……! そういえば、ぬれ煎餅のオンラインショップもご自身で立ち上げたんでしたね。
 もともと税理士として、クライアントのビジネスをできる範囲で手伝っていました。
 オンラインショップを作ってアフィリエイトを組んだり、公式サイトを作ったり。銚子電鉄でぬれ煎餅を売ったのも、その延長です。
 税理士のなかには、会計指導で「売上を伸ばしなさい」「経費を減らしなさい」と正論でアドバイスするだけの人もいます。でも私は、もっとクライアントに寄り添いたかった。
 自分が持っているスキルで、少しでも売上を伸ばす手伝いができたらと思っていたんです。
──経営者になられてからも、税理士のスキルが活かされる場面はありましたか。
 自己株式の処分や形式的減資といった資金繰りはもちろん、経営改善計画の立案や運賃改定に向けた需要予測など、会計の知識があればこそ可能だったことは多いです。
 特に試算表の作成ですね。資金調達には、タイムリーな情報提供が必須なんです。ましてや、県や市から補助金をもらっている立場ですから。
 県や市、メインバンクである銚子信用金庫を交えた毎月の会議で、経営状況を逐一報告します。おかげで今は、メインバンクとは大変良い関係を築けていますよ。
 正確な情報を提示すると同時に、今後の方針について、信念を持って語る。2つの意味で、数字は非常に重要です。
 税理士として思うのは、数字が語りかけるメッセージに耳を傾けるのが、いかに大切かということ。
 言葉に“言霊(ことだま)”があるように、数字には“数霊(かずだま)”があるんです。数字で見える化すれば、次の行動につながるアイデアが浮かんでくる。
 そのメッセージを受け取って、孤独な経営者に寄り添い、背中を押してあげるのが税理士の役割だと思っています。
 経営者が叶えたい未来を、灯台の明かりのようにやさしく照らしてくれる。経営者のみなさんには、そんな税理士に巡り会ってほしいですね。

昨日より今日、今日より明日

──いよいよグラフが現在に追いつきました。2020年から再び危機が訪れていますが、やはり新型コロナの影響は大きいでしょうか。
 非常に厳しいですね。震災の頃と同じか、それ以上です。
 昨年4月からは約3割の列車を運休しており、沿線住民の方にもご迷惑をおかけしている状況です。一寸先は闇の、かつてない危機と言っていいと思います。
 今までのように、お客さんを呼び込む企画ができないのも悩ましいところです。
 昨年は自主製作映画『電車を止めるな!』を公開したんですが、「見に来てください」ともなかなか言いにくい状況です。せっかくの“超C(銚子)級”映画なのですが……。
クラウドファンディングで500万円を集めたが、映画の総製作費は約1,000万円に上るという
──“エッジの立った企画”という銚子電鉄の武器が封じられたなか、どのような施策を採ってきたのでしょうか。
 昨年4月に緊急事態宣言が発令されてからは、今できることはネットしかないと、自虐ネタ商品を企画してオンラインショップで販売しています。
 メガネの上にかけられるオーバーサングラスが入った「お先真っ暗セット」とか、売れ残った鉄道グッズを詰め合わせた「廃線危機救済セット」とか。
 メディアで取り上げられたこともあって、前年1年分のネット売上を、たった半月で超えたんです。
 また、7月には公式YouTube「激辛(げきつら)チャンネル」を本格始動しまして、私もYouTuberとしてPRに励んでおります。
──これまで培った“自虐マーケティング”がネットで活かされている、と。
 ただ、自虐ネタは飽きられるのも早い。並行して、日々オンラインショップの品揃えを充実させています。アパレルに進出してマフラーを作りましたし、銚子の伝統工芸品やペットフードも取り扱うようになりました。
 引き続き好調なネット通販を下支えに、今はギリギリで資金をつないでいます。今のうちに、収益の柱をもう1本作らねばな、と。
 もちろん、資本政策にも動いています。コロナ禍で緊急資金9,000万円の貸し付けを受け、借入額はもう限界レベル。
 今度は、自己資本を厚くしていくしかないですね。“救済ファンド”で出資者を募るといった方向性も探っているところです。
──まさに「諦めない」を行動で示す、ということですよね。
 本音を言えば、そろそろ他の誰かに次の社長を任せたいんですよ。もっとお金を持っていて、もっとお金を稼げる人に。誰も手を挙げてくれないんですけどね……。
 でも、下を向いていても仕方ありません。企業経営は立ち止まったらおしまいです。環境の変化に応じて、自らも変化していかねばなりません。昨日より今日、今日より明日というように。
 私はこれを“ミルフィーユ改革”と呼んでいるんですよ。ミルフィーユは、薄いクレープ生地を1枚1枚重ねて作られています。企業も同じ。規模の大小を問わず、変化を積み重ねて形になっていく。
 ちなみにフランス語でミルは「1000」、フィーユは「葉」という意味だそうです。つまり、千の葉っぱ。
──「千葉」ですね(笑)。
 はい。我々も千葉の企業として頑張らねば、と。
 銚子電鉄の前身となる「銚子遊覧鉄道」が設立されたのは、1913年のことです。そこから100年近く銚子電鉄が持ちこたえられているのは、地域のみなさんが支えてくださっているからこそ。それに応えるのが、我々の使命です。
 いつか再び「エンタメ鉄道」でお客さまをたくさん呼び寄せて、銚子を盛り上げていきたいですね。
 最大限の笑顔でおもてなしをして、笑顔で送り出して、何度でも足を運んでもらう。それが地域に対する、ささやかな恩返しだと思っていますから。